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第八話 めでたさも半分となる残務処理 後編

 パパとママにも、じっくりと話を聞かなくちゃ。

 聞きたいことは山ほどあるけれど、半分は文句になっちゃうかな。


「ひどいわ、あたしの結婚をお姉ちゃんの作戦任せにするなんて」

「しかたがないでしょ、あなたが幸せになることが一番だったんだもの」

「作戦が成功したからこそ、プロポーズしてもらえたんだろ」

「それは、ありがたいし感謝もしているけれど」

「どんな過程だったかは、問題じゃないでしょ」

「終わり良ければすべて良しだろ」

 だからって。

「あたしにとっては、過程だって大事よ」

「飽きるほど味わったでしょ、十七年間も過程だけをたっぷりと」

「むしろ、今の状況になったのは奇跡じゃないか」

 それを言われちゃ……。


「ママは知っていたのよね、トランプを持ってきたのがゴウさんだって」

「そりゃ、知っていたわよ」

「双子なのに、昭さんかもしれないでしょ」

「別れ際を見れば分かるわよ、剛君は左利きだからいつも左手を振るもの」

「それだけで?」

「持ってきたトランプを、外村に渡してくれって言っていたし」

 はいはい、昭さんならアッコって言うんでしたよね。

 お姉ちゃんを外村って呼んだなら、間違いなくゴウさんってことね。

 知らなかったのはあたしだけで、みんなは何でも知っていたってことか。


「パパは、保険の更新をゴウさんに頼んだでしょ」

「アッコから、そうするように言われたんだよ」

 そこまであっさりと答えられたら……。

 こっちは、まさかとは思いながら恐る恐る聞いているのに。

「やっぱりお姉ちゃんからの指示だったのね、何て言われたの?」

「トラブルへの対応を見れば、すぐに剛君の人となりが分かるだろうと」

 それじゃあ、ゴウさんの株を上げるために?

「パパの会社に行ったり保険屋さんの相手をしたり、大変だったのよ」

「大変だったのは剛君で、おまえは見ていただけだろ」

 えっ、どうしてそれを?

「しかも、婚約者って書いてもらえた来訪者シートのコピーを欲しがるとは」

「まさか、山岸さんや受付のお姉さんにそこまで報告させていたの?」

「そりゃ、アッコがそう言うから」

 何でもお見通しだった、ってことか。




 後は、マスターと豆キチさんにも聞かなくちゃ。

「マスターと豆キチさんは、いつも香澄やハナマルを下の名前で呼ぶでしょ」

「ああ、香澄ちゃんとか美紀ちゃんとか」

「それが何か?」

「どうしてあたしだけ、外村ちゃんって呼ぶの?」

「俺と豆キチは、シノちゃんから言われていたんだよ」

「それに、俺たちだけじゃなく新聞屋の兄弟も言われていたぜ」

「ゴウさんが、何て?」

「後で面倒になるから、外村って呼べって」

「シノのやつ、いくら理由を聞いても教えないんだ」

 手回しがいいこと。

 今まではアッコと呼ばれていたけれど、これからは美乃里って呼んでね。

 いつかはそんな日がくるんだから、面倒を避けたんだわ。

 ゴウさんはあたしのことを、おまえやこいつとしか呼ばないから。

 あたしの名前が敦子でも美乃里でも、実害はないし。




 これで聞きたいことは聞けたから、次なる試練は謝罪と報告ね。


 まずは、香澄に謝らなくちゃ。

「ごめんね、面倒なことを頼んじゃって」

「美乃里の片棒を担いでいたみたいで、篠原さんに合わせる顔がなかったわ」

「だからごめんって、香澄には本当に感謝しているわ」

「でも、篠原さんは気づいていたと思うわよ」

「えっ?」

「いくら親友だとはいえ、あたしがあなたにため口だったのは変だもの」

「お姉ちゃんだったら、香澄より二歳も年上だものね」

 やれやれ……、いろいろとほころびが目立っていたのね。


 で、ちょっとゆううつなハナマルへの報告。

 香澄からしてもらう?

