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いない編集者  作者: 夜明けの語り手


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6/8

6話 名前を呼ばない声

そのアカウントは、

最初はただの一つだった。


〈この漫画、

正直しんどい〉


いいねは、三。

リポストは、ゼロ。


誰も気に留めない、

よくある感想。


——だったはずなのに。


数日後。

相馬は、スマートフォンを伏せた。


机の上に、

描きかけのネーム。


線が、止まっている。


〈作者の自己満〉

〈読者を置いていってる〉

〈編集、仕事しろ〉


言葉は、

どれも見覚えがあった。


だが、

一つだけ、

目が止まる。


〈これ、

昔切られた作家の恨み漫画でしょ〉


相馬の指が、

わずかに震えた。


——違う。


違うはずなのに、

否定する言葉が浮かばない。



画面の向こう側。


高校生の女子が、

スマートフォンを見つめている。


アカウント名は、

適当な文字列。


アイコンは、

どこかで拾った画像。


彼女は、

特別な理由でこの漫画を

読んでいるわけじゃない。


話題になっていたから。

炎上しているから。


ただ、それだけ。


「……意味分かんな」


小さく呟いて、

指を動かす。


〈主人公、

不快すぎ〉


送信。


それで終わりだった。


だが、

通知が鳴る。


いいね。

リポスト。

返信。


〈分かる〉

〈作者、何考えてんの〉

〈共感できない〉


彼女は、

少しだけ、

胸が軽くなる。


——誰かと、

繋がった気がした。



別の場所。


三十代の男が、

帰りの電車で

スマートフォンを見ている。


仕事は、うまくいっていない。

家庭も、ぎくしゃくしている。


TLに流れてきた、

切り抜き動画。


〈問題作〉

という文字。


「ふざけんなよ」


男は、

動画を止める。


主人公が、

自分勝手な選択をする場面。


——俺は、

こんなこと、できなかった。


〈こんなの、

リアルじゃない〉


投稿。


少し、

スッとする。



大学生。

主婦。

元漫画家志望。


それぞれが、

それぞれの理由で、

同じ作品を叩く。


誰も、

作者の顔を知らない。


名前も、

どうでもいい。


重要なのは、

「言った」という事実だけだ。



相馬は、

編集部の会議室にいた。


担当編集者が、

数字を映す。


「炎上は、

完全に拡散フェーズに入ってます」


相馬は、

黙って頷いた。


「止めますか?」


その言葉が、

静かに落ちる。


止める。

休載。

方向転換。


いくらでも、

選択肢はある。


相馬は、

しばらく考えてから、

首を振った。


「……いいえ」


編集者は、

何も言わなかった。


それは、

肯定でも、

突き放しでもない。


ただの、

判断の放棄。


あるいは、

尊重。



夜。


相馬は、

再びスマートフォンを開く。


自分の名前は、

どこにもない。


呼ばれているのに、

呼ばれていない。


〈こんなの、

誰が描いてんの〉


——俺だ。


声に出さず、

そう答える。


だが、

誰にも届かない。


ふと、

ある投稿が目に入る。


〈嫌いだけど、

読むのやめられない〉


その一文だけ。


いいねも、

ほとんどない。


誰にも、

拾われていない。


相馬は、

その画面を、

長く見つめた。


——これでいい。


理解されなくていい。

守られなくていい。


ただ、

誰かの中に

引っかかれば。


相馬は、

ネームに向かう。


線を引く。


その線は、

誰にも褒められないかもしれない。


それでも、

消えない。


画面の向こうで、

また誰かが

何かを書く。


名前を呼ばない声が、

増えていく。


それら全部が、

この漫画の

“読者”だ。


相馬は、

ペンを止めない。


——炎上は、

俺の外側で起きている。


——でも、

描く理由は、

俺の中にしかない。

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