第七話 めでたさも半分となる残務処理 前編
十七年越しの悲願だった、ゴウさんからのプロポーズを受けたんですもの。
後は双方の親に結婚の許しをもらえば、めでたしめでたし。
でも、待って。
盛大に万歳三唱でもしそうに浮かれていては、だめでしょ。
これから、残務処理というあまたの試練が待ち受けているのを忘れないで。
最初の試練は……、多岐にわたっている疑問の解消ね。
まずは、お姉ちゃんに。
「何よ、あたしに聞きたいことって」
「結果には満足しているけれど、あたしが知らないことだらけなんだもの」
「最低限の自覚はあるのね、あたしのおかげなんだから感謝しなさい」
「お姉ちゃんのおかげ?」
「満足していられるのも、ふびんな妹を見かねたあたしのおかげだってこと」
「ふびんな妹だなんて、そこまで言うのはひどくない」
「だって、あんたはあたしとゴウが両思いだと思い込んでいて」
「もういいじゃない、黒歴史の話は」
「なのに、十七年間も写真スタンドを見続けているだけだったでしょ」
あたしの訴えには、耳を貸そうともしないのね。
「放っておいたら何も進展しそうにない妹、これのどこがふびんじゃないの」
「知らなかったんだもの、ゴウさんに双子の弟がいるなんて」
「そんなあんたを見ていたから、あたしが動いたんじゃない」
「動いたって、いつから?」
「あたしの結婚相手がゴウじゃないことを、あんたに知らせたところからよ」
確かに、結婚相手の名前が昭さんだって聞いて大喜びしたわ。
「次は、昭のお母さんからゴウに伝えてもらったの」
「何を?」
「結婚してからも、昭が実家で同居したがっているって」
「ひどいわ、ゴウさんをだますなんて」
「あんたは人のことを言えないでしょ、さんざんゴウをだましていたくせに」
それもそうね。
「必要だったのよ、ゴウが実家を出るように仕向けるためには」
効果はあったわね、それを聞いてゴウさんは実家を出ると決めたんだもの。
「最後に、ゴウを二階に下宿させるって話を先生からあんたに」
二階にはふた部屋あるから、あたしも同居しようって決めたのよね。
「あたしの思惑どおりに、あんたがあのとんでもない計画を持ち出して」
「確かにとんでもなかったわ、お姉ちゃんのふりをするのは大変だったもの」
「あたしのふりをすることじゃなくて、同居するってことを言っているのよ」
「先生はぐるだし、パパとママもぐるだったのよね」
「恩師と親に対してぐるはないでしょ、せめて協力者って言いなさい」
「昭さんがゴウさんの弟だって、誰も教えてくれなかったのに協力者なの?」
「あんたの幸せのためなら、喜んで協力するって言ってくれたのよ」
「だから、ゴウさんと同居したいって言い出しても反対しなかったのね」
「娘が男性と同居するって言い出したのよ、普通の親なら猛反対するでしょ」
「そうよね」
「猛反対とまではいわなくても、さすがに心配していたんだから」
「どうして許してくれたの?」
「そんなの決まっているでしょ、あたしが説得してあげたのよ」
「十七年前、どうしてゴウさんは自分のじゃないトランプを持ってきたの?」
「そんなこと、あたしじゃなくて直接ゴウに聞けばいいでしょ」
「教えてくれないわよ、あたしが聞いたって」
「多分、あれは昭が捨てたトランプだって気づいたからよ」
「どうして昭さんは捨てたの、自分でお姉ちゃんの名前を書いたトランプを」
「昔から気が弱いからね、昭は」
「自分が引っ越しちゃうから、捨てたの?」
「そうね、あのトランプは渡しちゃいけないとでも思ったんでしょ」
「でも、昭さんが捨てたトランプをどうしてゴウさんが」
「捨てられていたトランプを見つけて、持ってきたのよ」
「お姉ちゃんは分かったんだ、あれが昭さんのトランプだって」
「スペードのジャックは昭のトランプだし、アッコって書いてあったからね」
「捨てられていたってことは?」
「くしゃくしゃに丸めてあったのを、伸ばした痕跡があったもの」
「ふうん」
「そもそも、ゴウのトランプはジョーカーだもの」
ゴウさんは、子供のころから優しかったのね。
昭さんが捨てた、トランプの意味に気づいて。
お引っ越しの途中なのに、お姉ちゃんに届けてあげるなんて。
後で、いっぱい褒めてあげなくちゃ。
「お姉ちゃんと昭さんが結婚できることになったのは、どうして?」
「何よ、文句でも言いたそうね」
「だって、引っ越して離ればなれになったのに」
「あんな別れ方をして、あたしが黙っているとでも?」
「まさか」
「先生から昭の引っ越し先を聞いて、次の日に押しかけたわよ」
「速攻で直談判するなんてすごいわね、それで?」
「まずは昭のトランプを突き返して、改めてあたしに渡させたのよ」
「どうして、ゴウさんに気づかれなかったの?」
「新しくできた友達と、ヒバリを採りに原っぱへ行っていたから」
引っ越してきて二日目なのに、もう?
