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第十六話 勇者よ、試練を乗り越えろ 後編

「玄関やリビングのあれ、どうしたんだ?」

 出張先から帰ってきて、汗を拭きながらネクタイを外している。

 ちょっぴりお疲れ気味な、ゴウさんからの質問です。

 そう聞いてくるのも、当然といえば当然だと思います。

 帰宅して玄関を開けた途端にあんなものを目にすれば、誰だって……。


 まったく、先生とお姉ちゃんったら。

 今夜、あたしからゴウさんに話すから。

 タイミングを見計らうように、あれだけ言っておいたのに。




 というのも、玄関のドアを開けると。

 まずは、先生のお知り合いからの豪華なお祝いのお花たちがお出迎え。

 あれじゃ、まるでお店の新規開店祝いだもの。

 そして、リビングにはお姉ちゃんのウエディングドレスが飾られています。

 自分が着るつもりだったドレスを、勝手に置いていくなんて。

 しかも、テーブルにはキラキラ光るティアラがケースの上に鎮座している。

 わざわざケースから出しておく必要なんて、あったのかしら?

 止めは、ソファーに山積みにされている手つかずの招待状。

 あさってには、宛名を書いて発送しなきゃいけないんですって。




「あれって、外村のものだろ?」

「うん、えっとね……」

 やっぱり、奥歯にものが挟まったような返事になっちゃうわね。

「どうしてうちにあるんだ、おまえの実家なら置く場所には困らないだろ?」

 ちゃんと理由があることは、話せば分かってもらえるんだから頑張るのよ。


 おそるおそる、言葉を選びながらことのあらましを話すと。

 ゴウさんからは、極めて正常だと思われるリアクションが。

「何の話だか分からないぞ、誰がいつ何をするんだって?」


 あたしから、二回目の説明を聞き終わったゴウさん。

 今までに見たことがないほど、あきれたって顔をしているわ。

「俺がいなかったのは、たったの三日間だぞ」

 あたしにとっては三日間も、です。

「何をどうやったら、こんなことになるんだ」

 ほら、やっぱりあたしが一人で生けにえになっているじゃない。

「怒らないでよ、あたしにも良く分からないんだから」

「おまえに分からないことが、俺に分かるとでも?」

「頭がいいんだから、ゴウさんには分かるんじゃないの?」

「ひとつも分からないから、聞いているんだろ」

 目一杯にかわいく話したのに、むだな努力だったってことね。

「とにかく、おまえの両親と話さなきゃ始まらないな」

 やっぱり、そうなるわよね。

 携帯電話を取り出して、実家に電話しようとしているゴウさんに。

「あのね、ゴウさん……」




 実家でのめちゃくちゃな決定には、まだ続きがあったんです。

 泣きそうな顔をしていたあたしに、追い打ちをかけるようにママが。

「あたしたちはあさって、オーストラリアに戻るから」

「えっ」

「心配しなくても大丈夫よ、お式の二日前には帰ってくるから」

「そんなことについては、これっぽっちも心配していないわ」

「じゃあ、何を?」

「結納はどうするの」

「あとひと月しかないんでしょ、そんな悠長なことは言っていられないわね」

 次女の結納なのに、もはや完全にひとごとね。

「ゴウさんへの説明は、あたし一人でしろってこと?」

「あんた、いい年をして一人で説明すらできないの?」

「お姉ちゃんは黙っていてよ」

「あんたが子供みたいなことを言うからでしょ」

「説明くらいできるわよ、できないのは納得させることよ」

「だから?」

「あたしの説明で、ゴウさんが納得しなかったらどうするのよ」

「それはあなたたちの問題でしょ、あたしたちが口出しすることじゃないわ」

 うっかりすると、正論のように聞こえるわ。

「あたしは、お姉ちゃんから問題を押し付けられただけなのに?」

「自分の婚約者なんだから、あんたが何とかしなさいって言っているの」

「勝手なことを言わないで」

「ゴウに怒られるのか怖いだけでしょ」

「誰のせいで、あたしが怒られると思っているのよ」

「ゴウが納得するかどうかはさておき、怒られることは確定なのね」

「だから、さっきからそう言っているでしょ」


「こんなに重要なことをうちの家族だけで決めたら、ゴウさんに失礼でしょ」

「うちの家族だけじゃないでしょ、ここには先生だっているわよ」

「先生は叔母さんよ、厳密に言えば家族じゃなくて親戚だもん」

「じゃあ昭はどうなのよ、正真正銘のゴウの家族でしょ」

 まさか、このためだけに昭さんを同席させていたのでは?

