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第五話 アッコちゃんの秘密 中編

「あんたはいつから気づいていたのよ、この子があたしじゃないってことに」

「同居の初日に、オバちゃんの家で初めてこいつと会ったときからだ」

 ゴウさんは最初から知っていたんだ、あたしがお姉ちゃんじゃないって。

「最初からねえ……、どうして気づいたの?」

「会ってすぐ、こいつはいきなり俺の頬を張ろうとしたから」

「へえ、大人しいこの子が手を出すなんて」

「こいつが大人しいかどうかはともかく、外村なら手を出したりしない」

「そうね、あんたとなら間違いなく口げんかになるはずだもの」

 お手上げねって顔をして、先生を見たお姉ちゃんは。

「だから、あれだけ言っておいたのに」

「あたしだって、大人しい美乃里が手を出そうとしたのには驚いたよ」

「でしょうね、聞いたあたしだって驚くぐらいだもの」

 そんな二人の会話を遮ったゴウさんは。

「手を出されたから一発で分かったんだ、こいつが外村じゃないってことは」

「この子が手を出すほどって、あんたは何を言ったのよ」

「さあな、俺が持っている外村のイメージをそのまま口にしただけだが」

「よっぽどひどいイメージなのね、それを聞いたこの子が手を出すんだもの」

 ゴウさんのお姉ちゃんへのイメージは、さほど間違っていなかったけれど。

 何だか悪口を言われているようで、思わず手が出ちゃったのよね。




 それにしてもこの展開って、予定とまったく違うじゃない。

 あたしがお姉ちゃんじゃないってことが、最初からゴウさんにばれていて。

 同居から始まるこの作戦は、先生でなくお姉ちゃんが監修していたなんて。

 多少のほころびぐらいはあるだろう、ぐらいに思っていたこの作戦が。

 実は、致命的なほころびだらけだったと言われて。

 ついには、あたしの正体までゴウさんに知られちゃうなんて。


 あまりのことに頭の中が真っ白になろながらも、ゴウさんに。

「最初からお姉ちゃんじゃない気づいていたなら、言ってくれればいいのに」

「言えってか、一生懸命に猿芝居をしているおまえに?」

「それでも……」

「ストレートに言うとかわいそうだからと、やぶへびの話をしたんだぞ」

 頭の足りない誰かさんが始めたことが、大騒動になったなら。

 どう収拾するつもりか眺めていれば、いずれ面白いものが見られる。

 それがやぶへびの意味だと言っていたわね。

「部屋につるしてある、あの指輪だってそうだ」

 あの指輪が、何なのよ?

