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いない編集者  作者: 夜明けの語り手


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5/5

5話 燃える理由

炎上は、音もなく始まる。


最初は、

たった一つの投稿だった。


〈この漫画、

主人公が不快すぎる〉


相馬は、その画面を三秒見て、閉じた。


想定内だ。

嫌われる覚悟は、最初からしていた。


問題は、

次だった。


〈作者、読者を舐めてる〉

〈編集が止めろよ〉

〈これ、何が面白いの?〉


相馬は、息を吐く。


編集者は、止めなかった。

それどころか、

何も言ってこない。


——沈黙。


それが、

一番きつかった。


打ち合わせ。


会議室には、

相馬と担当編集者の二人だけ。


「正直に言いますね」


編集者は、タブレットを机に置いた。


「数字、落ちてます」


相馬は、頷いた。


「覚悟はしてました」


編集者は、

少しだけ、困った顔をした。


「……いや。

覚悟してる顔じゃない」


相馬は、何も言えなかった。


覚悟と、現実は違う。

頭では分かっていても、

体は、別の反応をする。


「ここ、

もう少し“分かりやすく”できませんか」


編集者が、

一コマを指す。


主人公が、

取り返しのつかない選択をする場面。


相馬は、

その指を見て、

胸の奥が冷えた。


「それをやったら、

この漫画じゃなくなります」


編集者は、

すぐには返事をしなかった。


沈黙。


相馬は、

ふと思い出す。


——あの廊下の男。


判断を説明しなかった編集者。


「……分かりました」


担当編集者は、

ゆっくりと言った。


「今回は、

このまま行きましょう」


相馬は、

一瞬、

安心してしまった自分に気づく。


——違う。

——これは、守られてるんじゃない。


——試されてる。



炎上は、

一気に広がった。


まとめサイト。

切り抜き動画。

タイトルだけが、

勝手に独り歩きする。


〈問題作〉

〈読者置いてけぼり漫画〉

〈自己満足〉


夜。


相馬は、

机に向かっていた。


ペンを握る手が、震える。


——やめればいい。


ここで方向転換すれば、

まだ戻れる。


編集者は、

止めないだろう。


——あの人みたいに。


相馬は、

ペンを置く。


そして、

もう一度、

握り直す。


「……違う」


小さく、声に出す。


——これは、

——守られていい漫画じゃない。


次の話数。


相馬は、

さらに踏み込んだ。


主人公を、

完全に孤立させた。


言い訳も、

救いも、

与えない。


読者が、

最も見たくない瞬間を、

そのまま描いた。


掲載後。


反応は、

二極化した。


〈もう無理〉

〈読むのやめる〉


その一方で。


〈正直、

ここまで描くと思わなかった〉

〈嫌いだけど、

次が気になる〉


数字は、

さらに落ちた。


だが、

“離脱率”が、

止まった。


一定数が、

残った。


夜。

編集部。


相馬は、

偶然、

一人の編集者とすれ違う。


あの男だった。


廊下。

白い壁。

同じ場所。


男は、

相馬を見て、

一瞬だけ立ち止まる。


何かを言いかけて、

やめる。


そして、

ただ一言。


「……燃えてますね」


それだけだった。


相馬は、

少し笑った。


「はい」


それ以上、

言葉はいらなかった。


男は、

歩き出す。


相馬は、

その背中を見送りながら、

初めて分かった。


——あの人は、

——止めなかったんじゃない。


——止められなかったんだ。


判断は、

誰かを守るためにあるんじゃない。


覚悟があるかどうかを、

確かめるためにある。


相馬は、

机に戻り、

次のネームを描く。


炎は、

まだ消えていない。


でも、

もう怖くはなかった。


燃えた理由を、

自分で引き受けたからだ。

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