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第二十二話 奮闘しています、新妻ですもの

 新婚旅行でのハネムーンベビーこそ、きてくれなかったけれど。

 あたしとゴウさんの新婚生活は、すこぶる順調な滑り出しを。

 ピカピカの新婚夫婦らしく、それなりに障害や試行錯誤もありますが。


 一年間も同居していたんだから、今さらそんなことはないだろうって?

 おあいにくさま。

 夫と妻として暮らしてみると、今までとは別の問題も発生するわけで。

 それはそれで、新鮮な障害や試行錯誤として楽しんでいるんです。

 障害といっても、大半はハナマルがらみだし。

 試行錯誤だって、ほとんどはあたしの勘違いから発生しているんだもの。




 結婚してから最初に頭を悩ませたのは、やっぱりゴウさんの食事について。

 お義母さまの悩みの種だっただけあって、これがなかなかの難敵なの。


 ゴウさんは朝食を食べないし、昼は会社でしょ。

 夜だってあたしと外食することが多い上、土日の二回に一回は出張だから。

 あたしが食事を作るのは、夕ご飯を週に二回ぐらいかな。

 そこで。


「仕事中に外で食べた、食事の内容を教えてちょうだい」

「そんなものを聞いて、どうするつもりだ」

「ゴウさんの食生活を充実させるために、献立を考えるのよ」

「面倒くさいな、いつの食事からだよ」

「新婚旅行から帰ってきてからの内容でいいから」

 思いだしながら話す、ゴウさんから聞いた内容によると。

 あれだけ好き嫌いが多いから、壊滅的かと思っていたのに。

 なぜか、栄養のバランスはちゃんととれているのよね。

 栄養学的には問題がない好き嫌いなら、今のところは放任しましょうか。

 見せてもらった今年の健康診断の結果にも、まったく問題はないし。

 そう、ゴウさんに伝えると。

「ちょっと待て、俺の食生活を充実させるためだと言っていなかったか?」

「夫の健康状態を把握してこその、充実でしょ」

「それなら、献立を工夫して夫の好き嫌いをなくすか減らすのが正解だろ」

「あたしだってそう思っていたわよ、でもね」

「でも、何だよ」

「口うるさく言うと、嫌われちゃうもの」

「おまえにしてはいい心がけだな、これからもその調子で頼むよ」

 でも、本音はちょっと違うかな。

 その領域に踏み込んだら、お義母さまの二の舞いになりそうなんだもの。

 ますは、チェックだけしておいて。

 しばらくの間は、ゴウさんの食生活を支えるだけにしておこう。

 そう、決めたのよ。


「食べたいものを、リクエストしなくていいのか?」

「ゴウさんの好き嫌いは、完璧に頭に入っているもの」

「それには助かっているよ、嫌いなものが食卓にのぼらないからな」

「自分で言うのも何だけれど、かなりおいしいでしょ」

「ああ、作ってくれる食事には満足しているよ」

 高評価、いただきましたっ!