「目の前に賞品をぶら下げれば、本当のことを言い出すだろうと思ったのさ」

 賞品欲しさに、あたしが本当のことを話すとでも思ったのかしら。

 今になって思えば、意外と効果的な一手だったかもね。


「まあ、そんなことがなくても俺に洗わせている下着を見れば気づいたな」

「この子は自分の下着を洗わせていたの、あんたに?」

 あきれたって顔をして、あたしをにらんでいるお姉ちゃん。

 しょうがないでしょ、それだって作戦の一部だったんだから。

「最初は気づかなかったよ、洗濯する下着はこいつが着けていたものだから」

「あんた、どうしてこの子がどんな下着を着けていたのかを知っているのよ」

「こいつは、毎日のように俺の前で着替えているんだぞ」

「ゴウの前で着替えって、この子はっ!」

 そう怒鳴らないでよ、あたしだって最初はすごく恥ずかしかったんだから。

「で、そのうちに気づいたんだよ」

 何に気づいたのよ。

「洗濯する下着が、くしゃくしゃにしてはあるけれど使用感がないのに」

 ゴウさんったら、そんなことにも気づいていたなんて。

「身に着けてもいない下着をわざわざ洗わせるなんて、変だろ」

 さすがに、ゴウさんに下着を洗わせるのは恥ずかしいから。

 着ける用と洗濯用を、ペアで用意しておいて。

 ゴウさんに洗ってもらうのは洗濯用で、着ける用は自分で洗っていたもの。

「下着は洗わせたくないが、洗濯ができないってうそをつく必要がある」

 できないってうそ、か。

「おそらく本物の外村は家事ができないんだろ、あんまり」

 あんまりではなく、お姉ちゃんは家事がまったくできないんです。

「だから、こいつは何もできないふりをしていたんだ」

 何もできないふり、ね。

「外村のふりをしていて、外村を熟知している女で」

 やめてよ。

「十七年前のあの日に外村の家にいて、どう見ても俺より年下に見える」

 お願いだから、もうやめて。

「誰がどう考えたって、外村の妹だろ」

 恥ずかしい、全部ばればれだったんじゃない。

「じゃあ、ゴウさんがあたしを一度も敦子って呼んだことがないのも?」

「おまえが外村じゃないのは分かるが、名前までは分かっていないんだぞ」

 そう言われれば、そうね。

「何て呼べっていうんだよ」


 毒を食らわば皿までよ、お姉ちゃんにも聞いちゃおう。

「あのトランプは、ゴウさんからのトランプじゃないのね」

「さっきからそう言っているでしょ」

「だったら、どうしてお姉ちゃんはゴウさんの写真と一緒に飾っていたの?」

 あたしがそう聞いているのを無視したお姉ちゃんは、ゴウさんに。

「三つ目はなぜ十七年もたった今になってこんなことを始めたのか、だっけ」

「ああ」

 ゴウさんったら、自分がした質問なのに答えを聞くのがめんどくさそうね。

「直接この子に聞いたわけじゃないから、あたしの勝手な想像なんだけれど」

 そこで言葉を切ったお姉ちゃんは、二階に向かって。

「いいわよ、もう下りてきても」




 二階から下りてきた人を見たあたしは、思わず息をのんじゃった。

「ふうん、そういうことか」

 にやりと笑ってそうつぶやくと、納得しましたって顔をしているゴウさん。

「ひと目で納得しちゃうなんて、あんたってつまらないやつね」

 お姉ちゃんったら、ゴウさんの反応を見てがっかりしたように見えるわ。

 そしてあたしは、さっきまで以上にひどく取り乱しているし。


「どうして、ゴウさんがもう一人……」

 階段を下りてきた人を見たあたしの口からは、自然と今の率直な気持ちが。

 だって、その人はゴウさんにそっくりなんだもの。

 それでも、穴が開くほど二人を見比べた結果。

 少しだけ、ゴウさんと違っていると思えるところがあることに気づいたの。

 何かにつけて活動的なゴウさんより、物静かに見えること。

 もうひとつだけつけ加えるなら、優しそうな笑顔だってことかしら。


 その人を見て動揺しているあたしに、ゴウさんは笑いをこらえながら。

「驚いているようだが、こいつが俺に似ているのは当然なんだ」

 そこまで言うと、こらえきれずに笑い出しちゃった。

「この人がゴウさんに似ているのが、どうしてそんなに面白いの?」

「違うよ、おまえがここまで動揺しているのを見ているとおかしくて」

「あたしのことはどうでもいいから、似ている理由を早く教えてちょうだい」

「俺に似ていて当然だ、こいつは俺の双子の弟なんだから」

 そんな衝撃的なことを、笑いながら言わないでください。

 ゴウさんの弟が、双子ですって?

 それに、どうしてゴウさんの弟がうちにいるのよ。

「この子が驚くのも無理はないのよ、あきらを見るのは初めてだから」

 昭さんって、確かお姉ちゃんの結婚相手よね。

「だったら、お姉ちゃんのお相手はゴウさんの弟なの?」

「そうよ」

 さらっと言っているけれど、それって何なのよ。

 こんなに重要なことを、妹のあたしに隠していたなんて。

 あたしがゴウさんに隠していたことなんて、かわいいものじゃない。

「この子は昭と会ったことがないし、昭の写真を見せてもいないのよ」

 あたしが、お姉ちゃんやママから聞いていたのは。

 お姉ちゃんが、昭さんって名前の人と結婚するってことだけだもの。

「下の名前以外の詳しいことを、この子にはわざと話していないし」

 わざとあたしに話さなかったって、どうして?

