表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/25

第六話 アッコちゃんの秘密 後編

「きっかけは、あたしが結婚するって聞いたことだと思うわ」

 そうよ、それがすべての始まりだもの。

「あたしが結婚するなら、相手はあんたじゃないかと動揺したでしょうね」

 動揺どころじゃなかったわよ。

「あたしの結婚相手があんたじゃないと知って、大喜びしていたもの」

 はずかしいから、言わないで。

「そのうちに、パパとあたしのオーストラリアへの出向が決まって」

 確かに、それがターニングポイントだったわ。

「ママも行くことになったけれど、仕事があるこの子は行けないし」

 あたしだけが残るから、どうしようかと悩んでいたのよね。

「そのタイミングで、あんたが先生の家に下宿するなんて聞いたもんだから」

 これぞまさに、何かの啓示かと。

「あたしのふりをしてあんたと同居する、なんて計画を思いついたのよ」

 会ったこともないあたしとじゃ、同居に同意しないのではと思ったけれど。

 お姉ちゃんとなら同意するんじゃないかと、思いついたのよね。


「同居するまではいいとして、この子はその先のことを考えていなかったの」

「無計画な、こいつらしいな」

「おかげで、あたしが先生から相談を受けてその先の作戦を立てることに」

「とんだ災難だな」

「そうやって、鼻で笑いながら言われても」

 先生が考えてくれたものだとばかり、思っていたのに。


「まずは、同居を通じてあんたと仲良くなり」

 それは、成功していたわ。

「さすがのあんたでも言い訳ができない、決定的な現場を先生に目撃させて」

 そう、パパとママが帰国するタイミングでね。

 あの時間なら二人でベッドの中にいるから、先生にお部屋へ来てもらって。

 いつも一緒に寝ていることを、とがめてもらう。

 昨日の先生は、迫真の演技だったでしょ。

 お芝居だと知っていても、本当に怒られているのかと思ったぐらいだもの。

「あんたを、パパとママの前に連れ出した上で」

 さすがのゴウさんでも、パパとママの前からは逃げられないでしょうから。

「責任を取らせる形で、この子と結婚するように迫る」

 そこまでは、すこぶる予定どおりだったのに。

 三つの質問がある、なんてゴウさんが言い出してから歯車が狂っちゃって。

 おまけに、お姉ちゃんや昭さんが登場してめちゃくちゃになっちゃうし。

 喜び勇んでここに来たのに、どうしてこんなことになったのやら。


「勘違いと穴だらけの猿芝居に付き合わされた、俺こそいい面の皮だ」

「そうかな、あたしはかわいいと思うけれど」

 ゴウさんは、お姉ちゃんとは会えば口げんかをする仲だと言うけれど。

 やり取りを見ていると、まるで答えあわせをしているかのようだし。

 むしろ、息がぴったりじゃない。

 この二人って、本当に何もなかったのかしら?




 知りたかった三つのことを、すべて知ったからか。

 これ以上ここにいる意味はない、なんて顔をしているゴウさん。

 退屈でたまらないみたいね、そのうちに大きなあくびでもしそうだもの。

 あたしを含めたこの場のみんなも、この後は何をすればいいのか思案中。


 退屈しているか、思案中かの差こそあるけれど。

 沈黙していることには、変わりないわけで。

 そんな気まずい沈黙を破ったのは、やっぱりゴウさん。

「何もないのなら、俺は帰らせてもらうよ」

 立ち上がってそう言うと、出ていこうとするんだもの。

「おうちに帰るんだったら、あたしも一緒に……」

 一緒に行こうとするあたしを無視して、ゴウさんはお姉ちゃんに。

「そうだ、確認したいことがあるんだが」

「まだ何かあるの、あんたの質問にはすべて答えたはずだけれど」

「そう言うな、質問とは別にどうしても確認しておきたいことができたんだ」

「何よ?」

「お嬢様のおまえなら、結婚後に狭い俺の実家でおふくろと同居しないよな」

 それが、ゴウさんがどうしても確認したいこと?

