表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/25

第二十三話 魔女、南の島へ転生する

 結婚してから、早くも半年が過ぎようとしています。

 長いようで短かった、なんて言いますが。

 ばたばたと毎日を過ごしていたからか、あっという間だった気がするの。


「あたしたちって、だんだんと夫婦らしくなっていると思わない?」

「自分からそう言うのは、どうかと思うぞ」

「誰も言ってくれないから、しかたなく自分で言っているのよ」

「具体的に、どこが夫婦らしくなっていると?」

「例えば家事よ、あたしが担当するって宣言したのに」

「俺は、気がついたときに手伝っているだけだろ」

 ゴミ捨ては家事だろ、なんて言う旦那様が多少なりともいるって聞くのに。

「家事をまったく苦にしないものね、ゴウさんは」

「おまえが例の告白をするまでは、俺が家事をしていたからな」

「でも、一緒に家事をするんだから夫婦らしいでしょ」


「それに、けんからしいけんかもしたことがないし」

「別に、結婚前にもけんかをすることはなかっただろ」

「小言はよく言われていたし、怒られることだってたまにはあったでしょ」

「ふ~ん、たまにはね」

 威張って言うことではないわね、頻繁に怒られていたから。

「その小言すらあまり聞かないし、ましてや怒られることなんてないもの」

 客観的に見ても、夫婦仲もむつまじく新婚生活を送っているんです。


 そんな二人に、とんでもない問題がいきなり襲いかかってくるなんて。




 珍しく、先生を交えたおうちでの夕食を済ませてから。

 これまた珍しく、先生に誘われリビングでお酒を飲んでいるときに。

 先生が投下した爆弾発言が、すべての始まりだったの。


「……ってことだから、よろしくね」

「いきなり何の話だよ、それ」

「だから、あたしは来月の終わりからサイパンに行くって言っているんだよ」

 先生ったら、いきなりわけの分からないことを言い出すんだもの。

「サイパンに何をしに行くんだ、観光か?」

 それなら、サイパンに旅行するって言うでしょ。

「完全空調の植物園を作り、品種別にパビリオンを建てる話があってね」

「植物園?」

「ああ、その中のひとつをバラ館にするんだとさ」

「それとオバちゃんに、何の関係があるんだ?」

「あたしに、指導者として来てほしいって依頼がきたんだよ」

「観光ではなく、お仕事で行くってことですか?」

「まあ、そういうことになるね」

「それで、行くって返事をしたのか」

「ああ、悪いかい?」

「オバちゃんの人生だから、いいも悪いも俺はないけれど」

「じゃあ、いいんだね」

「別に、好きにすればいいんじゃないか」

 それだけ?

 賛成するにしろ反対するにしろ、ずいぶんとあっさりしているのね。

「どれぐらいサイパンに行っているんだ、ひと月かふた月か」

「短くて二年ほどで、普通なら三年ってところだね」

「最長で三年って、まるで海外移住じゃないか」

 移住だったら長く住むでしょ、三年だと移住というには短いのでは?

