第四話 アッコちゃんの秘密 前編
「難ガール 2nd season ~急展開すぎる恋にも難がある~」の第四~六話(「アッコちゃんの秘密」三連話)と第七~八話(「めでたさも半分となる残務処理」二連話)には。
「難ガール ~たっぷり寝かせた恋には難がある~」でのエピソードが、頻繁に出てきます。
たとえば。
女性用下着を洗濯していた剛君についてのくだりや、バラ園やスーパーマーケット横のレストランでのくだりは。
第七話でのエピソードですし。
やぶへびについてのもろもろや、剛君が入院している病院へお見舞いに行ったくだりは。
第八~九話でのエピソードです。
部屋につるしてある賞品の指輪については、第十話に出てきます。
元の話を知らないと、いったい何のことやらとなりますので。
ぜひ、このお話の前にそちらをお読みいただくことをお勧めします。
そして、第四~八話を読み終わった後に。
「難ガール ~たっぷり寝かせた恋には難がある~」の第一話を、改めて読み返していただければ。
冒頭の、十七年前の出来事をつづったいくつかのエピソードで。
それぞれのシーンに登場していた人物が、実は誰だったのかが分かりますので。
きっと面白いかと思います。
お風呂から上がったあたしは、ゴウさんのお部屋にて幸せな気分を満喫中。
買ったばかりのおそろいのパジャマで、一緒にベッドの中にいるんだもの。
ゴウさんは、ヘッドホンで音楽を聴いていて。
あたしはゴウさんの腕の中で、思う存分ゴロゴロしまくっているの。
そんな至福のときを過ごしていたあたしたちに、予期せぬ訪問者が。
「夜も遅いっていうのに、あの子は自分の部屋にいないのか」
しょうがないわねって顔をした先生が、ゴウさんのお部屋のドアをノック。
「アッコはそっちにいるのかい、ゴウ?」
そんなことを聞かれても。
ゴウさんはヘッドホンをしているし、あたしは絶賛ゴロゴロ中なんですよ。
先生の声やドアをノックする音なんて、二人の耳には届くはずもなく。
いきなり開いたドアと先生の姿に驚いて、われに返っても後の祭。
「あんたたち、何をやっているんだいっ!」
ゴウさんとあたしが、ベッドの中で極めて仲むつまじくしている。
そんな光景を目にした先生としては、しごく当然の反応よね。
とりあえず、先生の前で正座をさせられているゴウさんとあたし。
「オバちゃんが何を考えているのかは想像できるけれど、完全に誤解だから」
「どこが誤解だよ、そろいのパジャマを着てベッドの中にいたくせに」
「それについては、認めるが」
認めるも何も、あれだけばっちりと見られたんじゃね。
「あんたはアッコを抱きしめていた、これのどこを誤解だと?」
「勝手に脚色するなよ、こいつが勝手に抱きついていただけなんだから」
「どう違うって言うんだ、同じことだろ」
先生は、質問の対象をゴウさんからあたしに変更したようで。
「今日が始めて、ってわけじゃないんだろ」
「ええ……、まあ」
「じゃあ、いつから一緒に寝ているんだい?」
「引っ越した初日から、ゴウさんがいる日は毎晩」
「初日から、毎晩!」
しばらく、あたしたちをにらんでいた先生。
「今日は、あんたの母親から電話があったんだ」
「ママから、何て言ってきたんです?」
「明日の午前中にそろって一時帰国して、今月中はこっちにいるんだとさ」
あたしにそう言った先生は、ゴウさんに。
「明日はあたしとアッコはこの子の家に行くけれど、あんたも一緒においで」
「こいつはともかく、どうして俺が」
「決まっているだろ、この状況が見過ごせないからだよ」
「オバちゃん、やけにあっさりと下に行ったな」
うんざりとした顔でそう言って、大きなため息をついているゴウさん。
「あの口調や声量だと、昔はこんなものじゃ済まなかったんだが」
「きっと、明日はパパとママの前で」
「だろうな、俺を連れていって何をするつもりなんだか」
「そんなに心配をしなくても」
「こんなことでいちいち心配するか、面倒くさいだけだよ」
面倒くさいって、少しは心配をしたらどうなの。
「それにしても、オバちゃんは何に対して怒っていたんだろうな」
何もかにも、ごく正常な反応なのでは?
