第二話 ハナマルとの決着? 前編
おとといの夜。
ベッドに潜り込んだあたしは、ゴウさんにおねだりしようとしています。
「何を、しようかな……」
まずは独り言のジャブを、ゴウさんに聞こえるように。
「どうした?」
「あさっては、有給休暇を取ったからお休みなんだけれど」
「うらやましい限りだな、好きなときに有給休暇を取れる仕事場で」
生徒が相手の教職だもの、授業がない日を選んだのよ。
「ゴウさんだって、あたしがお願いすれば休んでくれるじゃない」
「俺は仕方なく休んでいるんだ、しかも有給休暇じゃなく振替休日で」
「同じようなものでしょ」
「たまった振替休日を消化しろと、総務課長にうるさく言われているからな」
「あたしだって取りたくて取ったんじゃないわ、貴重な有給休暇だもの」
遠くない未来には、新婚旅行が控えているんだもの。
有給休暇は一日でも多く残しておきたいのに、こんなことで使うなんて。
「朝一番から、運転免許証の更新に行くのよ」
「どうせゴールド免許だろ、午後はまるまる休めるじゃないか」
ゴウさんの言うとおり、あたしの免許はバリバリのゴールド免許です。
前に、あたしが運転したときの騒動を体験しているゴウさんには。
まったく運転しないあたしがゴールド免許であろうことは、バレバレです。
「俺は徹夜明けだっていうのに」
おっ!
「徹夜明けって、お仕事は何時に終わるの?」
「問題がおきずに順調にいけば、昼には上がれると思うが」
今回のおねだりで、最大の難関だと思われるのは。
どうやってゴウさんに休んでもらうかだったのに、何たるラッキー。
余計な手間が省けたわ。
「更新は十時過ぎには終わるから、午後は何をしようか悩んでいたの」
だったら一人で遊んでいればいいだろ、なんて言われる前に。
「銀座でお昼を食べてから、夏物のパジャマを買いに行きましょ」
「そうするか、ちょうど薄手のパジャマに変えたかったし」
あっさりOKですか。
それに、ゴウさんなら気づいてくれるわよね。
免許を更新するなら、お誕生日が近いってことを。
もしかしたら、お誕生日のプレゼントも買ってもらえるかもね。
ちょっと待って。
ここでまずまずなものを買ってもらうぐらいなら、参加賞の指輪を……。
ううん。
もうすぐ決行の日なんだから、指輪はその後に取っておいた方がいいわ。
やっぱり、何か買ってもらうことにしましょ。
そんなことを考えていると。
「どうせまた、よこしまなことを考えているだろ」
あいかわらず鋭いわね。
「待ち合わせは、どこで?」
「俺の会社の、食堂で待っていろ」
「わざわざ、ゴウさんの会社で待ち合わせ?」
デートの待ち合わせにしては、ムードに欠けるんじゃないかしら。
「作業の進捗によっては、上がりの時間がずれることもあるから」
いつ来るか分からないゴウさんを、ぽつんと一人で待っているのもね。
場合によっては、急なトラブルで来られないって可能性もあるんだし。
「食堂って、前にお届け物をしたときに待っていた?」
「ああ、上がれる三十分前になったら顔を出すから」
そんなわけで、ゴウさんの会社の食堂で待ち合わせをしているんだけれど。
食堂に来てまだ十分もたっていないのに、これはこれでかなり退屈なの。
まるで、お店の前で木につながれて。
飼い主が買い物から戻ってくるのを待っている、犬の気分なんだもの。
生あくびは出るし、眠くなるし。
ドアの横に電話が置かれたテーブルがあり、内線番号表もあったので。
総務課に香澄がいるのを思い出して、連絡をしてみると。
さすが親友ね、すぐに来てくれて助かったわ。
「ごめんね、急に連絡をして」
「びっくりしたわよ、食堂からの内線電話に出たらあなたなんだもの」
「今って、お仕事中でしょ」
「大丈夫よ、お昼の休憩を十一時半からに変更したから」
「とにかく香澄が来てくれて助かったわ、一人で退屈していたのよ」
お弁当を食べ始めた香澄は。
「そんなことより、あなたはうちの会社で何をしているの?」
「ゴウさんが徹夜明けでお昼上がりだから、銀座に食事とお買い物に行くの」
「あきれた、デートの待ち合わせを会社の食堂でするなんて」
「だって、いつ終わるか分からないから食堂で待っていろって言うんだもん」
「篠原さんも、むちゃなことをするわね」
「何が?」
「うちの会社で、あなたと待ち合わせなんかしたらどうなることか」
「だから、何が?」
「南野さんに見つかりでもしたら、また大騒ぎになるでしょ」
香澄がそう言った途端、食堂の扉が開いたと思ったら。
まるで台本でもあったかのように、ハナマルが登場するんだもの。
「ちょっと、どうしてあんたがここにいるのよっ!」
いつものとおり、あたしの顔を見るなり怒鳴り出しているハナマル。
お財布を手にして自動販売機に向かおうとしていたから、飲み物を買いに?