「オバちゃんが三年もいなくて、この家はどうするんだ」

「どうって、おまえたちが好きに使えばいいだろ」

「そう言われても、家主不在で三年も」

「今までにあたしは講演でいないことが多かったし、変わらないだろ」

 確かに、ゴウさんとあたしが二人きりだったり。

 ゴウさんもいないときは、あたし一人でお留守番することも多かったわね。

「あたしの部屋さえ、そのままにしておいてくれればいいから」


 衝撃的な発言を聞いて、お部屋に戻ったゴウさんとあたしは。

「気楽でいいよな、オバちゃんは」

「あんなにあっさりと、海外でお仕事するって決められるものなのね」

「おまえのおやじさんも似たようなもんだろ、それに外村や昭だって」

「あの三人は宮仕えだもの、先生とは違うわ」

「ふうん、おまえにしちゃまともな意見だな」

「もうっ!」

「それにしても、まるで魔女が南の島へ転生するみたいな話だな」

 先生のことを魔女だなんて。

 でも、あたしも前に似たようなことを思ったことがあたっけ。

 実家に食事をしに行って、お姉ちゃんから結婚を押し付けられたときにね。


 ここまでは多少驚いたとしても、どんでもない問題とまでは言えません。

 あたしたち二人は、こんなことには慣れっこになっていますから。

 問題なのは、ここまでの話を受けてあたしが思いついたことなんです。




 考えに考えて、プランがまとまってからゴウさんに切り出したの。

「あのね……」

 まだ何も言っていないのに、あたしの口調から何かを察したのかしら。

 ゴウさんの顔が、みるみるうちに曇っていくわ。

「このお部屋は寝室専用にして、あたしのお部屋をリビングにしない?」

「おまえの部屋は、子供部屋にするって言っていただろ?」

「子供部屋なんてまだ先のことでしょ、とりあえず置いておくとして」

 新婚夫婦にとっては、とりあえず置いておく問題でもない気がするけれど。

「そもそも、リビングだったら下にあるだろ」

「ほとんどリビングとして使っていないでしょ、もったいないわ」

「もったいないから、何だよ」

「リビングは、以前はお絵描き教室に使っていたでしょ」

「それがどうした」

「どうせ空いているんだし、お料理教室を開こうかなって」

「料理教室って、リビングで?」

「そうよ、おあつらえ向きの広さだもの」

「オバちゃんの家なんだから、勝手に造作をいじれないぞ」

「先生は言ってくれたじゃない、好きに使っていいって」

「そんな意味で言ったんじゃないだろ、それに学校はどうするんだ」

「辞めようかと思って」

 曇っていたゴウさんの顔が、あきれたって顔に。

「お嬢様ってのは羨ましい限りだな、気楽に仕事を辞めるなんて言えて」

「気楽じゃないもん、よく考えたもん」

「いきなり言われたら、学校や生徒に迷惑だろうって言っているんだよ」

「担任を受け持っていないから、年度末に辞めれば迷惑は最小限ですむわ」

 入念にシミュレーションをしておいた効果は、思っていたよりも絶大ね。

 あたしにしては珍しく、ゴウさんと対等に渡り合っているもの。

「設備はどうするつもりだ、教室ならうちのキッチンだけじゃ足りないだろ」

 論点を変えるつもりね、ってことはあたしが優勢なのかしら?

「システムキッチンを何台か、リビングに入れるわ」

「オバちゃんが戻ってきたときはどうするんだよ、撤去するのか?」

「先生が戻ってきても、もうお絵描き教室は開かないでしょ」

「そのまま占領するつもりか」

 わざとその質問には答えずに、甘えた声で。

「ねえ、だめかなぁ?」


「だめとは言わないけれど、いくらかかると思っているんだ」

「費用なら、パパとママが出してくれるって」

 オーストラリア支社の立ち上げを終え、パパとママは日本に戻っています。

「俺に言う前に、親に話したのか」

「だって、ゴウさんに言うときにはすべての算段が整っていないと」

 すぐに、論破されちゃうもの。

「外堀から埋めようとするなんて、まるで悪だくみだな」

「せめて、準備万端整えたと言ってちょうだい」

「でも、それこそ子供ができたらどうするんだよ」

「お教室は平日の昼間だけにして、その間はママに面倒を見てもらうつもり」

「金を出した上に子守りまでさせられるのか、おふくろさんも散々だな」

「散々だなんて、協力と言ってほしいわ」

「で、生徒はどうやって集めるんだ」

 ついに、許可をする前提での質問が。

「お絵描き教室に通っていた生徒さんや、そのお母さんに声をかけてみるわ」

「それだけで集まるのか?」

「ママにも、ご近所に声がけをしてもらうし」

「また親頼みか、何でもかんでも誰かに頼るのはどうかと思うぞ」

「困っているときこそ人を頼りなさいって、習わなかった?」


「ねえ、いいでしょ」

「う~ん」

 あと一歩って感じね、ならばここで切り札を。

「唯一の特技のお料理をお仕事にできるなんて、こんな機会はもうないかも」

「おまえが思っているより大変なんだぞ、設備工事や許可申請だってあるし」

 反論も後退気味になってきたわ。

「ゴウさんが手伝ってくれれば、スムーズにはかどるでしょ」

「結局、面倒なことは自分ではやらずにすべて人任せかよ」

「だから、人を頼るべきだって」

「オバちゃんの話を聞いてから、何日もたっていないのに」

 よしっ、ついに諦めたって顔をしているわ。

「じゃあ、いいのね」

「やるからには、責任をもって臨むんだぞ」

「うんっ、ありがとう」


 最大のネックだった、ゴウさんからの許可も取り付けたんだもの。

 ここから先は、お料理教室の開催に向けて一直線よっ!




