第九話 どりーむ・つかむ・とる 前編
「お帰りなさい、何を持っているの?」
金曜日の夜、会社から帰ってきたゴウさんが持っているのは。
高級果物店の包装紙に、リボンが結んである箱。
「メロンを買ってきたんだ」
「この箱の大きさだと二つよね、デザートに食べるの?」
「自分たちが食べるためのデザートに、メロンを二つも買うかよ」
「だったら、どうして?」
「明日はおまえの実家に行くから、手土産を用意したんだ」
そういえば、何日か前にそんなことを話したけれど。
「だからって箱入りのメロンを買うなんて、高かったんじゃない?」
ゴウさんのことだもの、きっと高級品よね。
「まあな」
「手土産なんていらないって言ったのに」
「大切に育てた箱入り娘をもらいにいくんだ、せめてこれぐらいはしないと」
「そんな箱入り娘を、箱入りのメロン二つと物々交換するつもりなのね」
「物々交換って、人聞きの悪いことを」
「でも、物々交換だったらゴウさんの大もうけよね」
「どうして」
「メロン二つで、あたしと交換しようとしているんだもの」
「それはどうかな、甲乙をつけがたいんじゃないか」
「あたしの価値は、箱入りメロン二つとどっこいどっこいってこと?」
「まれに見るいい勝負だと、俺は思うぞ」
にやにやと笑っちゃって、憎たらしいわね。
寝室に行こうとするゴウさんを連れて、あたしのお部屋へ。
「何だよ、今日は仕事で汗をかいたから早く着替えたいのに」
「すぐ終わるから、明日のお洋服を選ぶのを手伝って」
「おまえの服だろ、それくらい自分で選べよ」
冷たいったらないわね。
「ゴウさんとコーディネートして行きたいの、せっかく二人で行くんだから」
「行くのはおまえの実家だろ、せっかくの使い方を間違っていないか?」
「明日はこれ以上ないせっかくよ、あたしにとっては」
「だからってコーディネートだなんて、夫婦漫才じゃあるまいし」
「ゴウさんは何を着ていくの?」
「俺はスーツだよ」
「スーツなのは分かるわよ、どんなスーツを着ていくのかって聞いているの」
「グレンチェックかな」
「ゴウさんのスーツって、グレンチェックばっかりじゃない」
「ばっかりじゃないよ、ヘリンボーンのスーツだってあるだろ」
「各シーズンに一着ずつでしょ、あとは全部グレンチェックだし」
「それでも、ばっかりでは」
「で、何色のグレンチェックにするの?」
「そうだな、茶色かな」
「茶色って、ボックスタックの?」
「ああ」
「ネクタイは?」
「黄色のペイズリーだよ」
ネクタイこそ、ペイズリー柄しかもっていないくせに。
何かにつけてこだわりが強いのも、問題ね。
「ゴウさんが茶色のスーツにするなら、あたしは何を着ていこうかな」
すでにベッドの上は、クローゼットから出したお洋服で一面のお花畑状態。
「このワンピースだと地味かしら、こっちだったらどう?」
「おまえが着飾ることはないだろ、自分の家に行くんだから」
「一生の思い出として残るんだから、ちゃんとした格好でいたいの」
「自分が主役のつもりか」
「あたし以外に、誰が主役だっていうのよ」
小さいころからあたしが主役だったことなんて、そうはなかったのよ。
なにしろ、あのお姉ちゃんがいたんですもの。
明日ばかりは、あたしの結婚の許しをもらいに行くんだもの。
ここぞとばかりに、堂々と主役を演じてみせるつもりなんだから。
「その黄色い花柄のワンピースがいいだろ、おまえは明るい柄が映えるしな」
「適当ねえ、真面目に考えてよ」
「おまえがコーディネートって言い出したんだろ、俺のネクタイは黄色だぞ」
そうか、だったら黄色にしようかな。
「おまえは何を着ても似合うし、俺が好きなのは洋服じゃなくて中身だ」
またそんなことを言って、えへへ……。
「俺の家に行くときに着るおまえの服は、そこにあるワンピースにしろよ」
ゴウさんが指を差したのは、緑の葉っぱを裾にあしらったワンピース。
「自分の家に行くときには、あたしのお洋服を指定するんだ」
しかも、これがいいなじゃなくてこれにしろですか。
「半袖だし薄手だから、これだけじゃ寒いんじゃないかしら」