 あさってに帰るってことは、事前に飛行機も予約済みだろうし。

 それじゃあ、あたしは計画的にここに連れてこられたってこと?

 お姉ちゃんの結婚式を、押し付けられるために。


「とにかく、結婚式はあたしの手からあんたの手に移ったんだから」

「不要になった結婚式を、ババ抜きのジョーカーみたいにパスしないで」

「ババ抜きに例えるなんて、あんたにしたらうまいことを言うわね」

「うれしくないわよ、こんなことで褒められても」

「そういえば、十七年前のゴウのトランプはジョーカーだったものね」

「だから、何だっていうのよ」

「十七年前からの、啓示だったのかもって思っただけよ」

 怖いことを言わないで、お姉ちゃん。




 これらのやりとりを、ゴウさんに伝えてから。

「だからね、ママたちはもう日本にいないのよ」

「肝心なときに四人していないのか、あまりにも無計画過ぎるだろ」

 この状況を考えれば、むしろ計画的だと思うけれど。

 絵に描いたようなヒット&アウェイ、ですもの。

「おまえはともかく、外村やおまえの両親はいったい何を考えているんだよ」

「そうねえ、何も考えていないと思うわ」

「無計画な上に思いっ切り無責任だな、おまえも含めて」

「あたしは、全力で文句を言ったわよ」

「ちょっと待て」

「今度は何よ?」

「その場には、オバちゃんもいたって言っていたな」

「先生ならもろ手を挙げて、いの一番に賛成していたわ」

「ちくしょう」

 独り言のつもりでしょうけれど、きっちり声に出ているわよ。

「じゃあ昭は、あいつもいたんだろ?」

「昭さんだったら、何も言わないでにこにこしていたわよ」

 もう一回、ちくしょうって聞こえたわ。




 予想どおり、ゴウさんは納得していないし怒ってもいるわ。

 かといって、激怒しているってほどでもなさそうにみえるから。

 もしかしたら、あとひと押しなのかしら。

 こうなったら、捨て身の作戦に打って出るしかないわ。

 お姉ちゃんの指示どおりにっていうのが、気に入らないけれど。

 この際だから、ぜいたくは言っていられないか。

「ねえゴウさん、あたしね……」

「甘えてもだめだぞ」

「もう、まだ何も言っていないでしょ」

「会社では、婚約したって言ったばかりなんだぞ」

「あたしだって、さすがに結婚するってことまでは学校で言っていないわよ」

 本当は、何人かには言っちゃったけれど。

「しかも、結婚するのはまだ先だって言ってあるのに」

「何か困ることでも?」

「たったの数日で、やっぱり結婚しますなんて言えるか」

「朝令暮改でもいいじゃない、おめでたの連鎖だって言えば」

「披露宴に招待する人にだって、都合ってものがあるんだぞ」

「都合ならつけてくれるわよ、おめでたいことなんだもの」

「あとひと月しかないのに、結婚するから来てくださいと言うのか」

 この流れでの論破は難しそうね、ならば。

「それにね……」

「まだ、何かあるのか」

「お姉ちゃんが式場に行って、新郎新婦の名前も変更しちゃったから」

 だからこそ、あたしたちの名前が印刷された招待状が置いてあるんだもの。

「おまえは、外村を止めるってことを知らないのかっ!」

「あたしの言うことなんて、お姉ちゃんは聞かないわ」

 ここまでは練習どおりに言えたんだから、もうひと押しよ。

「そんなに大げさに考えなくてもいいんじゃない?」

「どこが大げさだ、どう見てもごく普通の反応だろ」

「お姉ちゃんたちの代わりに、あたしたちが結婚するだけなのよ」

「結婚するだけ、だと?」

「あたしたちは、今すぐにでも結婚できるんだもの」

「何だと」

「新居を探さなくていいからよ、結婚してからもここに住む予定でしょ」


「婚約はするが当分は結婚しないって、おふくろに言ったばかりだぞ」

 ゴウさんの抵抗も、そろそろ最終局面ね。

 お母さまのことを持ち出したら、そろそろ終盤だ。

 そう、お姉ちゃんから言われているもの。

「大丈夫なのよ、お母さまのことだったら」

 予定どおりね、ゴウさんがどうしてだって顔をしているわ。

