第三話 ハナマルとの決着? 後編
「これだけお願いしているのに、ゴウさんのけち……」
「けちって、小学校低学年並のボキャブラリーだな」
あたしにしては珍しく、ゴウさんにしつこく食い下がっているのに。
聞き入れてもらえる気配が、まったくないんだもの。
これをけちと言わずして、何をけちと言えと?
「おまえは、いつだってお願いをしてばかりいるからな」
それについては、否定しませんが。
「ハナマルとやり合うなっていうなら、現状を教えればすぐ収まるのに」
「現状、ねえ……」
「ゴウさんとあたしの関係を、ハナマルに話してくれるだけでいいのよ」
「どんな関係だと説明しろと」
「ありのままを話せばいいんじゃない?」
「たいした効果はないと思うが」
のらりくらりと、はぐらかされている気がするわ。
「何よりも効果的だと思うから、お願いしているのに」
「そんなに話したいなら、おまえが話せばいいだろ」
自分は高みの見物を決め込んで、あたしに丸投げするつもりですか。
「あのハナマルが、あたしの言うことを素直に信じると思う?」
そもそも、それ以前の問題があるもの。
「あたしと話しているときのハナマルは、いつもエキサイトしているから」
「お互いに、会話がまともに成立していないことが多いな」
「それに、内容が内容だけにあたしが話しても納得するとは思えないもの」
ゴウさんに頼んでいる理由は、効果的ってだけではないんです。
それから何日かした土曜日に、びっくりするようなことが。
なんと、ハナマルがうちにやってきたんです。
とりあえず、リビングに通してはみたけれど。
いつもの怒った顔と違って、思い詰めたような顔をしているじゃない。
泣いていたのかしら、目も腫れているみたいだし。
「ゴウさんならいないわよ、昨日から出張に行っているの」
「知っているわよ、仕事での出張だもの」
そうか、同じチームのハナマルなら知っていて当然よね。
ゴウさんがいないのを知っているのに、何をしに来たのかしら?
お茶を出してから、どちらも口を開こうとしない気まずい沈黙が続いて。
わざわざうちに来たのに、いつになったら話し始めるんだろ。
そんなことを考えていると。
神妙な顔をしたハナマルが、ついに話し出したの。
「あたしは……、香澄ちゃんから聞いていたのよ」
いつもの元気すぎる声と違って、絞り出すような声で話すのね。
「あんたが、先輩のことを十七年間も思い続けていたって」
ゴウさんとあたしの関係としては、初歩も初歩ってところだけれど。
それでも、知れば知ったでそれなりの効果はあるかな。
よくぞ言ってくれたわ、香澄。
「この家で同居を始めたのも、先輩と結婚するための第一歩だって」
そこまで聞いていたのに、今まであの態度を取り続けていたの?
「でもね、あたしだって……」
言葉を区切っちゃって、あなたが何だっていうのよ。
「あたしだって、入社してからずっと先輩のことが大好きだったのよ」
いつの間にか泣き出しているじゃない、ハナマルったら。
「仕事や会社のことはもちろん、何から何まで教えてくれた人だもの」
ティッシュの箱を渡してあげると、涙を拭きながら。
「ぽっと出のあんたなんかに、先輩をとられたくなくて」
あたしからすれば、あなたの方がよっぽどぽっと出なんですけれど。
十七年間の長くてつらい歴史を、軽くみないでほしいわ。
「それで、あの日は先輩に言ったの」
「あの日って?」
「食堂で、あんたと会った日よ」
だから、食堂に来たときのゴウさんはあんなに渋い顔をしていたのか。
徹夜明けで疲れているゴウさんを、そんなことで煩わせるなんて。
「それで、ゴウさんにどんなことを言ったのよ?」
まさか、あたしと自分のどちらを選ぶのかって単刀直入に聞いたのかしら。
でも、仕事場で話したなら周りに人がいたはずよ。
普通の人なら、いくら何でもそんなことをするとは思えないけれど。
何といっても、ハナマルだもの。
恥や外聞なんかお構いなしでしょうから、それぐらいやりかねないわ。
ハナマルの話によると。
あたしがゴウさんと待ち合わせをした、あの日。
ハナマルが食堂を出ていってから、ゴウさんが食堂に来るまでには。
こんなことがあったそうです。
