第四話 知っているはずのないこと
それから、悠真は何も言わなくなった。
「また一人になるから」
あの言葉だけが、ずっと胸に刺さっている。
でも、いつも通りに振る舞う。
何事もなかったみたいに。
それが逆に怖かった。
ある日の昼休み。
私は購買に向かって廊下を歩いていた。
人の流れに押されるようにして進む。
後ろから声がした。
「メロンパンでしょ」
振り向く。
悠真。
「……なんで分かったの?」
「なんとなく」
でも、その答えは嘘だと分かった。
私はずっとメロンパンを買っている。
でも彼に言ったことはない。
教室で食べているのも見られていないはずだ。
席は離れている。
「……見てたの?」
「え?」
「いつも」
一瞬だけ、彼の表情が止まった。
すぐに笑う。
「偶然だよ」
でも目が笑っていなかった。
購買は混んでいて、
結局メロンパンは売り切れていた。
がっかりしていると、
彼が紙袋を差し出した。
「はい」
中を見る。
メロンパン。
「……え?」
「予備」
意味が分からない。
「なんで?」
「紗良、落ち込んでたから」
その言い方が、
まるで最初からこうなると分かっていたみたいで。
背筋が冷えた。
教室に戻る途中、
どうしても聞きたくなった。
「悠真」
「なに?」
「私のこと、どれくらい知ってるの?」
彼は歩みを止めなかった。
「普通に、同級生くらい」
「本当に?」
「うん」
でも、その声は少し硬かった。
その日の放課後。
私は一人で帰ろうとしていた。
昇降口で靴を履き替えていると、
隣に人の気配。
「今日は一人?」
悠真。
「……うん」
「そっか」
少しだけ沈黙。
彼は続けて言った。
「じゃあ、途中まで」
断れなかった。
校門を出たところで、
彼がふと言った。
「紗良、今日コンビニ寄る?」
足が止まる。
「……どうして?」
「チョコ、好きでしょ」
心臓が大きく鳴った。
それは——
あの人と一緒に寄ったコンビニ。
チョコを買った日。
誰にも話していない。
誰にも見られていない。
なのに。
「……行かない」
声が震えていた。
「今日はいい」
「そっか」
彼はそれ以上何も言わなかった。
でも、横顔が少しだけ寂しそうだった。
夜。
ベッドの中で天井を見つめる。
思い出す。
メロンパン。
チョコ。
帰り道。
タイミング。
優しさ。
全部が「偶然」にしては出来すぎている。
ふと、引き出しからあのメモを取り出す。
柔らかくなった紙。
もう何十回も読んだ。
「ごめん。
さ、は優しいから、忘れられるよ」
その下に、
前はなかったはずの薄い跡があることに気づいた。
光に透かす。
何か書いてあった形跡。
消された文字。
鉛筆の跡。
息を止めて、角度を変える。
ゆっくり、浮かび上がる。
「——には頼んである」
血の気が引いた。
頼んである?
誰に?
何を?
その瞬間、
スマホが震えた。
画面を見る。
知らない番号。
でも、嫌な予感しかしない。
震える指で開く。
『ちゃんと帰れた?』
心臓が凍りついた。
誰にも帰宅のことなんて言っていない。
打ち間違いじゃない。
偶然でもない。
続けてもう一通。
『紗良は夜道弱いから心配』
スマホを落としそうになる。
そんなこと——
知っているのは、たった一人だけ。
震える手で返信する。
『誰ですか』
既読がつく。
すぐに返ってくる。
『ごめん。怖がらせるつもりじゃなかった』
息が止まる。
この言い方。
この距離感。
この優しさ。
最後のメッセージ。
『俺だよ』
画面が滲む。
続けて表示された名前。
悠真