 あの手この手を駆使し、どうにかこうにかゴウさんの説得に成功して。

 その勢いで、先生の同意も得られたから。

 晴れてあたしはお料理教室の先生になれるはず、だったのに。


 お部屋のテーブルに、システムキッチンのカタログをいくつも広げて。

 ねじり鉢巻こそしていませんが、電卓を片手にどれにするか悩んでいると。

「うれしそうにしているところを悪いが、教室をうちで開いていいのか?」

 ゴウさんったら、やけに思わせぶりな言い方をしちゃって。

「もちろんよ、おうちが仕事場になるなんて最高じゃない」

「おまえがいいって言うなら……、まあ構わないか」

 今度は、意味深な間ね。

「ゴウさんが振替休日で平日がお休みになる日は、一緒にいられるんだもの」

「何を言っているんだ、一緒に過ごせない時間はむしろ増えるだろ」

「どうして?」

「まず、おまえが教室で教えていたら一緒に過ごせないだろ」

「えっ?」

「事前の準備だってあるだろうし、教室が終わってからは後片付けがあるし」

「あっ!」

「学校の授業と違って教科書がない分、自分でカリキュラムを考えたり」

 うう……、そこまでは考えていなかったわ。

「だから、一緒に過ごせる時間はぐっと減るんじゃないかと言っているんだ」

「それじゃ、予定と違っちゃうわ」

 ピークにまでもっていったテンションが、あっという間にだだ下がり。

「だからいいのかって聞いたんだろ、それぐらい自分で気がつけよ」

 ゴウさんは、あきれたって顔をしてそう言うと。

 かわいそうな人を見るような目で、あたしを見ている。


「やっぱりやめるわ、お料理教室なんて」

「あれだけ熱弁をふるっていたのに、今さらやめるって」

「おうちの中にいたとしても、一緒に過ごせなくなるんじゃ意味がないもの」

「教室より、俺と一緒にいることが主目的かよ」

「もちろんそうよ、教室はそのための手段なのに一緒にいられないんじゃ」

「大山鳴動してネズミ一匹か、俺だけじゃなく両親まで巻き込んで」

「面目ないとは思っているけれど、行動に移す前で実害はないから良かった」

 学校へは何も伝えていないし。

 システムキッチンを中心とした設備だって、発注どころか見積りもまだ。

 ましてや備品や消耗品に至っては、まったくの手付かずだし。

「おまえもたいがいだけれど、オバちゃんも罪作りだよな」




 立ち消えになったと思われた、幻のお料理教室ですが。

 意外な形で、こぢんまりと開かれることになっているの。

 ゴウさんが、出張や休日出勤でいない日。

 つまり、香澄とハナマルがお泊まりに来ている日曜日のお昼に不定期でね。

 これなら、ゴウさんとの時間を犠牲にしなくてすむもの。


「香澄やハナマルがお料理を習いたいって言うの、豆キチさんの奥さんも」

「川木はともかく、どうして南野が料理を習いに」

「いつか彼氏にお料理を作ってあげたいから、修行のつもりで通うんだって」

「ものは言いようだな、どうせ料理で男を捕まえるつもりをしているんだろ」

「かわいそうだわ、そんなことを言ったら」

 あたしも、ハナマルから聞いたときには同じことを思っちゃったけれど。

「せいぜい、とらぬタヌキの皮算用にならなきゃいいが」

「お料理教室を開こうとしたあたしみたいに、ならないといいわね」




 この話には、後日談がありまして。

 先生は、よっぽどサイパンの水があったのか。

 予定は三年程度だったのに、依頼が終わった後もずっと住んでいます。

 年に一度か二度、思い出したように帰国して。

 一週間ほどすると、そそくさとサイパンに戻っていくの。


「お気楽なご身分で、うらやましいよ」

「いいじゃない、昔っからそんなところがあった先生らしくて」

「確かに、オバちゃんらしいっちゃオバちゃんらしいが……」




Copyright 2025 後落 超


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