「下宿させている元生徒とおいが、ひとつのベッドにいるのを見たんだもの」
「だからって、こんなことであそこまで怒るのは変だろ」
「先生の立場なら、『こんなこと』では済まされないと思うわ」
「ついこの間、俺たちに温泉旅行をさせた張本人なんだぞ」
「確かに、常識的に考えればそっちの方がよっぽど問題よね」
「だろ、なのにどうして」
「何にしても、きっと大丈夫よ」
「えらく楽天的だな、どうせ根拠はないんだろ」
「失礼ね、ゴウさんはパパとママに好印象だっていう立派な根拠があるわよ」
「いくら好印象でも、大丈夫だとはとても思えないが」
「どうしてよ?」
「自慢の箱入り娘と一緒に毎晩ベッドにいる男だと、報告されるんだぞ」
「立派な既成事実がある、ってことよね」
「既成事実なんて、どこにもないだろ」
「キスはしているじゃない」
「いい年をした男女がキスしただけで、既成事実なんて言えるかよ」
だから、輝かしい一歩を踏み出しておけばよかったのに。
「おまえ、さっきからやけにうれしそうだな」
ぎくり。
翌日、家に着いたとのママからの連絡で実家へ向かっているんだけれど。
さっさと歩いていく先生を先頭に、後ろを歩くゴウさんとあたし。
少し意外だったのは。
昨日はあんなに文句を言っていたゴウさんの足取りが、やけに軽いことよ。
ゆううつそうな顔でとか、重い足を引きずるようにとか。
そんな光景を想像していたのに、たったの一晩でどうしたんだろ?
実家に着くなり、早くもピリピリとした雰囲気で。
ゴウさんとあたしが、二人並んでリビングのソファーに座らされるなり。
先生が、パパとママにことのあらましを説明して。
「……ってことなんだよ、あたしの監督が至らなかったせいで申し訳ない」
説明を終え頭を下げた先生は、改めてあたしたち二人を見て。
「ただでさえ、年頃の男女が同居しているってだけでもうわさになるのに」
それは、下宿を始めた日に俺が言ったせりふだ。
ゴウさんは、そう言いたそうな顔をしているわ。
「同じベッドで寝起きしているけれど、何もありませんだなんて」
もう一度、あたしたち二人を見た先生は。
「まさか、信じてもらえるとでも思っているのかい?」
それも俺が言ったせりふだ、って顔のゴウさん。
「しかも、同居した初日から毎日だと言うしね」
「娘がそんな生活をしているのは、親としては看過できませんな」
良く言えたわよ、パパ。
「そんなうわさでも流れたら、この子だってお嫁にいけませんし」
悲しげなその顔、ばっちりよママ。
「このまま放っておくわけにもいかないだろ、そこでだ」
もったいぶるように、ひと呼吸おいた先生は。
「二人には結婚を前提とした付き合いをさせる、ということでどうだろう?」
ここまでは大役を立派に務めている先生、もう少しだから頑張って。
もう、お気づきですよね。
ゴウさんとあたしの痴態を、先生に目撃させて。
このために一時帰国してもらった、パパとママを巻き込んで。
ゴウさんに、結婚を承諾させる。
そう、先生と二人で練りに練った作戦を実行する日がついにきたんです。
退屈そうな顔をしながらも、黙って聞いていたゴウさんだけれど。
ついに我慢できなくなったようで、パパとママに。
「この問題については、ご心配には及びませんのでご安心ください」
落ち着いた口調でそう言うと、さらに。
「わたしたち二人は、間違いをおこすようなことは一切していませんから」
「えっ?」
これは、先生。
「ええっ!」
そしてこれは、パパとママ。
「お嬢さんとは一緒に寝ているだけで、指一本たりとも触れていませんので」
一切していないとか指も触れていないとか、ゴウさんのうそつき。
毎晩のように、キスをしているくせに。
まあいいわ、一緒に寝ているってことについては認めさせたんだし。
それに、この程度の反論は予想していたものね。
でもね。
ゴウさんが続けた話は、あたしの予想をはるかに上回っていたの。
「そもそも、こんなことを聞くためにここまで来たのではありませんし」
ゴウさんはそう言うと、みんなの顔をぐるりと見渡してから。
「知りたいことは三つだけ、それを知るために面倒を承知の上で来たんです」
三つの知りたいことって、何よ?
「ひとつ目は、この穴だらけの猿芝居を考えたのは誰なのか」
猿芝居?
「二つ目は、こいつが誰なのか」
誰なのかって、あたしが?