「だったら、そこの緑のカーディガンを羽織ればいいだろ」
「どうして、そこまで緑色を押すの?」
「おふくろは昔から好きなんだよ、緑色が」
ふうん。
少しでも好印象になるように、あたしに気を使ってくれたのね。
「じゃあ緑で決まりね、好きな色のお洋服を着ていれば好印象だもの」
「好印象かどうかは、ちょっと置いておくとしてだな」
「何よ、意味深に」
「おふくろは、家の中のものを何から何まで緑でそろえているんだよ」
「ぜんぶ、緑?」
「冷蔵庫から電話まで、悪趣味の極みだろ」
「悪趣味だと思うのに、あたしに緑色を着ていけって言うのはひどくない?」
「おふくろが好きな色の洋服をって、さっき自分で言ったばがりだろ」
ついに待ちに待った晴れの日、土曜日がやってきました。
なのに、あたしとゴウさんがベッドから起きだしたのは九時を過ぎてから。
しかも、二人とも多少の寝不足な上に体力の消耗が著しくて。
「早く寝ろって言っただろ、おまえは支度に時間がかかるんだから」
「あたしはおねだりをしただけよ、主たる実行役はゴウさんじゃない」
「だからって、二回も」
「二回目は、ゴウさんからでしょ」
「俺がシャワーから戻ってきたら、おまえが甘えてきたからだろ」
「ちょっと甘えただけで我慢できないなんて、やっぱりゴウさんが悪いのよ」
「そんなことを言うなら、今夜はなしだぞ」
「ずるいわ、そんなの!」
つまり、寝不足や体力の消耗は大人の事情によるものです。
なにしろ、最近は当家の二階で大流行の兆しをみせておりまして。
さっきまで、一階の洗面所で歯を磨いて顔を洗っていたと思ったのに。
もうスーツに着替え終わって、暇そうにしているゴウさん。
「もう支度は終わったの?」
「俺は、会社へ行くときと変わらないから」
あたしは、ようやくこれから着替え始めようとしているのに。
使い終わったドライヤーを、ドレッサーに置いてから。
ゴウさんが指定したワンピースを持って、鏡の前で合わせながら。
「暇なんだったら、あたしの靴を出しておいてくれる」
「靴って、どれを」
「ホワイトデーに、ゴウさんからもらった靴よ」
「昨日のうちに出しておけよ」
何を言っているのよ、あなたが暇そうにしているからでしょ。
わざわざ、頼まなくてもいい用事を頼んであげたのよ。
そんな雑用で、たいした時間がつぶせるはずもなく。
「どれだけかかるんだ、この後」
「これからヘアメイクやお化粧を始めるから、四十分くらいかしら」
「いつもなら、十五分もあれば終わるだろ」
「あれは出勤用のお化粧でしょ、今日は特別な日だもの」
「特別な日ねえ、じゃあ十一時には終わるんだな」
「不満そうね、これでもあたしのお化粧は早い方なのよ」
「せかしているわけじゃないよ、時間がかかるのは分かっているから」
「だったら、何を気にしているの?」
「ここを出る前に、コーヒーを飲みたいだろうと思って」
「えっ、入れてくれるの?」
自分じゃほとんど飲まないくせに。
ゴウさんがサイフォンで入れてくれるコーヒーって、おいしいのよね。
「だから聞いているんだよ、いつになったら入れ始めるかを逆算するために」
出発する前に、リビングでコーヒーを飲んでいると。
「なあ、オバちゃんが自分の部屋にいないみたいだが」
「先生なら、先に行くって言っていたわよ」
「行くって、どこに」
「決まっているでしょ、あたしの実家よ」
「一人で何を張り切っているんだろうな、そんなことは頼んでもいないのに」
「そりゃ、先生はゴウさんの親代わりですもの」
「俺の親代わりだったら、余計におかしいだろ」
「どうして」
「おまえの親に許しをもらう場なんだぞ、俺の親代わりが立ち会うのは」
「いいじゃない、先生は主要な登場人物の一人だったんですもの」
「一人、ってことは」
「もちろん、お姉ちゃんもいるわよ」
「まさか、外村だけじゃなくて昭まで同席させるつもりを?」
「昭さんはお二階で待機してもらうって、お姉ちゃんが言っていたわ」
「気に入らないな、こんなときまで外村が絡んでくるってのは」
