第二十話 ついに結婚、しちゃいました
毎日が、びっくりするぐらい慌ただしく過ぎていって。
あっという間に、明日は結婚式。
光陰矢の如し、なんてことわざが身に染みるわね。
昨日の夜、幸せな気分に浸っていたわたしに。
ゴウさんったら、こんなことを言い出したの。
「明日の夜は実家に泊まって、家族とゆっくり過ごしてこい」
「え~っ、独身最後の夜はゴウさんと一緒にいるって決めていたのに」
「俺とはこれから毎日一緒にいられるだろ、っていうか今でも毎日一緒だし」
「だから?」
「独身最後の夜なんだから、実家で親孝行をしてこいと言っているんだ」
「特別な夜だからこそ、あたしはゴウさんと一緒にいたいのに」
「娘を嫁に出すおまえの両親にとっても、特別な夜なんだぞ」
「確かに、そうでしょうけれど」
「それに、花嫁から両親へのあいさつだってするんだろ」
「パパとママへのあいさつは、花嫁姿になってからするものじゃない?」
「そんなこと、俺が知るかよ」
「お式の直前に、新婦側の控室とかでするのよ」
「親戚が見ている前でするのか、せっかくの化粧だって泣いたら落ちるだろ」
そう言われてみれば、そうね。
「あいさつは今夜か明日の朝に実家でしろよ、家族水入らずで」
ゴウさんの提案を受け入れて、独身最後の夜は実家で過ごすことにしたの。
家族での食事を終え、久しぶりに自分のベッドで横になっていると。
いきなりドアが開いて、顔だけ出したお姉ちゃんが。
「感傷に浸っているんじゃないかと思ったのに、リラックスしているわね」
ほら、ゴウさんと同居を始めたころにあたしがまねしたとおりでしょ。
お姉ちゃんは、いつだってノックをしないでドアを開けるのよ。
ルールについて厳しく言っていたゴウさんに、見せてあげたいわ。
「残念でした、いつもと変わらない静かな夜を過ごしているわ」
「つまらないわね、何かと至らない妹を心配しているのに」
また、至らないって。
「今は妹だけれど、明日からは昭さんの兄嫁になるんですからね」
「昭とゴウは双子なんだから、弟も兄もないでしょ」
「大事なことだもん、きっちりしておかなきゃ」
「あたしはそんなことを言いにきたんじゃないの、これをよろしくね」
渡されたのは、一枚の紙。
「なあに、これ」
「ウェディングドレスの請求書よ」
「へっ?」
「あたしの口座に振り込んでおいてね、口座番号はそこに書いておいたから」
「ええっ、あのドレスってプレゼントしてくれたんじゃないの?」
「まさか、自分の都合のいいように受け取らないで」
「一度けちがついたドレスは使わないって、お姉ちゃんが言ったから」
「でも、あげるとは言っていないでしょ」
「サイズが全然違うのよ、あたしが払うなら好みのドレスを選んだのに」
文句を言いながら、請求書に目を通すと。
「いくらオーダーメイドだとしても、この値段って何よ」
「一生に一度のことだから、奮発してもいいでしょ」
「奮発って額じゃ……」
「それじゃ、よろしく」
言いたいことだけ言って、お部屋を出ていこうとしたお姉ちゃんが。
「良かったわね、大好きなゴウと結婚できて」
「ありがとう、十七年もかかっちゃったけれど」
「何を偉そうに言っているのよ、十七年間も何もしていなかったくせに」
猛抗議をしようとしているあたしに、反論のすきも与えずに。
「初めのアクションから、たった一年間でゴールインしたなら立派なものよ」
静かね。
今夜に限って、時計の針の音がやけに響いている。
お姉ちゃんから、あんなことを言われたからかしら。
いきなり挙式直前の花嫁モードになっちゃって、ドキドキで眠れやしない。
あたしが眠れずにいるのに、今ごろゴウさんはぐっすり眠っているわよね。
やっぱり、今夜は一緒にいれば良かったかな。
おやすみなさい、ゴウさん……。
朝になり、お部屋の窓のカーテンを開けると。
まるで結婚式用にあつらえたような、雲ひとつない抜けるように青い空。
そんな空を見ていたら、寝不足でちょっぴり重かったまぶたもぱっちりよ。
一生の思い出に残る、気持ちのいい日になりそうね。
リビングで、お式への出発を待っているパパとママの前に正座をすると。
あたしを見ていられないのかな。
二人ともうつむいたままで、顔をあげてくれない。
これから娘が、結婚前のあいさつをしようとしているんだものね。
「長い間、お世話に……」
そう言い出しただけで、ママの肩が小さく震えているわ。
もう泣いているのかしら。
「泣かないで、ママ」
あたしまで泣けてきちゃうからって続けようとしたのに、お姉ちゃんたら。
「ママたちは泣いているんじゃなくて、笑っているんでしょ」
「へっ?」
よくよく見れば、笑いを堪えるのに必死なパパとママ。
「二人とも何よ、あたしが真面目にあいさつをしようとしているのに」
しかも、二人して笑うなんて。
ここって、一般的には。
小さいころのあたしを思い出して、感涙にむせぶシチュエーションでは?