「それから?」
「昭にあたしのトランプを渡して、その日から付き合い始めて」
「で?」
「中学校はともかく、高校と大学は同じ学校に通い」
だからおうちから遠い高校を選んだのか、どうしてかなと思っていたのよ。
「卒業してからは、二人ともパパの会社に入社したの」
「いいなあ、学校も勤め先も一緒だなんて」
「簡単に言わないで、あたしたちだってそれはそれで努力していたんだから」
「そんなに長いお付き合いなのに、どうして急に結婚することに?」
「オーストラリア支社の立ちあげで、まずは昭が出向することになったの」
それで、ゴウさんは弟が海外に出向しているって。
出向先がどこかまでは気にせずに、漠然と南の方って言っていたけれど。
「パパに頼んで、あたしも出向させてもらうことにして」
そんなことで、パパに無理を言うなんて。
「で、どうせ二人で何年かは向こうにいるなら結婚しようって」
これだけ行動力が抜群な、お姉ちゃんだもの。
たとえゴウさんがトランプを届けていなくても、二人は結ばれていたわね。
次は、ゴウさんか。
「どうして、パパとママにあいさつをしに行くのは土曜日にしたの?」
うれしくて、プロポーズされたときには気にもしなかったけれど。
プロポーズからあいさつまでに時間を空けるのは、どうしてかしら。
「あたしは、すぐにだっていいのに」
「今月いっぱいは日本にいるって聞いていたし、俺は明日から出張だから」
「だったら、あいさつするのは今夜にすればいいじゃない」
「あんな騒動があったばかりだぞ、少しは時間をおいた方がいいだろ」
「誰も思っていないのわよ、騒動だなんて」
「騒動に慣れているおまえたちはそうでも、俺にしてみれば立派な騒動だよ」
別に、慣れているわけじゃ……。
「それに準備ってものがあるんだよ、いろいろと」
「いろいろって?」
「手土産だったり、あいさつの文言を考えたり」
「そんな、手土産なんていらないのに」
「子供じゃないんだから、手土産ぐらい常識だろ」
「だって、日曜日に行ったときは持っていかなかったでしょ」
「あの日は有無をいわさずに連れていかれたからで、今回は訪ねるんだから」
「ふうん、大変なのね」
「ゴウさんも、意外と鈍感なのね」
「何だよ、急に」
「だって、昭さんとお姉ちゃんが付き合っていたのに気づかないなんて」
「兄弟じゃ、そんな話はしないんだよ」
「それにしても十七年間よ、十七年」
「偉そうに言うなよ、おまえら姉妹だってろくに話をしていなかったくせに」
「自分に興味がないことには無関心なゴウさんと、一緒にしないで」
「同じことだろ、俺もおまえも弟や姉の結婚相手を知らなかったってことは」
「ふんだ、弟さんの結婚相手に興味がないなんて」
「おまえこそ、自分の結婚相手にしか興味がなかっただろ」
「初めてとん起に行ったときに、あなたはだあれって言ったわよね」
「それがどうした」
「情報交換をするなら、普通はお互いのことを教えようって言うんじゃ?」
「俺だってそう言ったよ、普通なら」
「普通じゃなかったの?」
「おまえが外村じゃないのには、最初から気づいていたって言っただろ」
「だから、あなたはだあれって言ったの?」
「つまらないことはそろそろやめて、自分が誰なのか早く言わせるつもりで」
それであなたはだあれか、なるほどね。
落ち込んでいないで、ここからが核心よっ。
「浴衣を買ってもらい着替えようとしたときに、ゴウさんが言ったわよね」
「俺が、何て?」
「我慢ができなくなるから、着替えをやめろって」
「そうか?」
とぼけちゃって。
「ネグリジェやパジャマへの着替えはいいのに、浴衣へはだめだって」
「あったな、そんなことも」