 いいえ、自分で言ってあげないとだめよね。

 どこでどう説明しようか、なんて考えていたら。

「ちょっとどうなっているのよ、このいかれ娘っ!」

 リビングに飛び込んできた、ハナマル。

 チャイムも押さずに、玄関のドアを突き破るような勢いでね。

「先輩があんたに、プロポーズをしたんですって!」

「だっ、誰から聞いたのよ」

「先輩は出張中で聞けないでしょ、香澄ちゃんから聞いたのよ」

 結局は香澄から、だったわね。

 ハナマルが大人しく聞いていたとも思えないし、ごめんね香澄。

「あっ、あのね」

 シミュレーションが足りていないけれど、逃げても仕方がないし。

 こうなったら、当たって砕けろよ。

 言葉を選びながら、プロポーズのいきさつを話すと。

「あたしは、プロポーズうんぬんについて怒っているんじゃないのよ」

「違うの?」

「それについては、半ば諦めていたもの」

 ちょっとした修羅場になるのを覚悟していたのに、意外な展開ね。

「だったら、何に怒っているのよ」

「今までのいきさつを考えたら、あたしには真っ先に言うべきでしょ」

「確かにそうね、ごめんなさい」

「しかも、うそをついていたなんて」

「うそじゃないわ、作戦と言ってよ」

「年上だと思うから、遠慮していたのに」

 遠慮って、あれで?




 最後に残った試練は、ゴウさんへの告白。

 これまでの比じゃないくらい気が重くて、逃げ出したいけれど。

 でも、ここで逃げたらだめ。

 恐れずに、勇気を出して立ち向かうのよ。


「ねえ、怒らない?」

「何だよ、いきなり」

「怒らないって約束してくれたら、話すわ」

 自分でも思うけれど、言っていることがめちゃくちゃね。

「本当に面倒くさいな、おまえは」

 あたしもゴウさんの立場ならそう思うわ、きっと。

「約束してくれないならいいもん、話さないから」

 これぞ、絵に描いたような逆ギレね。

「はいはい、怒らないから言ってみろよ」

 そして、逆ギレに寛容なゴウさん。

 深呼吸をした後に、小さくせき払いをひとつ。

「こほん」

 少しは落ち着いたわね、いくわよっ!