 あきれたって顔をしながら、ゴウさんが。

「姉の結婚相手なのに、こいつと昭は顔合わせもしていないのか」

「昭は、あたしと同じくオーストラリア支社の立ち上げ部署の担当者だもの」

「ずっと向こうにいたってことか」

 お願いだから、誰でもいいからもう少し丁寧に説明してよ。


「それにしても、あんたって本当につまらないやつね」

「悪かったな、つまらないやつで」

「そうやってすぐ開き直るところもよ、もう少し驚いてもいいんじゃない?」

「これでも、多少は驚いているんだぞ」

「多少って、自分の弟が幼なじみと結婚するって初めて知ったのに多少?」

「それで十分だろ、昭の結婚相手が外村だったのには驚いたんだから」

「ひとつも十分じゃないわよ」

「何が不満なんだよ」

「驚いたのに反応があれだけだなんて、人としてどうなのかってことよ」

「しょうがないだろ、ぱっと見てすぐに理解しちゃうんだから」

「それがつまらないって言っているのよ」

 お姉ちゃんたら、本当にがっかりしているんだわ。

 自分や昭さんが登場することで、ゴウさんを驚かそうとしていたのね。

 なのに、ゴウさんときたら。

 お姉ちゃんがこの家にいるのも、あたしが誰なのかも予想していて。

 二階から下りてきた昭さんを見ただけで、すべてを理解しちゃうんだもの。

 どっきりさせるターゲットに涼しい顔をされたんじゃ、がっかりもするわ。

 まだ文句を言っているもの。

「気にしなさいよね、弟の結婚相手の顔や名前ぐらい」




「それで、答えの続きはどうした」

「答え?」

「だから、なんで今になってこんなことを始めたのかってことへの答えだよ」

「言いかけていたのにこの子が昭に驚いたから、途中だったわね」

「頼むから、さっさと続けてくれ」

 ゴウさんの反応が不満なお姉ちゃんや、展開の速さに疲れているあたし。

 あっけにとられている、パパとママや先生。

 その場にいる、みんなのことを気にもしないなんて。

 あくまでも自分が知りたいことにしか興味がないんですか、ゴウさんは。


「この子は、あの日トランプを持ってきたあんたにひとめぼれをしたのよ」

 そう言いながら、お姉ちゃんがゴウさんに見せたのは。

 お姉ちゃんの机に飾ってあった、二つ折りの写真スタンド。

 右には一枚の写真が、左には問題のトランプが入れてあるの。

 お姉ちゃんがオーストラリアに持っていったから、見るのは久しぶりだわ。

 ちょっと待って。

 昭さんはお姉ちゃんの結婚相手だから、ここにいておかしくないとしても。

 お姉ちゃんが、わざわざこの写真スタンドを持って帰国した。

 ってことは?

「あの日、そのトランプを持ってきたのはゴウさんなのよね」

「ええ」

「でも、トランプに書いたのはゴウさんじゃなくて昭さんなの?」

「そうよ、見れば分かるでしょ」

「分からないから、聞いているんでしょ」

「どうして分からないのよ、アッコって書いてあるじゃない」

 自明の理だろうとばかりに、そう言ってのけたお姉ちゃん。

 それを見ていたゴウさんが、助け舟を。

「昭はオバちゃんをまねて、外村をアッコって呼ぶんだよ」

 そうか、ゴウさんならお姉ちゃんのことを外村って呼ぶんだわ。

 あたしのことを、そう呼んでいたもの。


「もしかして、写真に写っている人もゴウさんじゃなくて昭さんなの?」

 答えを聞くのが怖いけれど、ここははっきりさせなきゃ。

「昭の写真に決まっているでしょ、どうしてあたしがゴウの写真を飾るのよ」

 十七年間もゴウさんだと思って見ていたのが、昭さんだったなんて。

 でも、ゴウさんの好きな人がお姉ちゃんじゃなくて良かった。

 お姉ちゃんが好きな人も、ゴウさんじゃないってことだもの。

 もう、悲しいんだかうれしいんだか分からない。


「あたしがいないときにいつも、この子はあたしの部屋でこれを見ていたの」

「しょうがないでしょ、ゴウさんの写真とトランプだと思っていたんだから」

 お姉ちゃんったら、あたしの弁解を気にもとめず。

「この写真もトランプにアッコって書いたのも、あんただと思っていたのよ」

「おまえと俺が両思いだと思っていたってことか、勘弁してくれよ」

「失礼ね、それはあたしのせりふでしょ」

 お姉ちゃんは、かわいそうな子って目をしてあたしを見ながら。

「この子は手も足も出せずに十七年もの間、この写真スタンドを見ていたの」

 もうやめてよ、お姉ちゃん。

 ゴウさんが薄ら笑いを浮かべているじゃない。




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