まともに相手をする気もないので、知らん顔をしていようと思ったけれど。
もしかしたら、これって絶好のチャンスなのでは?
香澄と話している体で、ハナマルにがつんと言ってやるのよ。
「前に、ゴウさんと伊豆へお泊まり旅行をしたでしょ」
顔は香澄に向けてはいても、真の相手は背後にいるハナマル。
だから、ハナマルに聞こえるように大きな声で。
伊豆とかお泊まりとかって、ハナマルが気にしそうな単語を強調して。
「あたしの浴衣姿がかわいかったからって、あの後に浴衣を買ってくれたし」
「いかれ娘と伊豆にお泊まりですって、先輩は何をやっているのよっ!」
よしっ。
あたしのもくろみどおりに、ハナマルががっつりと食いついてきたわ。
ならば、さらなる追撃よ。
「あの旅行は、ゴウさんがあたしのわがままを聞いてくれたの」
「篠原さんも大変ね、どんなわがままを言ったのよ」
「二日続けて休めたら、一泊で旅行をしようっておねだりをしたの」
実際は、先生からホテルの宿泊券をもらったから行っただけなのよね。
ここで、またもや口を挟んできたハナマル。
「三月に先輩が伊豆へ旅行したのは、あんたとだったのっ!」
ふふん、いい反応ね。
「あの旅行、先輩は昔からの知り合いとだって言っていたのに」
確かに、あえて分類するならあたしは昔からの知り合いでしょうけれど。
ゴウさんがうそをついたと、ハナマルが思っているなら。
期待をしていたのとは別に、おまけの効果まであるってことね。
「あの前後に先輩が仕事をタイトにしたのは、あんたのせいだったのねっ!」
頭から湯気でも出しそうね、これまた思ったとおりの反応だわ。
「でもね、キスしてもらってからのゴウさんったらあたしに優しくて」
「キス、先輩とキスっ!」
ちゃんと聞いているわね、偉いわハナマル。
これからがだめ押しなんだから、よく聞いておきなさいよ。
「旅行先では、プロポーズされるのかと思っていたのよ」
「プ、プロポーズですって!」
「夏になって、買ってくれた浴衣を着たときにしてくれるつもりかな?」
まあ、今の発言はあたしの妄想だけれど。
あたしが思っていた以上に、過剰な反応を示したハナマルは。
鬼神さながらに怒って、扉を蹴破らんばかりの勢いで食堂を出ていったわ。
直接のがつんではなかったけれど、効果はてきめんって感じだから成功ね。
あきれたって顔であたしを見ている、香澄の視線が痛いのを差し引いても。
ハナマルへの会心の攻撃が決まって、これ以上ないってぐらい痛快だわ。
ハナマルが食堂から出ていったのを見計らったかのように、香澄が。
「南野さんも南野さんだけれど、あなたもいい加減にしなさいよ」
「少し、やり過ぎちゃったかな」
「あれだけやったくせに、少しだなんてよく言えるわね」
「でも、最初に仕掛けてきたのはハナマルよ」
「だからって、あそこまでやらなくても」
「ゴウさんとあたしがそんな関係だって、教えておきたかったんだもの」
「あのお泊まり旅行では、何もなかったって言っていたくせに」
そりゃ、そうだけれど。
「でも、いつもと違うキスだってしてくれたし……」
あたしとしては、ニヤニヤしている香澄にそう言ってみせるのが精一杯。
ハナマル相手の勝負に完勝したことで、いい気分になっていたのに。
香澄に冷水を浴びせられたみたいで、ちょっぴりむなしくなっちゃった。
お昼休みを終えた香澄が仕事に戻ってから、やっと食堂に来たゴウさん。
「おまえ、また南野ともめたらしいな」
人の顔を見るなり、渋い顔をしてそう言ってくるんだもの。
ついさっきの出来事なのに、いったい誰に聞いたのよ。
どうせ、ハナマルからでしょうけれど。
「顔を合わせるたびにもめていて、疲れないのか」
ひとごとのように言っていますけれど。
あたしとハナマルが、ここまでややこしいことになっているのは。
いったい、誰のせいだと思っているんです?
