第十七話 また、夏の始まりに 前編
「ふう……」
テーブルに置かれた紙とペンを前にしてため息をついているのは、あたし。
「結婚式まであとたったのひと月だなんて、うそみたいね」
「ひとごとみたいに言っているけれど、誰のせいだと思っているんだ」
人差し指でコツコツとテーブルをたたいてそう言っているのは、ゴウさん。
「あたしのせいじゃないわ、お姉ちゃんやパパとママのせいだもん」
「何を偉そうに、おまえもその場にいたんだから同罪だ」
あたしは巻き込まれただけだって、何度も言っているのに。
「まるで年の瀬みたいね、こんなに慌ただしいなんて」
次から次へと、やらなきゃならないことが待っているんだもの。
「覚悟していなかったのかよ、これぐらいのことは」
「やることが山積みだってことぐらいは覚悟をしていたわよ、でもね」
「でも、何だよ」
「山積みの内容がさっぱり分からないから、先が見通せないんだもん」
「だからこそ、何をしなきゃいけないのか決めようと言っているんだろ」
そうなんです。
あまりの忙しさに、やることを整理しようってゴウさんが言い出したの。
「で、どうやって?」
「二人で思いつくことを言っていこう、おまえが書き留めろよ」
そんなわけで、あたしの前には紙とペンが置かれているんです。
「おまえ、意外と楽しそうだな」
「懐かしいんだもん、二人で同居のルールを決めたときみたいで」
「とことんのんきで、うらやましいよ」
二人で書き出した中で、まず最優先項目にされたのは。
結婚式場での、お式と披露宴の打ち合わせ。
まあそうなるでしょうけれど、具体的に問題点がありまして。
ゴウさんたら、お姉ちゃんから渡された明細書と式次第を見るなり。
変更したい点を、すぐに担当者と打ち合わせしたいって言うんだもの。
二人で結婚式場に来て、これから担当者と会うんだけれど。
「お姉ちゃんが決めただけあって、すてきな式場ね」
それについては、ゴウさんにも文句はないみたい。
「選んであるオプションも、至れり尽くせりだし」
「引き出物をなくして、料理のランクをアップしてあるのはいいな」
「合理的なお姉ちゃんらしいわ、もらっても困る引き出物ってあるもの」
「新郎新婦の写真がプリントされた皿、とかだろ」
そうそう、実家にも何組かあったわ。
まずは、ゴウさんが断固拒否している披露宴での演出を変更することに。
お色直しの後にゴンドラに乗って上から登場するのは、パスだって。
「こんなオプション、外村が選ぶはずはないのに」
「昭さんのリクエストなんじゃ?」
「あいつが、外村に対して自分の希望を言えるとでも?」
「それもそうね、じゃあパパかママからのリクエストでしょ」
「あの外村だぞ、親の希望をすんなり聞くと思うか?」
「まさか」
もっと大きな変更点は、挙式そのもの。
ゴウさんは、教会式から神前式に変更しようって。
「良かったな、どっちにも対応している式場で」
一日にひと組しか受けない式場だから、神前式が空いていて良かった。
「いくら対応していても、こんな間際になって変更されたら迷惑でしょ」
「了承してもらえたんだし、言わずに後悔するよりはましだろ」
「それでも、せっかくすてきなウェディングドレスがあるのに」
「ドレスには、披露宴のお色直しで着替えればいいじゃないか」
「パパだって、娘と一緒にバージンロードを歩きたかったと思うわ」
「おやじさんの結婚式じゃないんだし」
「でも、これだって親孝行よ」
「おまえが神前式なら、その方が親孝行だと思うぞ」
「どうして?」
「娘が二人いて、一人は神前式でもう一人は教会式ってことになるだろ」
「そうか」
「外村が教会式を選ぶんだから、そのときに歩けるさ」
何となく納得させられちゃった。
「お色直しは、着物からドレスに着替える方が時間はかからないだろうし」
「だから何なの?」
「招待客を退屈させないだろ、待たせなくてすむから」