 そう言われると、お料理がさらに楽しくてたまらなくなるわ。


「目を見張るような力作ばかりではない、ってのがいいな」

「毎回そんなお料理じゃ、ゴウさんが食傷気味になっちゃうと思ったから」

「好物の刺身や、サンマの塩焼きにブリの照り焼きが出るのがうれしいよ」

 二回に一回は、手をかけていないように見えるお料理を主菜にしているし。

「その分、副菜や汁物に対しては力を入れているのよ」

 多少の作りがいだって、なくちゃね。

「ナスみそやハスのきんぴらがうまいよ、ぬか漬けがあるのもうれしいな」

「一年間、とん起さんでチェックしていたのが役に立っているわね」

 ぬか漬けが好きなゴウさんのために、ぬか床だって新調したんだから。




 ここまではともかくとして、ちょっとした問題なのが。

 あたしが手を出せない、ゴウさんの昼食や出張中の食事。

 出張の日はともかくとして、普通の日には愛妻弁当を作ってあげたいのに。


「どうして、愛する妻のお弁当を会社に持っていくのが嫌なの?」

「そんなこと、誰も言っていないだろ」

「だって、お弁当を持っていってくれたのは最初の日だけじゃない」

 そうなの、次の日からはお弁当はいらないの一点張りなんだもの。

「会社だと、人の目ってものがあるから」

「見られたっていいじゃない、市販のお弁当より良くできていると思うわ」

「うまい弁当だってことは、認めるよ」

「味だけじゃなくて、見た目だってなかなかのものでしょ」

「それも認めるし、おまえの弁当を食うのが嫌だとは言っていないだろ」

「だったら、どうして持っていってくれないのよ」

「食堂で食っているとみんなに見られて、とても食えたものじゃないんだ」

「それなら、自分の席で食べればいいじゃない」

「自分の席で食えない決まりがあるから、食堂で食っているんだろ」

「気にしなければいいじゃない、人の目なんて」

「そうはいっても、俺はそこまで達観していないんでな」

「きっと、新婚さんだから興味があるんでしょ」

「みんなが集まってきて、興味津々って顔で食べている俺を見るんだぞ」

「そんな理由で愛妻弁当をパスされるなんて、納得できないわ」


 でも、ちょっと不自然じゃない?

 いくら新婚さんだからって、みんなに取り囲まれて注目の的だなんて。

 もしかしたら、ハナマルがみんなを扇動しているんじゃないかしら。

 これは、香澄に確認しておかなくっちゃ。




 食事といえば。

 毎日のお買い物だって、新婚さんには油断がならないのよ。

 昨日だって、こんなことが……。


 お夕飯はマグロのお刺身にしようと思って、お魚屋さんに行くと。

「中トロをください」

「奥さん、今日はいいアジが入ったから一緒にたたきもどう」

 そんなことを言われて、ついついアジのたたきも献立に追加しちゃったの。

 仕方がないわよね、奥さんなんて呼ばれちゃったんだもの。


 アジのたたきに使うネギを買いに、八百屋さんに寄ると。

「おまけしちゃうよ、新婚さんには」

 新婚さんって言われただけで、デザートに梨を買っちゃった。


 あとは酢の物ね、ショウガとキュウリはおうちにあったから。

 ワカメを買いに魚屋さんに戻ると、今度は。

「旦那さんに酢の物かい、新婚さんはいいねえ」

 そう言われて思わずタコも買い足したから、タコとワカメの酢の物に。


 こんなこともあるから、新米奥さんも思っていたよりも大変なんです。

 たかだか商店街でのお買い物ですら、思いどおりにいかないんだもの。

 でも、どうして商店街の人が知っているのかしら?

 あたしが結婚したってことを。

 きっと、豆キチさんたちが言いふらしているのね。

 だったら、もっと言ってもらうようにお願いしておきましょ。




 意外に手間がかかって、難儀したことといえば。

 名前が変わったことで、思っていたよりも各種の手続きが多かったことね。

 お仕事の関係では、教員免許に健康保険や共済年金でしょ。

 個人的には、銀行の口座名義や生命保険の被保険者名と受取人名を。

 あとは、運転免許証やクレジットカードの変更も忘れずに。

 そうそう、病院の診察券だって。


 なんて、偉そうに言っているけれど。

 自分で気がついたんじゃなくて、ゴウさんに言われたの。

 言われなければ、きっと思いつかなかったものもあったでしょうね。




 そうそう。

 お姉ちゃんやハナマルに、悪趣味だってさんざん言われていた例の○×枕。

 意外にも真価を発揮していて、ゴウさんの枕はいつでも○なのよ。

 つまり、あたしたちは新婚さんらしく毎晩のように……。


 なんて、あたしは喜んでいたのに。

「いいかげん、この悪趣味な枕カバーは交換しないか?」

「えっ?」

「だから、枕カバーを交換しようと言っているんだ」

「どこが悪趣味なのよ、ゴウさんだって気に入っているじゃない」

「俺が気に入っているって、何を根拠にそんなことを言えるんだ?」

「だって、結婚してからは毎日○にしているでしょ」

「何を言っているんだ、俺は枕になんか触らないぞ」

 触らないですって?

 あたしは枕カバーを替えるときに、○を上にするけれど。

 もしかして、あたしが置いたままになっているだけってこと?