「だって、思い出したらおかしくって」
「こんなときに、何を思い出したのよ?」
「敦子のふりをして先生のおうちに下宿するって言い出した、あなたの顔を」
「あんなことをしたのに結婚できたんだ、上出来過ぎて笑うしかないだろ」
そう言うと、ついに我慢の限度を超えたのか。
大笑いを始めちゃった、パパとママ。
娘の結婚前の感動的な儀式が、ただの面白エピソードになっちゃうでしょ。
こんなことでいいんですか?
確かに、両親へのあいさつは新婦の控室でしなくて良かったわね。
ゴウさんが言ったのとはまったく違う意味で、だけれど。
親戚の前でこんなに笑われたんじゃ、厳かな雰囲気が台なしだもの。
「タクシーが到着したみたいだから式場に向かいましょ、遅刻したら大変よ」
笑い疲れたママが、そう言っている。
肝心な両親へのあいさつが、まだ済んでいないのに。
でも、同じ思い出だったら。
湿っぽいあいさつよりも、笑顔の思い出が残った方がいいわよね。
お式の前に、みんなで記念写真を撮ろうとしていたら。
豆キチさんが、ゴウさんに。
「写真はもう少し待ってくれないか、かみさんがトイレから戻ってくるから」
「ええっ!」
あたしが驚くのも、無理はないでしょ。
「かみさんって、豆キチさんって結婚しているの?」
それがどうした、って顔の豆キチさん。
「何を驚いているんだ、おまえは」
ゴウさんまで、それがどうしたんだって顔をしちゃって。
「だって、とん起でもお花見のときにも奥さんには会っていないもの」
「そりゃ、まだ……」
まだって何よ、ゴウさん?
「そうかなあ、外村ちゃんは何度もかみさんに会っているだろ」
「あたしが、いつ?」
「店でだよ、いつも豆腐を買いにきているんだから」
「こいつは抜けているからな、ちゃんと言わないと理解できないぞ」
失礼ね、それが最愛の妻への言葉ですか?
「お店であたしが会う子って、ポニーテールでメガネをかけた娘さんだけよ」
「やっぱり知っているじゃない、あれが俺のかみさんだよ」
「あの子ってまだ二十歳ぐらいじゃない、それに」
「それに、何さ?」
「美人だし、性格も良さそ……」
最後は声のトーンを落としてお茶を濁したけれど、危なかったわ。
「若くて美人で性格が良さそうだと、豆キチのかみさんになれないとでも?」
せっかくあたしがお茶を濁したのに、ゴウさんったら。
そこまではっきり言ったんじゃ、濁した意味がなくなっちゃうでしょ。
「ふうん、それがおまえの豆キチへの評価ってことでいいんだな」
「ちっ、違うわよ」
「違うのか、おまえにしては珍しくまっとうな評価だと思ったのに」
まったく、ゴウさんったら。
わざわざ外野から口出しをして、問題をややこしくしなくてもいいでしょ。
「あの子って、てっきりアルバイトだとばかり思っていたわ」
「アルバイトなんて、雇わないだろ」
「どうして」
「あの店は、どう見たって家族経営の零細豆腐屋なんだから」
だから、ゴウさんっ!
「おっ、来た来た」
豆キチさんがそう言うんで振り返ると、さらにびっくり!