「おととい、お姉ちゃんたちがゴウさんの実家へ行ったの」

「結婚式をパスするほど忙しいんだろ、わざわざ何をしに実家へ」

「報告をしにでしょ、仕事が忙しくなったから結婚式は先に伸ばすって」

「それで?」

「お姉ちゃんたちの代わりに、あたしたちが結婚することを話したって」

「勝手なことを、どうして外村が俺のことをおふくろに話すんだ」

 そうかしら、むしろお姉ちゃんらしいって思うけれど。

「話すなら、おふくろじゃなくて俺にするのが先だろ」

「待っていられなかったのよ、ゴウさんが出張から帰ってくるのを」

「子供かよ、たったの何日かが待てないなんて」

 だから、それがお姉ちゃんなんだってば。

「しかたないわよ、今朝一番の飛行機で戻るんだもの」

 ようやく形勢を逆転できそうね、もう少しよっ!

「それにね、今ならお式と披露宴の費用はママたちが出してくれるんだって」

「金の問題じゃないだろ、結婚は一生の問題なんだぞ」

「かっこいいじゃない、一生の問題を即断即決するなんて」




「ちょっと待て、さっきから外村の影が見え隠れしているのが引っかかるな」

 ぎくり。

「そっ、そんなことは……」

「こうなるのを見越して、そこかしこに先手を打っている気がするぞ」

 うう、さすがに鋭いわね。

「どっ、どんな手を打っているっていうの?」

「おまえだよ、いつもならしどろもどろになるのに次から次へと言い返して」

 そうかしら、十分にしどろもどろだったと思うけれど。

「まるで用意してあったみたいじゃないか、立て板に水だぞ」

 ご名答、でもここであっさりと認めるわけにはいかないわ。

「すっ、少しでも早くゴウさんと結婚したいから必死なのよ」

「自分は十七年も待てる女だと、さんざん自慢しているくせに?」

「だって、少しでも早く篠原さんの奥さんって呼ばれたいんだもん」

 上目遣いにゴウさんを見ながら。

「信じて、これは本当だから」

「これはってことは、やっぱりここまでのせりふは外村の入れ知恵か」

 しまったあ。

 ここは、攻撃方法をエマージェンシーモードへ切り替えよっ!

「じゃあ何、ゴウさんはあたしと結婚したくないっていうの?」

「そうは言っていないだろ」

 ゴウさんの口調が穏やかになったわ、切り替えが功を奏したみたい。

「でも、さっきから文句ばっかり」

「順番がめちゃくちゃになっているのが、気に入らないんだよ」

「だったら、結婚することへの文句じゃないのね」

「もうプロポーズはしているんだぞ、結婚することについての文句はないよ」

 ふうん、お姉ちゃんが関与していることに納得していないだけなのね。

 だったらそこだけにポイントを絞れば、終わりが見えてくるわ。

 あれ?

 問題を解決するために、お姉ちゃんの作戦に従ったはずなのに。

 やっぱり、あたし一人が振り回されているのでは?


 ここまできたんだもの、すぐにかたがつくわよ。

 そう考えていたあたしが甘かったことは、すぐに身をもって知ることに。

 この後もあたしの説得は一進一退を繰り返し、一時間近く続いたの。

 一時間で済んだのも、あたしの真剣さが伝わったからではなく。

 お姉ちゃんがいないのに怒り続けているのに、ゴウさんが疲れたからよね。




 何はともあれ、怒り疲れて渋々ながらとはいえ。

 ゴウさんが、結婚式を挙げることを承諾してくれたことにより。

 ついこの間、ピカピカの婚約者になったばかりのあたしたちは。

 本人たちの意思とは無関係に。

 挙式をひと月後に控えた婚約者へと、レベルアップしたのです。

 そして。

 予想外の試練を乗り越え、超難関のクエストを見事にクリアした勇者には。

 歴戦の疲れが癒やされる、花嫁へのカウントダウンを告げる鐘の音が。

 これでやっと。

 穏やかで甘い香りに包まれた、バラ色の日々が過ごせるのかしら?




Copyright 2025 後落 超


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