 毎日求められているって喜んでいたのに、何てことなの。

「そもそも、あの枕に意味なんかないだろ」

「どうしてよ」

「おまえは、毎日のようにねだってくるんだから」

 うう、人をけだものみたいに言わないで。

 そんなことを言ったら、ゴウさんだって結婚前よりもずっと……。




 あたしの新妻としてのベクトルが、あらぬ方向に向いたこともあったわ。

 そもそもの起点は例の障害、ハナマルなの。


「じゃあ、あんたは先輩に何もしてあげていないっていうの?」

 そう言って、大きなため息をついているのは。

 ゴウさんが出張だからお泊まりに来ている、ハナマル。

「先輩の仕事は、ただでさえ神経をすり減らすんだから」

 たいして飲んでいないのに、もう始まっちゃったの?

「機器の設置や管理もしているから、先輩は体力も使うのよ」

 そんなことを、あたしに言われても。

「今回の仕事では、プロジェクトリーダーを任されているんだから」

 期首のシステム変更でしょ、知っているわよ。

「つまり、部員だけじゃなくて外部の人の管理もしなきゃならないのよ」

 だから、そんなことをあたしに対して力説されても。

「先輩が人の何倍も働いているって、分かっている?」

「はあ」

「気の抜けた返事をしちゃって」

「だって、ゴウさんは何にも言わないし」

「言わなくても、感じとるのが妻ってものでしょ」

 ふんだ、独身のあなたに何が分かるっていうのよ。

「でも、あたしには疲れたそぶりなんてこれっぽっちも見せないもの」

「何も言わなくても、精神的にも肉体的にもへとへとなの」

 そうかなあ、昨日の夜だってあんなにすごかったのに。

 終わってから、シャワーを浴びにベッドから起き上がれないほどだったし。

 とても、へとへとな人の動きとは思えなかったけれど。

「奥さんのあんたが気を使わずに、どうするの」

「確かに、篠原さんっていつだって何人分ものお仕事をしているわね」

 何よ、香澄までハナマルに加勢するの?

「でしょ、香澄ちゃんは分かってくれているのね」

 ハナマルったら、今度は香澄を巻き込もうとしているわ。

「あんたに負けず劣らず、あたしだって先輩を好きだったのよ」

 ついに、くだを巻き始めちゃった。

「そんなことぐらい、知っているわ」

「あたしが諦めてあげたっていうのに、いかれ娘ときたらひどくない?」

 前半はあたしに話していたのに、後半は香澄に質問しているわ。

 めちゃくちゃね。

「そろそろ寝ましょうよ、南野さん」

 救いの手をありがとう、香澄。


 そんなことがあった翌日。

 あっ、ゴウさんが帰ってきたわ。

 気を使ってあげるように言われたんだもの、思いきって。

「お疲れさまっ!」

 ドアを開けるなり抱きついてきたあたしに、ゴウさんはびっくりしている。

「どうした、いきなり何のまねだ」

「だって」

 昨日の夜、ハナマルに言われたことを話すと。

「南野がそんなことを言ったのか、しょうがないな」

「うん、ゴウさんは疲れているんだって」

「そりゃ疲れていないとは、言わないが」

 やっぱり、疲れているんだ。

「それを癒やしてあげるのが、奥さんの務めなんだって言われたもん」

「他の家はそうかもしれないけれど、うちは違うだろ」

「違うって?」

「俺は、おまえを見ていると疲れが吹き飛ぶんだよ」

「そうなの?」

「心配してはらはらしたり安心してほっとしたり、腹を抱えて笑ったり」

「ふうん」

「俺を癒やしたいと思うなら、いつものままのおまえででいればいいんだよ」

「いつものあたしのままで、ねえ……」

「それがおまえと結婚した一番の理由なんだから、余計なことは考えずにな」

「元気が出たわ、ありがとう」

 あれ、あたしがゴウさんを元気にするはずだったのよね。

「それにしても、おまえ」

「何よ」

「気を使えって言われて実行したのが、俺が帰ってくるなり抱きつくことか」

 うう、穴があったら入りたいわ。


 そう言われてから、考えたの。

 今のあたしは、ゴウさんと一緒にいるだけで幸せだから。

 ゴウさんにも、あたしといると幸せになってもらいたいな。

 だったら。

 いつもあたしが笑っていて、このおうちを笑顔でいっぱいにしてあげれば。

 帰ってくるゴウさんを、暖かく迎えてあげられるってことよね。

 これで、ベクトルの修正はどうにか終了ってことで。




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