小さな男の子を抱えているじゃない。
奥さんだけじゃなくて、子供までいたんですか?
それじゃあさっき、まだってゴウさんが言いかけたのは。
まだ子供が小さいから、いつも奥さんは家にいる。
だからお店の外であたしと会ったことがない、ってことだったの?
あたしだけが知らないことが、まだこんなにあったなんて。
結婚式を前にして、ちょっぴりショックなんですけれど。
「とても似合っているな、奇麗だぞ」
お式の直前には、白無垢に綿帽子姿のあたしにそう言ってくれたゴウさん。
紋付きはかま姿のゴウさんだって、りりしくてとってもすてきよ。
ごく身内だけでの結婚式だからかしら、厳かで一生の思い出に残りそうね。
披露宴が始まると、まずは仲人のマスターの出番。
お式が、先ほど滞りなく行われたことが報告されると。
続いて、新郎新婦の紹介を。
あたしからの、たっての要望を聞いてもらった結果。
マスターによる紹介は、あまたの大人の事情をオブラートに包んだものに。
当然ながら、オブラートの中身を知っている人からは失笑がもれていたわ。
披露宴も進み、主賓のスピーチは。
ゴウさんの会社の社長さんと、あたしの学校の校長先生。
乾杯の後に、会食が始まったけれど。
一段高い高砂にいると、なかなかお料理には手を付けられないのね。
緊張して、笑顔でいるので精一杯だもの。
ゴウさんはお料理を食べないから、支障がないみたいだけれど。
お酒は足りていないようで、誰でもいいからつぎにこいって顔をしている。
ケーキへの入刀を終えると、お色直しのために新郎新婦は中座して。
慌ただしく着替えを終えてから、新郎新婦だけで写真を撮るときに。
「式のときには神前式にして正解だと思ったけれど、こっちもいいな」
ウエディングドレス姿のあたしにも、そう言ってくれた。
あたしだって、白いタキシードがかっこいいゴウさんに鼻高々なのよ。
これでドレスが、お姉ちゃん用のオーダーメイドでさえなければ……。
時間不足で寸法を直せなかったから、仮止めこそしてあるけれど。
胸はきついし、袖やウエストはぶかぶかなんだもの。
お色直しと写真撮影を終えて、披露宴会場に戻ってくると。
「十七年前に一度見ただけのシノに、恋い焦がれた外村ちゃんが……」
そう始まった、豆キチさんたちのスピーチでは。
あたしが、お姉ちゃんのふりをしてゴウさんと同居していた。
そんなエピソードが盛大にばらされて、みんなの笑いを誘って。
続く香澄が、当たり障りのない学生時代のことを話してくれたのに。
「美乃里さんを知ったのは、篠原さんからの電話がきっかけです」
ハナマルのスピーチでは。
ランジェリーネットの話を暴露されて、さらなる笑いが。
せっかくマスターが包んでくれたオブラートが、跡形もなくなっちゃった。
先生とお姉ちゃんが双方の身内なのが、せめてもの救いね。
これ以上の面白スピーチで、裏事情を暴露されていたら最悪だもの。
最後に、新婦から両親への感謝を込めた手紙の朗読を。
照明を落とした中、スポットライトに浮かび上がっているのは。
声を震わせて読むあたしや、うつむいているパパとママ。
出席者は一様に感動しているみたいだけれど、実情はどうかというと。
あたしは、朝のことを思い出して声が震えているだけだし。
パパは左手で太ももをつねって、笑いを堪えているし。
ママはハンカチを目元に当てるふりをして、笑い顔を隠している。
感動的な場面のはずが、完全に今朝のデジャヴなんだもの。
最初は、お姉ちゃんに押し付けられたおさがりの結婚式だと思っていたし。
決まってからのひと月だけじゃなく、当日も何かとバタバタしたけれど。
終わってみれば、良いお式と披露宴だったわね。
これなら、百点満点よ。
新婚旅行は明日からだから、披露宴の二次会が終わったらおうちに戻るの。
ゴウさんは、今夜はホテルに泊まろうって言ってくれたんだけれど。
あたしは、おうちのほうがいいって答えたの。
新婚初夜は、思い出の詰まったあのお部屋で過ごしたかったんだもの。
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