「披露宴なんて、そもそも退屈なものよ」
「新婦がそれを言っちゃ」
最後に、花嫁衣装を選ばなくちゃ。
あたしは、鮮やかな色打掛と角隠しをイメージしていたんだけれど。
ゴウさんの強い希望で、白無垢と綿帽子に。
「どうして、白無垢と綿帽子にしたの?」
「外村みたいな性格だったら、角隠しが必要なんだろうけれど」
そう言われてみれば、お姉ちゃんに角隠しはどんぴしゃね。
「色白のおまえは綿帽子と白無垢が似合うだろうし、何より俺が見たいんだ」
「ふん、おだてても何も出ないわよ」
これで、お式については終わりね。
費用の追加も思っていたほどでもなかったんで、ひと安心。
おうちに帰ると、披露宴の招待状に向き合うことに。
テーブルに山と積まれた、招待状を横目で見ながら。
「披露宴の会場、すてきだったけれどあたしたちには大き過ぎるわね」
「あいつらの招待客、百人だったからな」
「百人って多いわよね、芸能人みたい」
「東京の招待客の平均は、六十人ちょっとだってさ」
「お姉ちゃんたち、どうして百人も呼ぶつもりをしていたのかしら?」
「会社の人を招待するからだろ」
「あたしたちだって、ゴウさんの会社やあたしの学校の人を招待するでしょ」
「俺たちとは違うんだ」
「何が?」
「新郎と新婦が同じ会社だし、おやじさんも役員だからな」
「同じ会社なら招待する人が重複するから、逆に減るんじゃない?」
「誰が呼ばれて誰は呼ばれないなんて面倒だから、ふるいを甘くしたんだろ」
「面倒なのね、まるで会社の宴会になっちゃいそう」
とりあえず、招待客の名簿作りを。
「普通なら対象を絞るのに苦労するのに、これじゃあ水増しをしなくちゃ」
「もう料金は払ってあるから、足りなくてもいいさ」
「そう?」
「気にせず、呼びたい人だけ呼べばいいんじゃないか?」
「いいのかな、それで」
「祝いごとなんだから、水増しするよりはいいだろ」
で、それぞれが三十人ほどを招待することに落ち着いたんだけれど。
人数より肝心なのは、招待客の選定よ。
親戚や学生時代の友人や仕事の関係者については、悩むこともないから。
ゴウさんもあたしも、誰にするのかすんなりと決まったけれど。
問題なのは身近な人、中でもとん起の関係者か。
まずは、豆キチさんと新聞屋さんの兄弟。
ゴウさんの小さいころからの知り合いなんだから、新郎側に。
マスターは呼ばないのかって?
実は、マスターと奥さまにはお仲人をしてもらうの。
お式までは日がないから、結納はやらないんだけれど。
それより問題なのは、新郎と新婦のどちら側で招待するのか微妙な人よ。
これが、何人もいるから面倒なの。
まずは、昭さん。
新郎の弟だけれど、その一方で新婦の姉の婚約者なんだもの。
ちょっと悩むけれど、さすがに新郎側でしょ。
お姉ちゃんと昭さんを、別々に座らせることになっちゃうけれど。
兄弟と姉妹で、そんな関係になっちゃったんだもの。
たかだか数時間の披露宴なんだから、我慢してもらいましょ。
次は、先生か。
新郎の叔母であり、新婦の恩師でもあるのよね。
どちらでもいいような気がするけれど、血は水よりも濃いっていうもの。
ここは、師弟の立場より血縁関係に重きをおくべきだと思うわ。
新郎側で決まりっ!
さあて、問題なのはここからね。
ちょっと悩むのは、香澄よ。
新郎の会社の仕事仲間であり、新婦の親友なんだもの。
それでも、香澄にはお式の当日に新婦側の受付をやってもらうんだし。
やっぱり、新婦側でしょ。
意外にも難しかったのは、ハナマル。
新郎の同僚かつ自称会社での彼女であり、新婦の押しかけ飲み友達か。
当然のごとく、新郎側での出席を希望すると思っていたのに。
本人からどうしても新婦側で出席させてほしいと、たっての要望が。
新郎側で出席するのは、あまりにも惨め過ぎるからなんですって。
あたしとはたかだか一年弱、しかもかなり希薄な関係なのに。
ハナマルったら、甘え過ぎているんじゃない?
