第五話 同じ名前の理由
悠真。
画面の文字が、現実感を失っていた。
指先が冷える。
心臓の音だけが大きい。
『どういうこと?』
震えながら打つ。
既読はすぐについた。
『ちゃんと説明する』
『会える?』
会う?
今から?
時計を見る。
22:14。
怖い。
でも、行かなければ全部が曖昧なままになる。
『どこで』
『いつもの公園』
いつもの、って。
まだ数回しか行ってない場所なのに。
――知っているみたいに言う。
私はコートを羽織った。
家族には「少し散歩」とだけ言って外に出る。
夜の空気は冷たい。
公園に着くと、
街灯の下に悠真が立っていた。
昼間よりも少しだけ大人びて見える。
「……来たんだ」
「説明して」
声が自分のものじゃないみたいだった。
悠真は少しだけ視線を落とす。
それから、静かに言った。
「紗良、怒らないで聞いて」
「怒るかどうかは、話を聞いてから決める」
私の声は冷えていた。
彼は息を吐く。
「俺は、最初から紗良のことを知ってた」
胸がざわつく。
「どういう意味」
「……俺、あいつの従兄弟なんだ」
空気が止まる。
「あいつって」
「前に隣にいた人」
足元が揺れる。
「……は?」
悠真は続けた。
「夏休み前に、俺に連絡が来た」
ポケットからスマホを取り出す。
古いトーク画面を見せられる。
そこには、あの人の名前。
『そっち行くことになった』
『頼みがある』
喉が乾く。
「頼みって……」
悠真は少しだけ迷った。
でも、逃げなかった。
「紗良のこと、見ててほしいって」
視界が滲む。
「意味わかんない」
「俺も最初は意味分からなかった」
「なんで私を?」
「……紗良が、一人で抱え込むタイプだから」
息が詰まる。
「勝手に決めないで」
「分かってる。でもあいつ、本気だった」
悠真は続ける。
「自分がいなくなったら、紗良は誰にも頼らないって」
「だから“次”を作っておいてほしいって」
“次”。
その言葉が刺さる。
「……代わり?」
声が震える。
悠真は首を振る。
「違う」
「代わりになれるわけない」
「じゃあ何」
「繋ぎ」
胸が崩れる音がした。
「……最低」
「うん」
即答だった。
「最低だと思う」
夜風が強くなる。
落ち葉が足元を転がる。
「じゃあ、全部計算だったの?」
「最初は、そう」
正直すぎる。
「メロンパンも?」
「偶然じゃない」
「チョコも?」
「知ってた」
息が浅くなる。
「全部、あいつから聞いたの?」
「ほとんど」
頭が真っ白になる。
「じゃあさ」
「私が泣いたことも、想定内?」
悠真は、初めて苦しそうな顔をした。
「……そこまでは、聞いてない」
「でも分かったんでしょ」
「うん」
沈黙。
私は、笑った。
自分でも分かる。
壊れた笑い。
「すごいね」
「私ってそんなに扱いやすい?」
「違う」
「何が違うの」
悠真が一歩近づく。
「計画通りだったのは最初だけだ」
「は?」
「好きになる予定はなかった」
心臓が止まる。
「……なに言ってるの」
「繋ぎで終わるつもりだった」
街灯の光の中、
彼の目が揺れている。
「でも無理だった」
「紗良が思ってたより、全然強くて」
「全然忘れてなくて」
「全然優しくなくて」
涙が落ちる。
「優しくないって、どういう意味」
「自分の痛み、ちゃんと抱えてる」
「逃げないで」
喉が詰まる。
「……あいつは、病気なんだ」
世界が止まる。
「え?」
「転校じゃない」
「治療」
血の気が引く。
「重いの?」
「うん」
「……死ぬの?」
悠真はすぐ答えなかった。
それが答えだった。
視界が揺れる。
「だから、紗良を一人にしたくなかった」
「だから俺に頼んだ」
夜が急に冷える。
「じゃあ……」
「最初から“終わり”が分かってたんだ」
「うん」
あの夕焼け。
“全部終わる感じ”。
胸が潰れる。
「ひどい」
「分かってる」
「私、何も知らなかった」
「言うなって言われた」
「なんで」
「紗良は優しいから」
その言葉に、怒りがこみ上げる。
「優しいから何?」
「優しいから我慢できるって?」
「優しいから利用していいって?」
悠真は何も言えなかった。
私は泣きながら言う。
「私、忘れられないよ」
「……うん」
「忘れたくない」
「うん」
「でも、繋ぎも嫌」
沈黙。
悠真は静かに言う。
「俺も嫌だ」
顔を上げる。
「最初は約束守るつもりだった」
「でも今は違う」
「何が」
「俺は俺でいたい」
風が止む。
「紗良の“次”じゃなくて」
「紗良の“今”になりたい」
胸が強く打つ。
「……ずるい」
「分かってる」
「全部知ってる側のくせに」
「だから今、全部話した」
涙が止まらない。
遠くで電車の音がした。
「……あの人、まだ生きてる?」
「うん」
その一言で、崩れ落ちそうになる。
「会える?」
悠真は、少し迷って言った。
「……会える」
呼吸が震える。
「会う?」
世界が静かになる。
ここで選ぶことになる。
忘れる未来か。
向き合う未来か。
そして、
また終わる未来か。
私は、まだ答えられない。
ただ、分かっている。
同じ終わりの匂いは、
偶然じゃなかった。
でも、
同じ終わりになるとは、
まだ決まっていない。