「あたしたちはオーストラリアで働いているのよ、しばらく向こうに住むわ」

 それを聞いたゴウさんは、後ろを見ようともせずに出ていっちゃった。


「帰るって、ゴウさんが帰っちゃうって」

「どうしたのよ、急に泣き出すようなことじゃないでしょ」

「だって、ゴウさんは先生の家を出て実家に帰るつもりなのよ」

「どうして、いきなりそんな話になるの」

「お姉ちゃんたちが、結婚後にゴウさんの実家に住まないからよ」

 くすん。

「わざわざ、自分のお部屋を開けなくていいんだもの」

 くすん、くすん。

「それに、ゴウさんはあたしが本当のことを言うのをずっと待っていたのよ」

 ぐす、ぐす。

「なのに、ここに来てからもあたしがお芝居を続けていたから怒って」

「あきれてはいたけれど、怒ってはいなかったわよ」

 ぐすん、ぐすん。

「あいつが出ていったのは、知りたいことを聞いて満足したからでしょ」

 ひっく、ひっく。

「ゴウはそんなことで怒らないわよ、半年以上も一緒にいて分からないの?」

 うっ、うう。

「泣いていないで、早く先生の家に戻ってゴウに謝りなさい」

「もう、自分のおうちに帰っちゃっていたら?」

「だったら、追いかけりゃいいでしょ」

「でも、怒ったゴウさんは怖いから……」

「自分が悪いんでしょ、子供みたいなことを言わないの」

「もとをただせばあたしだけれど、お姉ちゃんにも責任はあると思うわ」

「あなたとゴウの問題でしょ、あたしを巻き込まないで」

 ふんだ、こうなったら一蓮托生いちれんたくしょうよ。

「だって、あたし一人じゃゴウさんを説得できないもの」

「しょうがないわね、あたしも一緒に行ってあげるから」

 あら、意外にすんなりと。

「ちょっと待って、どうせならパパとママや先生も」

「みんなで行く必要がどこにあるの、ぐずぐず言っていないで行くわよ」




 お姉ちゃんとおうちに戻り二階に上がると、ゴウさんはいなかった。

「さっきまで着ていたジャケットがあるから、ここに寄ったのは確かね」

 そう言われて、衣装だんすの中を見てみると。

「革ジャンがなくなっているわ、ここに寄って着替えたのよ」

「わざわざ?」

「やっぱり、実家に帰っちゃったんだ」

「あいつ、携帯電話は持っていないの?」

「持っているけれど」

 あたしが指を指した先には、ゴウさんの携帯電話が。

「なら、戻ってくるつもりでしょ」

「いつも置きっぱなしだもん、朝もそこにあったわ」


 泣き出しそうなあたしを横目に、お部屋を見回しているお姉ちゃん。

「あなたでしょ、この悪趣味な枕にしたのは」

「悪趣味って言わないで、二人のお部屋なんだから」

 正確には毎晩あたしが押しかけているゴウさんのお部屋、だけれど。

「これだって、ゴウらしくないし」

 お姉ちゃんは、アイスの当たり棒を入れているヨーグルトの空き瓶を見て。

「子供じゃあるまいし、こんなものを四本も集めて」

「当たりが五本集まったら景品と交換……、四本じゃなくて二本でしょ?」

「四本あるわよ、ほら」

 まだ二本しか当たっていないはずなのに、確かに四本あるわ。

 あたしに内緒で食べていて、二本も当てたのかしら。

 続いて、お姉ちゃんがめざとく見つけたのは。

 カーテンレールから、無造作にビニールのひもでぶら下げてある指輪。

「これは、あいつらしいわね」

「プロポーズするときにくれるんだって、でも……」

 また、泣き出しそうなあたしに。

「そんなに心配しなくてもいいと思うわよ」

「どうしてよ」

「実家に帰ったとしても、どうせお母さんに追い出されて戻ってくるから」

「だから、どうして?」

「お母さんは、好き嫌いが多くて面倒なゴウの食事を考えるのが嫌だからよ」

「そんなことを聞いたの?」

「昔からそう言っていたし、ゴウが家を出てからは清々しているって」

 お姉ちゃんは、あたしの肩をポンとたたくと。

「まずは駅まで追いかけて、会えなかったらゴウの実家に行くのね」

 そう言うと、メモにゴウさんの実家の住所を書いてくれた。

「行き違いにならないように、駅まではいつもゴウが通る道を行きなさいよ」




 お姉ちゃんに背中を押されて、うちを飛び出したのはいいけれど。

 ゴウさんが通る、例の空地を前にすると。

 一人で通るのは初めてだから、足を踏み入れるのには覚悟がいるけれど。

 今は緊急事態だもの、そんなことを言っている場合じゃないでしょ。


 びくびくしながら、ゆっくり進んでいくと。

 突き当たりのバス通りを曲がって、空地に入ってくる人影が。

 太陽を背にして歩いてくるから、シルエットしか見えないけれど。

 左手をポケットから出して上げている、あのポーズはゴウさん!