「ほら」
仕事から帰ってきたゴウさんが、そう言って見せてくれたものは。
ピカビカと銀色に光る、金属製の板。
篠原剛と美乃里って彫ってあるわ。
「なあに、これ?」
「見れば分かるだろ、表札だよ」
「表札なら先生のが出ているじゃない、篠原って」
「同じ篠原でも、あれはあくまでもオバちゃんの表札だろ」
「何を気にしているのよ、同じ篠原なのに」
「結婚したのに自分の表札もないんじゃ、格好がつかないだろ」
「男の人って、つまらないことを気にするのね」
でも、良く考えてみれば。
うちに来てこれを見るたびに、ハナマルがキーキー言いそうね。
だったら、あたしも賛成だわっ!
「おまえだって、つまらないことを考えているだろ」
「ふんだ、何を根拠に」
「何もかにも、いきなりよこしまな顔になっているぞ」
「鋭いわね、どうして気づいちゃうのよ」
「いつものことだからな、どうせ南野がらみだろ」
「明日は、勤め帰りに待ち合わせをするか」
先にベッドに入っている、ゴウさんからの提案です。
「お式まで時間がないが口癖になっているのに、デートを?」
ベッドに入ろうとしている、あたしからの逆質問です。
「何をのんきに、結婚指輪を買いに行くんだよ」
「結婚指輪、ねえ」
「どうしたその顔は、不満でもあるのか?」
「ううん、婚約指輪であんなに大喜びをしたのはついこの間なのに」
「だから、どうした」
「こんなに早く、結婚指輪を買うことになるなんて」
「盆と正月が一緒に来たみたい、か」
「っていうより、十七年分のご褒美をまとめてもらっている気分ね」
「もらえるときにもらっておいて、損はないだろ」
「面倒だから一度に済ませちゃえ、なんて扱いをされているような気がして」
「気のせいだろ」
「小出しにしてくれれば、喜びを二度も味わえるのにな」
「何度も言うが、婚約と結婚が立て続けなのは誰のせいだと」
「あたしも何度でも言うけれど、あたしのせいじゃないわよ」
翌日、指輪を買いにきたお店では。
「シンプルな方を選んだのね」
「どっちがいいかって、おまえが聞いてきたんだぞ」
あたしが最終候補に残した指輪は、ふたつ。
プラチナに金の細工があしらわれている、おしゃれな指輪と。
ごくシンプルで、すっきりとしたデザインのプラチナの指輪。
どっちがいいって聞いたら、ゴウさんが選んだのはシンプルな方。
「どうしてこれを選んだの?」
「俺は左利きだからな」
「その答えで、分かるとでも思っているの?」
「左手がごちゃごちゃしていると、ものを書くときに気になるんだよ」
「ふうん」
「腕時計をしているだけでうっとうしい上に、派手な指輪が目に入ったら」
「だから、シンプルな方がいいのね」
指輪を事前に式場に預けることを考えると、日がないから。
ネームは後日、改めて入れてもらいに来ることにして。
指輪の箱が入った袋を下げて、お店を出ると。
「何か、他に買うものは?」
「必要なものはほとんどおうちにあるから、おそろいのお茶碗とお箸だけね」
「茶碗と箸か、だったらその先にいい店があるよ」
案内されたのは、大通りから何本か入った通りにある落ち着いたお店。
「表通りでもないのに、よくこんなお店を知っているわね」
「結婚や転勤の祝いものは、いつもここで買うんだ」
二人で選んだすてきなお茶碗とお箸が買えて、大満足。
「疲れちゃった」
「たいしたことはしていないくせに」
「普通の人はこの他に、おうちを決めて家具と家電に寝具や食器を選ぶのね」
「ああ」
「時間がいくらあっても足りないでしょうね」
「普通ならそんな時間を楽しむんだよ、時間はたっぷりあるんだから」
「婚約したひと月後に、結婚式を挙げたりしないものね」
「おっしゃるとおり」
「それにしても、忙しくてマリッジブルーも経験できないなんて」
「ぜいたく病だな、ちょっと前までの状況に比べれば天国だろ」
「確かに、そうね」
「飯を食っていくか?」
「ここで食べたら帰るのが面倒になるから、とん起でいいわ」
あたしは、のんきにリクエストをしちゃったの。
この後のとん起では、指輪やお茶碗とお箸をねたにされて。
豆キチさんたちにからかわれ、香澄には羨望のまなざしを向けられ。
ハナマルから、終始にらまれることぐらい予想できたでしょうに。
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