「三つ目は、なぜこいつは十七年たった今になってこんなことを始めたのか」
「あたしが説明するよ」
「それはあたしが」
先生とあたしが、同時に声をあげると。
「オバちゃんやおまえに聞くなら、わざわざここまで来やしないよ」
そう言ったゴウさんは、あたしをじっと見つめてから。
「きちんと説明できるやつがいるんだろ、ここにはもう一人」
ゴウさんがそう言うのを待っていたかのように、頭の上から声が。
「あんたの横柄な口ぶりは相変わらずなのね、十七年もたっているのに」
その声で、ゴウさんがめんどくさそうに振り返ると。
ゆっくりと、階段を下りてきたのは。
軽い天然パーマのショートカットで、地黒の丸顔。
くりっとした丸い目と、生意気そうなツンとした鼻。
そんな容姿といえばまさに、外村敦子。
って、お姉ちゃん!
オーストラリアで新居を探しているお姉ちゃんは、今回は帰ってこない。
そう聞いていたのに、どうしてお姉ちゃんがここにいるのよ。
予想もしていなかった事態に、心の底から驚きながらも。
この場をどうやって収拾すべきかと、必死に考えているあたしを横目に。
さらにめんどくさそうに、そしてうんざりとした顔でゴウさんは。
「やっとお出ましかよ、やれやれ」
階段を下りてきたお姉ちゃんは、あたしたちの正面にどっかりと座ると。
「初めに知りたいのは、この猿芝居を考えたのは誰かだっけ?」
そう聞かれたゴウさんったら、驚きもせずにうなずいている。
まるで、お姉ちゃんが登場することを予想していたみたいね。
「原案はこの子が考えて、それを先生と二人で練り直したんだけれど」
それって、あたしと先生だけの秘密なのに。
どうして、お姉ちゃんがそんなことを知っているの?
「いくら練り直しても今ひとつだからって、先生から手直しを頼まれたのよ」
先生がお姉ちゃんに手直しを頼んだって、何のこと?
「だから、猿芝居って言われてもあたしのせいじゃないわ」
お姉ちゃんは、お手上げのポーズをして。
「そもそもの原案が原案なんだから、いくらあたしでも限界があるの」
「次は、この子が誰かだっけ」
そうだとばかりに、手を振ってみせるゴウさん。
「どうせあんたのことだから、見当はついているんでしょ」
「まあな」
ゴウさんは、にやりと笑ってから。
「こいつが外村じゃないのは確定だったんだ、知らないことが多過ぎるから」
「ふうん、この子が知らないことって?」
「オバちゃんと一緒に、電車でバラ園へ行ったことや」
うう……。
「大型スーパーマーケットの横にある、レストランでのことも」
ランジェリーネットを買いに行ったときの会話、だったわね。
「それに、俺の病室に見舞いに来たことだって」
やぶへびのときの会話か。
「何より、俺のことを何て呼べばいいって聞いてきたし」
初めてとん起に行ったときだ。
「子供のころから生意気な外村は、オバちゃんをまねてゴウって呼ぶのに」
お姉ちゃんが、ゴウさんのことを呼び捨てにしていたなんて。
聞いていないもの、そんなこと。
「決め手は、十七年前のあの日のことでこいつが言ったことだな」
「この子、何て言ったのよ?」
「俺が持っていったトランプに書いたのは、俺だって」
ゴウさんが持ってきたトランプにゴウさんが書いて、何が変なの?
「こいつが外村なら、知っていて当然なのに」
だから、何を?
「トランプにアッコって書いたのは、俺じゃないってことを」
「あのトランプには、ゴウさんが書いたんじゃないの?」
「俺じゃないよ」
「あんたなら、あたしのことは外村って書くでしょうからね」
「じゃあ、ゴウさんはお姉ちゃんのことが好きなんじゃなかったの?」
「顔を合わせた途端に口げんかを始める、そんな女を誰が好きになるんだよ」
「つくづく失礼なやつね、それはあたしのせりふでしょ」
「それに、こいつはトランプを持ってきた俺を見たって言うんだ」
「あらあら、ぼろを出しまくりじゃない」
「だよな、外村は俺と行き違いでオバちゃんの家に行っていたんだから」
「で、あんたはこの子を誰だと思っているのよ」
「あのときの俺は、おふくろさんにしか会っていない」
ママが、大きくうなずいている。
「なのに、こいつは俺を見ているってことは」
「どこにいたのかしらね、この子は」
「こいつはおふくろさんに隠れていたから、俺には見えなかったんだ」
「残念でしょうけれど、ここまでね」
あたしを見て、そう言ったお姉ちゃん。
「それだけ小さかったら俺らより二つか三つぐらい年下だろ、ということは」
「ご名答、この子はあたしの二つ下の妹で美乃里っていうのよ」
ああ……、この作戦を実行した後で。
本当はあたしが誰なのか、ゴウさんに告白する予定だったのに。
告白する前に、ばれちゃうなんて。
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