それでもお昼前には、意気揚々とあたしの実家へ出発。
もちろん、ゴウさんが買ってきた物々交換用のメロンを持ってね。
おうちを出て歩いていると、小学校を過ぎるころゴウさんが。
「やけに歩くのが速いな、もう少しゆっくり歩かないと転ぶぞ」
「小学生じゃあるまいし、こんなところで転ばないわよ」
「とにかく、そんなに急がなくても誰も逃げやしないんだから」
「別に急いでいないわ、むしろこの時間をじっくりと楽しみたいぐらいなの」
「今からテンションを上げていたら、この後はどうなることやら」
「テンションか……、多少なら高くてもいいと思うわ」
「どうして?」
「主役の女優が、晴れの舞台に向かっているんだもの」
「女優といっても、おまえは大根だからな」
「ひどいわ」
「忘れたとは言わせないぞ、猿芝居のねたをすぐ俺に見破られたくせに」
「大根じゃないもん、あれは台本が悪かっただけよ」
「そもそも主役の女優なんてものは、どっしりと構えているんじゃ?」
意気揚々と歩いてきて、実家に着いたまではいいけれど。
さすがに、これから待っている展開を考えると緊張してきちゃった。
リビングに行き、座るように言われてソファーに腰掛けると。
テーブルを挟んだ向かいには、パパとママやお姉ちゃんに先生。
四対二って構図ね、上等じゃない。
それらしい雰囲気になって、さらに緊張しちゃうけれど。
ついに幕が上がったんだもの、さあいくわよっ!
この雰囲気で、ゴウさんはどう切り出すつもりなのかしら。
そんなことを考えていたら。
「先日のごたごたについては、申し訳ありませんでした」
ゴウさんったら、まずは先日は自分が悪かったとパパとママに謝っている。
「もう少し、配慮すべきだったと思います」
そんなに謝らなくてもいいのに。
あたしが、ゴウさんと結婚したいって言ったときから。
パパとママは、ずっとあたしを応援してくれていたんだから。
何より、ごたごたの原因はゴウさんじゃなくてあたしにあったんだし。
あれ?
いきなり謝罪から入られたからかしら。
パパとママは、ちょっと恐縮しているみたいね。
もしかしたら、これってゴウさんの作戦なのでは?
まずは自分が機先を制しておき、イニシアティブをがっちりと握ることで。
この先は、お姉ちゃんや先生の介入は許さないぞって。
ゴウさんは、なかなか次のひと言を口にしようとしない。
そのためか、パパとママは恐縮を通り越してかしこまっているわ。
こんな間をとっているのも作戦だとしたら、ゴウさんってすごいわね。
リビングが、この後の展開に備え静まり返っている。
というよりも、ピリピリとし始めたころ。
姿勢を正したゴウさんが、ついに口を開いたの。
「これからは美乃里さんと二人で手を取り合い、幸せになりたいと思います」
そう言うと。
「どうか、美乃里さんと結婚させてください」
あたしが想像していたよりも、ずっとシンプルな申し込み。
感動して、ちょっと泣けちゃった。
なのに、そんなゴウさんのお願いに対して。
「至らない娘ですが、幸せにしてやってください」
「美乃里のことは、よろしくお願いします」
ちょっと、パパとママったら。
いくら緊張から解放されたとはいえ、考える間もなく許しちゃうなんて。
これじゃ物々交換どころか、まるで粗品の進呈みたいなんですけれど。
「娘と結婚させてほしいって言われたのよ、少しはもったいをつけても」
「何を言うんだおまえは、念願がかなって剛君と結婚できるんだぞ」
「今までのことを考えれば十分に幸せでしょ、まだぜいたくを言うつもり?」
「だからって」
「わたしたちが剛君にお願いしても、おかしくない立場なんだぞ」
「そうよ、剛君の気が変わりでもしたらどうするのよ」
プロポーズされたときに見た悪魔君が、再び登場したって感じね。
しかも、天使ちゃんがいない上に悪魔君が二人も。
あたし、両親から現実を直視しろって言われているのかしら。
今日のあたしは、主役の女優じゃないんですか?
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