「ハナマルがいるのが分かっているのに、会社で待ち合わせをするからよ」
結局、香澄が言ったとおりになっちゃったし。
「南野とおまえが顔を合わせないように、食堂で待たせておいたのに」
その程度で危機を回避できると思ったんですか、だとしたら。
ゴウさんの危機回避に対する考えは、甘いと言わざるを得ません。
「あたしに言われても、ハナマルが勝手に食堂へ来たんだもの」
「南野は俺の同僚なんだから、会社の中ではおまえが大人になってくれよ」
「どうして、あたしばっかり」
ちょっと、カチンときちゃうわね。
「会社を出れば、俺はいつだっておまえを優先しているからだ」
へえ。
ゴウさんって、いつもはあたしを優先してくれているんだ。
当のあたしには、優先されている自覚なんてこれっぽっちもないんですが。
だったら、少しぐらいは我慢をしてあげてもいいかな。
あっといけない、またころりと……。
おいしいご飯を食べ、かわいいパジャマを買って。
大満足のデートを終えて、おうちに帰ってきたというのに。
どうにも不完全燃焼って感じがする原因は、もちろんハナマルよね。
先生との最終打ち合わせを終えて、ついに決行日が決まったんだもの。
うやむやな状態を放置したたままで、臨みたくないわ。
意を決したあたしは、不完全燃焼の一番の原因から排除することにしたの。
そう、昼間からずっともやもやしていたことをゴウさんに言うことに。
「ねえ、そろそろ話してあげてもいいんじゃない」
「話すって、誰に?」
「もちろん、ハナマルに決まっているでしょ」
どうも、ゴウさんにはピンときていないようで。
「南田に、何を話すんだ?」
「ゴウさんの会社でもやりあっちゃったし、会うたびにあれじゃ疲れるから」
「見ているこっちの方が疲れるんだが」
「だから、本当のことを話してあげてほしいの」
「何だその、本当のことって」
「あたしとゴウさんが結婚するってことを、よ」
「何度も言うが、それはおまえが勝手に言っているだけだろ」
「じゃあ、せめて付き合っているって言ってちょうだい」
「ちょっと待て、誰と誰が付き合っているって?」
「だから、あたしとゴウさんが」
「付き合うなんて、俺は一度も言ったことはないだろ」
「言葉にこそしてはいないけれど、キスだってしているじゃない」
結婚うんぬんについては、さらっとはぐらかされただけなのに。
付き合っていると言ったことへの、断固たる否定っぷりがショックだわ。
「男の人ってずるいわね、やることはしっかりやっておいて否定するなんて」
「何だその、やるだけやってってのは」
「だって、毎晩のようにキスをしているじゃない」
「ちょっと待て、してくるのはいつもおまえからだろ」
確かに。
初めてのときとホテルでの二回を除くと、いつもあたしからしているわね。
「ふんだ、最初はゴウさんがしてきたくせに」
情けない、こんな苦し紛れのせりふしか出てこないなんて。
ゴウさんが明確な対応をとってくれないから、不完全燃焼は継続中。
それでも、毎日一緒に寝ているしキスだってしているんだもの。
付き合っているかどうかは微妙だとしても、特別な関係なのは確かでしょ。
本当に、ハナマルに話してくれないつもりかしら。
このまま、いつまでも泥仕合が続くのは嫌だな。
今夜のキスはお預けよ。
もう一回、ふ~んだ。
Copyright 2025 後落 超