 あたしが、怖いのも忘れて駆け寄ると。

「そんなに慌てて、どこに行くんだ」

「どこって、ゴウさんを追いかけてきたに決まっているじゃない」

「俺を追いかけてって、どうして?」

「ゴウさんが、実家に帰っちゃったと思ったからよ」

「実家に帰る、俺が?」

「だから……、あたしに怒って」

「どうして、俺がおまえに怒らなきゃならないんだよ」

「あたしが、うそをついていたから」

「うそって、あの猿芝居のことか?」

「ええ」

「あの芝居なら、最初からばれていたって言っただろ」

「だったら、どうしてあたしの実家から出ていったの?」

「疑問の答えは分かったし、あそこにいても退屈だからうちに帰っただけだ」

「でも、おうちにいなかったじゃない」

「タバコを切らしていたから、バス通りのコンビニエンスストアへ買いに」

 そして、アイスの棒をひらひらさせると。

「ついでにこれを買ったら、ついに五本目の当たりだ」




 むじゃきに笑っているゴウさんを見て、あたしはほっとひと安心。

 これからもゴウさんと一緒にいられる生活が続くんだと、油断していたの。

 なのに、なのにゴウさんったらいきなり。

「おまえのやぶへびもようやく方が付いたみたいだから、してやろうか?」

「してやるって、何を?」

「何って、プロポーズをしてやろうかって言っているんだよ」

「えっ?」

 あたしの聞き間違いじゃないわよね。

 今、ゴウさんは確かにプロポーズって言ったわよね。

 あまりにも展開が急なんで、何がなんだか分からないけれど。

 それでも、あたしの本能が訴えているわ。

 ここで間をおいたらだめ、即答するのよって。

「うん、うんっ!」

 こんな短い返事をするだけで精一杯なあたしに、ゴウさんは。

「何だ、その期待に満ちた顔は」

 そりゃ期待もするわよ、あたしにとっては念願のプロポーズですもの。

 期待してはいけない、とでも言うんですか?

「まさか、こんなところでさせるつもりじゃないだろうな」

 はっ、言われてみれば。

 ここは鉄線コイルや土管だらけで、お化けや痴漢が出そうな空き地なのよ。

 プロポーズされるなら、もう少しロマンチックなところがいいのでは?


 辛うじてブレーキをかけようとした理性を、まるで無視するかのように。

 あたしの頭の回りでは、白い天使ちゃんと黒い悪魔君がぐるぐると。

 天使ちゃんいわく。

「あなたにだって、プライドってものがあるでしょ」

「こんなところでプロポーズをさせられたって、ずっと言われてもいいの?」

 一方で、悪魔君いわく。

「こいつのことだ、いつどこで気が変わるか分かったもんじゃないぞ」

「つまらないブライドを優先して、プロポーズされなかったらどうするんだ」

 いつの間にか。

 天使ちゃんと悪魔君のキャラが、あたしとゴウさんになっているし。

 しかも、ぴったり適役ってのがかちんとくるわね。

 そんな悪魔君のささやきに、あっさりと負けちゃったあたしは。

「ここでいいから、今すぐにしてちょうだい」


 震える声で懇願したあたしを、あきれたって顔をして見ながら。

「次の土曜日は、おまえとの結婚を許してほしいとあいさつに行くから」

 おおっ、結婚のあいさつ!

「両親に、都合を聞いてくれるか?」

 そして、両親の都合!

 ゴウさんらしい、超ひねったバージョンのプロポーズね。

 しかも、軽いのりって感じで言われている気がするんですけれど。

 でも、これだって立派なプロポーズよね。

「だいっ!」

 ちゃんと、「はい」ってお返事しようとしたのに。

 十七年間の思いが一気に押し寄せて。

 止まらない涙のままでお返事をしたら、「だい」って言うのが精一杯。

 そんなあたしの頭をなでて、さらに泣かせるなんて。

 やっぱり、ゴウさんってずるいと思うわ。




Copyright 2025 後落 超


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