「あたしね、本当はお裁縫やお掃除にお洗濯が得意なの」

 んっ、って顔をしたゴウさん。

「中でもお料理が得意で、和洋中と三種類の調理師免許を持っているの」

 ここは口を挟ませないように、一気にたたみかけるのよ。

「っていうか、あたしが得意なのは家事だけなのよ」

 冷めた視線が、痛いほど刺さってくるわ。

「十七年間、ゴウさんと結婚することだけを夢見ていたんだもの」

「何でも自分でできるのに、今まで俺にやらせていたのかっ!」

 ゴウさんのうそつき。

 怒らないって言っていたのに、いきなり怒りだすなんて。

 頭から湯気が出るとか髪の毛が逆立つとかっていうけれど、まさにそれ。

「で、できないふりをしていたのよ」

「ふりだとっ!」

「だって、お姉ちゃんのふりをするなら家事ができたらおかしいでしょ」

 想像を上回る怒気に対して、ささやかに抵抗してみせる。

「外村が家事をできないなんて知るかよ、小五の三月から会っていないのに」

 言われてみれば、そりゃそうよね。


「それで全部か?」

 少しは怒りが収まったみたいね、だったら。

「あとひとつ……」

「まだあるのかよ」

「あたしは美術の教師じゃないの、本当は家庭科の教師なのよ」

「何だって!」

「また怒る、怒らないって言ったくせに」

「それじゃ、オバちゃんのお絵描き教室に通っていたうんぬんもうそか」

「お絵描き教室に通っていたのは、本当よ」

「ふん、どうだか」

「お絵描き教室に通っていれば、いつかはゴウさんに会えると思ったのよ」

「一度も会えなかっただろ」

「お教室以外でも出入りしていたのに、偶然ってそうは起こらないのね」

「俺はここ何年か、盆暮れになると大掃除をしに来ていたぞ」

「ゴウさんが来るのは八月の第一週と年末でしょ、毎年そこは家族旅行なの」

「旅行の時期をずらしてもらえばいいだろ」

「あたしだってそうしたかったけれど、パパはそこしか休めないんだもの」

「じゃあ、教室を手伝っていたってのは」

「先生のアシスタントはしていたわよ、大学を出るまで」

「ちょっと待て、おまえの部屋の書きかけの油絵は?」

 それに気づいたなら、さらに面倒なことになるわ。

「あれは小道具よ、美術の教師らしく見えるように先生に借りたの」

「クリスマスに買ったイーゼルも小道具かよ、いくらしたと思っているんだ」

 ほ~ら、面倒なことになってきた。

「悪いのは先生よ、イーゼルの文句をあたしに言われても」

「おまえじゃなかったら、誰に言うんだよ」

「事情を知っているのにイーゼルを買わせたのは、先生だもの」

「ろくなもんじゃないな、師弟がそろって」




 不思議に思っていたことを聞いて、心のもやもやも晴れたし。

 謝るべき人にはちゃんと謝って、すっきりとした気分になったし。

 何より、秘密を告白したことでほっとしたし。

 こんなことならもっと早く、聞いて謝って告白していれば良かった。

 っていうか、最初からお芝居なんかしなければ良かったのよ。

 この勢いで、いろいろと今後のことを決めちゃいましょ。


「パパとママへのあいさつは、土曜日に行くんでしょ」

「さっきの今で、よくそんなに明るくなれるな」

 気持ちの切り替えが早い、それがあたしの最大の長所だもの。

「で、土曜日に行くのよね?」

「ああ」

「パパとママには伝えてあるわ、二人で行くから時間を作っておいてねって」

「こんなときだけは素早い対応か」

「ゴウさんのお母さまへのあいさつはいつにするの、日曜日?」

「そうだな、続けて済ませれば面倒も少ないし」

 ちょっと、済ませるとか面倒とかって……。


「婚約したって周りに言うのは、結婚を認めてもらってからだぞ」

 何よ、それが一番の楽しみなのに。

「香澄には話しちゃったわ、ゴウさんにばれたことやプロポーズのことなら」

「自ら率先して風説の流布をしているのか、おまえは」

 風説の流布って、せめて自慢と言ってほしいわ。

「迷惑をかけたから謝ったのよ、それにハナマルだって知っているもん」

「どうして南野まで?」

「香澄から聞いて、ゴウさんが出張だった日にここに乗り込んできたの」

「南野が会社を休んでいたのは、それでか」

 ハナマルったら、諦めているって言っていたくせに会社を休んだの?

「仕事に影響が出たっていうのに、そんなことで休むなんて」

 ハナマルにとっては、そんなことでは片付けられないと思うけれど。

「香澄が言わなくても、うすうすは気づいていたと思うわよ」

「どうして」

「だってあれ以来、香澄があたしのことを美乃里って呼んでいるもの」


「あたしたち、すぐには結婚できないわよね」

「外村の結婚が近いからな、続けてってわけにもいかないだろうし」

「とんだとばっちりね」

「姉の慶事だそ」

「そうはいっても、あたしにとってはさほど悪いことじゃないわ」

「どうして?」

「婚約者っていうか、恋人の気分をたっぷりと味わえるんだもの」


「結婚するまでは、この家で同居生活を続けるでしょ」

「ああ」

「結婚したらどうするの?」

「おまえの実家には外村と昭が住む可能性があるし、俺の実家ってのもな」

「昭さんは、お母さんと住みたいって言っていなかった?」

「先のことは分からないだろ、俺たちはここに住み続けるのはどうだ」

「子供ができたら?」

「気が早い話だな」

「二人は欲しいけれど、この家には先生のお部屋を除くと二部屋しかないし」

「おまえの部屋は、六畳間がふたつになるように設計してあるよ」

「設計って、このおうちってゴウさんが設計したの?」

「この家を建て替えるときに、俺のデザインを基に設計士に依頼したんだよ」

「どうすれば二部屋に?」

「部屋の真ん中に、壁を増設するだけだよ」

「だから、あたしのお部屋にはドアや押し入れがふたつずつあるのね」




「どうした、さっきから赤い顔をして」

「そっ、そうかしら」

「何かを聞きたくて、うずうずしているのが見え見えだぞ」

 鋭いわね。

「晴れて婚約者になったんだから、これからは大人のお付き合いもするわね」

「何だその、大人の付き合いってのは」

「だから、本格的なスキンシップは解禁なのかってことよ」

「本格的なスキンシップ?」

「もうっ、ゴウさんの意地悪っ!」

「いいんじゃないか、それなりに気を付ければ」

 おっ、意外とあっさり。

「だったら、いろいろと買いに行かなくちゃ」

「いろいろ?」

「だから、いろいろよっ!」

 本格的なスキンシップが解禁されたなら、今夜から必要なんだもの。

 まずは、薬店でアレを……。




Copyright 2025 後落 超


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