あたしとやり合ったハナマルは。
食堂を出るとまっすぐに、システム部にいるゴウさんの元へ。
「真っ赤な顔をしてどうした、頼んだ飲み物は?」
「どういうことですか先輩、いかれ娘が食堂にいるんですけれどっ!」
「おまえ、食堂へ行ったのか?」
ゴウさんの問いを無視して、さらにたたみかけるハナマル。
「どうして、いかれ娘がうちの会社にいるんですかっ!」
「俺の仕事が終わるまで、待たせているからだが」
そもそも、なぜあのタイミングでハナマルが食堂に来たかというと。
システムテストの終わりが見えてきたので、ゴウさんはハナマルに。
休日出勤している全員分の飲み物を買ってくるように、頼んだんです。
ゴウさんが好きなジュースは、食堂の自動販売機には売っていないから。
必然的に、ハナマルは会社の外に飲み物を買いに行くことになるので。
まさか、あたしがいる食堂へ行くことはないだろう。
そこまで考えてのお願いだったので。
ハナマルが食堂へ行くとは、これっぽっちも思っていなかったんです。
「三月の伊豆旅行って、いかれ娘とだったんですか?」
「どっ、どうしておまえがそんなことを知っているんだ」
珍しくゴウさんが動揺しているので、それだけで怪しさはMAXです。
「いかれ娘が、自慢していましたから」
「ちっ!」
その場にいる全員が、それとなく聞き耳を立てているのを承知の上で。
ゴウさんは、全員に聞こえるような舌打ちを。
「昔からの知り合いとの旅行だって、先輩は言っていたじゃないですか」
「あいつだって昔からの知り合いだから、うそは言っていないだろ」
そう言うゴウさんを、鼻で笑ったハナマルは。
「しかも、いかれ娘はキスとかプロポーズとか言っていたわ」
「ちっ!」
苦虫をかみつぶしたような顔のゴウさんは、さっきより大きい舌打ちを。
「あたしたちにうそをついてまで、いかれ娘と何をやっているんですかっ!」
ここぞとばかりに、目を三角にして。
頭から湯気でも出さんばかりな勢いで、まくしたててくるハナマルに。
さすがのゴウさんも、たじたじ。
「とにかく、いかれ娘を会社に呼ぶのはやめてください」
もしも、あたしが当事者でなければ。
ハナマルの主張も、それほど間違ってはいないと思ったでしょう。
会社で外部の人、ましてや彼女と待ち合わせをするのはどんなものかと。
「そこまですることは……」
「ないって言うんですか、現にこうやって騒動になっているのに」
これを騒動と言うのであれば。
騒動にしているのは、主にあなただと思いますが。
「すまなかったな、これからは気をつけるようにするよ」
たったあれだけの短い間に、そんなやり取りがあったなんて。
「文句を言ったあたしに謝りながら、先輩は困った顔をしていたの」
「誰だって、そんなことを言われたら困るでしょ」
でも、ゴウさんが困った顔をしたのには他に原因があると思うな。
あたしを会社に呼ぶなと言われたことが、原因なんでしょうけれど。
そこまでの顔をしてみせたのは、わざとかもしれない。
あたしがお願いしたように、本当のことを話せば簡単に終わるけれど。
それを言ったら、ハナマルが傷つくから言えないと思ったなら。
わざと困った顔をして、ハナマルに負い目を感じさせてその場を収める。
つまり、ゴウさんなりにひと芝居打ったんじゃないかと思うの。
そんなことをあたしが考えているとは、思いもよらぬハナマルは。
「あたしは今まで、先輩の困った顔なんて見たことがなかったのに」
そう言うと、また泣き出しちゃった。
ゴウさんが困った顔か、あたしはしょっちゅう見ている気がするけれど。
「あんたにやきもちを焼いてあたしが文句を言うと、先輩を困らせることに」
そのときのことを思い出したのか、また泣き出しそうなハナマル。
ただ、言わせてもらえるなら。
あなたは普段からあたしに絡んで、ゴウさんを困らせていると思うけれど。
「悔しいけれど、先輩はあんたを好きなのよ」
ハナマルったら、ついに自分の負けを認める気になったのかしら。
だとしたら、ゴウさんの作戦には思った以上の効果があったってことね。
「このまま先輩を困らせ続けるのはかわいそうで、だから……」
だから、どうしたいのよ?