「まさか、ゴウさんって着物への着替えフェチなの?」
「人のことを何だと思っているんだ、おまえは」
もっと深掘りしたいけれど、この問題については日を改めて。
「着替えそのものより、ただ浴衣や着物姿がかわいかっただけだよ」
「ほんと?」
「ああ、それもプロポーズの決め手のひとつだったから」
なあんだ、そんなことだったの。
つまり、あたしの浴衣姿や着物姿が好きだってことじゃない。
「だったら、おうちでの寝間着は浴衣にしてあげましょうか?」
「毎晩のように浴衣ってのもなあ」
「何よ、見飽きるとでも言うんじゃないでしょうね」
「あたしと結婚しようと思ったのって、いつから?」
「この家で、初めて会ったときからだよ」
「初めて会ったとき?」
「顔は好みでスタイルだって文句はない、ほんわかした雰囲気も好印象だし」
えへへ。
「俺の採点だと、満点に近かったからな」
さすがに満点は、褒められ過ぎている感じが。
「おまえなら放っておいてもすぐになれただろ、彼女にだったら」
えっ、そうなの?
「外村のふりなんかをせずに、外村の妹としてここに通えば良かったんだよ」
そんなあ……。
ずっと苦労の連続だったのに、あたしは何をやっていたんだろ。
次は先生か、半分は文句になっちゃうわね。
「ひどいわ、ゴウさんが双子で弟の昭さんがお姉ちゃんの結婚相手だなんて」
「勘弁しておくれ、アッコからきつく口止めされていたんだから」
「だからって」
「聞いてこないあんたも悪いんだよ、聞かれりゃ教えたんだから」
「実家に行く前日の夜に、ゴウさんのお部屋であたしたちを怒りましたよね」
「それがどうしたんだい」
「頼んだのは、ゴウさんが実家に行くように仕向けてってだけなのに」
「好都合だと思ったんだよ、あんたたちがベッドで抱き合っていたから」
正確には抱き合っていたじゃなくて一緒にいた、です。
「あんなに怒ってみせたのは、お姉ちゃんからの指示だったんですか?」
「あたしの判断だよ、ゴウにプレッシャーを感じさせる絶好のチャンスだろ」
好都合とか絶好のチャンスとか、まるで悪巧みじゃない。
「だって、決まっていたのは……」
「ゴウをあんたの実家に連れていき、婚約に持ち込むってことまでだろ」
「だからですよ、あんなに怒る必要があったんですか?」
「さすがのゴウでも逃げ道をなくしておけば、確実だと思ってね」
「逃げ道に、確実って」
「れっきとした既成事実があるからと、あんたの両親の前で話されたら」
ふんだ、ゴウさんにはこれっぽっちも効き目がなかったでしょ。
「実際にアッコに話したら、作戦を変更してそれでいこうってさ」
「変更って、他にも作戦があったんですか」
「ああ、聞きたいかい?」
「聞きたくないですよ、いまさら」
「クリスマスのプレゼントに、どうしてイーゼルなんかを買わせたんです?」
「聞かれたんだよ、イーゼルを買いたいが有名なメーカーはどこだって」
「だからって、使いもしないイーゼルを買わせるなんて」
あたしのお部屋に置いてあったイーゼルは、ただの小道具だったのに。
「聞かれたから教えただけだよ、あたしは」
「どうせなら、あたしが欲しがりそうなものを教えてくれればいいのに」
「ゴウは侮れないよ、イーゼルがやけに古いって気づいているぐらいだし」
変なことに気が回るものね、ゴウさんは。
「あんたが美術の教師だと、いいアピールになったし真実味も出ただろ」
「ゴウさんからの、初めてのクリスマスのプレゼントだったのに」
むだなお金を使って、かわいそうなゴウさん。
他に欲しいものならいくらでもあったのに、かわいそうなあたし。
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