「あたしが身を引けば、あんな顔をしなくなるのかなって思ったの」
満点の結論ね、文字どおりのハナマルをあげるわっ!
とは思ってはみたものの、ここまで潔いなんてハナマルらしくないわね。
望んでいた結末とはいえ、ちょっと拍子抜けしちゃう。
「身を引くつもりなら、まずはあんたに伝えるべきだと思ってここに来たの」
そう言うと、ついに号泣し始めたハナマル。
なにはともあれ、これでようやくハナマルとの戦いに決着がつくのね。
これまでのゴタゴタを思い返すと、感無量だけれど。
勝利の余韻に浸ってばかりいられないわ。
ハナマルも、あたしと同じぐらいゴウさんを好きだったんでしょうから。
なのに、ゴウさんを困らせるのがつらいからと。
自分が身を引くという、立派な決断をしたんだもの。
これ以上ハナマルを傷つけないように、あたしが気を使ってあげないと。
「ありがとう」
それはそれは清い心で、あたしはハナマルに言ってあげたの。
「お仕事では今までどおりに、あなたがゴウさんをサポートしてあげてね」
もう一度言います。
あたしは、純粋にハナマルの立派な決断に対してお礼を伝えたかったの。
なのに、なのによ。
「手打ちも済んだことだし、香澄ちゃんでも呼んでぱ~っと飲みましょ」
ハナマルったら、何を言っているのかしら?
今の今まで号泣していたくせに、いきなり飛び切りの明るい笑顔になって。
そんなことがあってからというもの、ハナマルは。
香澄を連れてうちに遊びに、というより飲みに来るようになったの。
最初は、ゴウさんが出張でいない日を狙って来ていたんだけれど。
今ではゴウさんがいようがいなかろうがお構いなしに、週に一度か二度。
とん起に寄った後だったり、直接だったり。
その上、月に一度は香澄と二人で泊まっていくし。
いつの間にか、あたしの押しかけ飲み友達を気取っているんだもの。
しかも、それを心の底から満喫しているように見えるのが悔しいわ。
どうにも釈然としないあたしは、ゴウさんに聞いたの。
「もしかして、ハナマルには同性の仲がいい友達っていないの?」
「確かに、南野は会社でも仲がいい同性はいないようだが」
「やっぱり」
ここまでは、あたしの考えは正解ね。
「仕事柄、うちの部ではしかたがないことなんだよ」
「どうして?」
「仕事場が各部署と隔離されている上に、部外者の入室が制限されているし」
そんなことよりも、あのきつい性格にこそ問題があると思うけれど。
「で、それがどうした?」
「ハナマルが、あれだけ潔く身を引いたのは不自然だと思ったのよ」
「南野にも、南野なりの考えがあってのことだろ」
「冷静に現状を分析したなら、自分が圧倒的に不利だと思ったはずよね」
「おまえには、俺と同居しているって強力なアドバンテージがあるからな」
「このままだと、自分には得るものがまったくないと判断したなら」
「南野なりに、妥協点を探るだろうな」
「ゴウさんを諦めて潔く身を引く体で、あたしと手打ちをしたってことね」
「友人として、おまえや川木とわちゃわちゃすることを選んだんだろ」
「でも、そんなことのためにゴウさんをあっさり諦めるかしら?」
「南野にとって同性の友達は、『そんなこと』ではないんだろ」
「とりあえず納得しようとしたけれど、どうにも納得できない点があるの」
「おまえの考えが正しければ、南野が流した涙はうそだってことだからな」
「今になって思えば、あの日のハナマルは芝居がかっていたもの」
一瞬でも罪悪感を覚えた、あたしだけが損をしたみたいで悔しいな……。
損して得を取る作戦を選ぶなんておそるべし、ハナマル。
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