第十五話 勇者よ、試練を乗り越えろ 前編
双方の親に結婚の許しを得たことで。
あたしとゴウさんは、めでたくも両家公認の仲となりました。
今やあたしたち二人は、結婚を前提としたカップル。
いわゆる、ピカピカの婚約者です。
押し寄せる喜びとともに、あたしの頭の中では。
つらかった、臥薪嘗胆の十七年間。
まったく無意味だったと最近になって分かった、この一年近く。
そんな日々が、走馬灯のようにぐるぐると。
だめよ。
過去の忌まわしい思い出なんか、早く忘れなくちゃ。
あの灰色の日々と苦しみの代償を、ご褒美として享受するのよっ!
勇者となった、今のあたしに必要なものは。
穏やかで甘い香りに包まれた、幸せなバラ色の日々につきるわ。
何が何でも、結婚するまではそんな日々を満喫するつもりだもの。
幸い、お姉ちゃんの結婚を間近に控えているから。
あたしとゴウさんの結婚までには、たっぷりと時間があるのもラッキーね。
そんな決意の元、幸せな毎日を楽しんでいたあたしですが。
世の中はそんなにうまくできていないってことを、身をもって知るのです。
「お帰り、早かったね」
学校から帰ってきたあたしを、先生が玄関でお出迎え。
いつもなら、自分のお部屋から声をかけてくるだけなのに。
「どうしたんですか、わざわざ玄関までお出迎えなんて」
「あんたの母親から電話があったんだ、今夜は夕食に来るようにって」
ずいぶん急な話ね、しかも当日の昼間に言ってくるなんて。
あたしがいないのを知っていて、おうちに電話してくるのも変だわ。
このときのあたしは、ぼんやりと何かを察知しかけていたの。
ただし、あくまでもぼんやりと。
「あんたたちも行くだろ、ゴウは何時ごろ帰ってくるんだい?」
「ゴウさんは仙台に出張なんです、パソコンを導入するんですって」
そうなの。
ゴウさんの会社では、ついにパソコンが各自に一台の体制になったそうで。
今まで使っていた専用端末を、パソコンへ置き換える作業をするんだって。
ハード何とかを担当しているゴウさんは、システム部員を何人か連れて。
毎週のように各支社や営業所を順番に回って、作業をしているの。
ただでさえ期首のシステム変更で忙しくなっているのに、大変なのよ。
「ゴウはいないのかい、そりゃ好都合だね」
「えっ?」
「何でもないよ、こっちのことだ」
どうして、ゴウさんがいないと好都合なんだろ。
「ゴウがいないなら、あっちで食べてもいいだろ」
「でも、夕食の材料を買ってきちゃったわ」
買ってきた食材が入っている、スーパーマーケットの袋を見せる。
「そんなもの、明日に回せばいいだろ」
「日持ちしないものだって、いくつかあるんですよ」
「でも、あたしに聞いてもらいたい話があるって言うんだよ」
だったら先生がお一人で……、とは言えないし。
「分かりました、荷物をお部屋に置いてきますから」
そんなわけで、あたしと先生は実家の夕食に招かれることになったのです。
今になって思えば、これがあたしにとって運の尽きだったのよね。
最後にして最難の試練が、あんな形で待っていたなんて。
これっぽっちも予想していなかったのに、ひどいわ。
何かを察知したことに加えて、先生のひと言が気になっていたから。
ちょっぴり重く感じる足取りで、実家に向っていると。
まるで、自分が長い戦いを終えHPを減らして疲れ果てている勇者で。
前を歩く先生は、自分だけHPをフル回復して元気いっぱいの魔女。
そんな二人が連れだって、敵のお城に乗り込むひと幕って感じね。
夕食を済ませてから、パパとママとお姉ちゃんたちは。
たち、と言ったのは。
昭さんは、日本にいる間はずっとあたしの実家にいるからです。
今はみんなで、先生を交えて結婚式の話をしているの。
みんなが、オーストラリアから一時帰国したのには。
お姉ちゃんの結婚式について、各所と打ち合わせや準備をする。
そんな目的があるんです。
話に加わっていないあたしは、ぽつんと一人で残されて。
これといってやることもなく、ソファーでぼ~っとテレビを見ていると。
何やら、雲行きが怪しくなってきたみたい。
「向こうの支社のオープンが、半年も先になったのが誤算だったわね」
と、ママ。
「落ち着くどころか、あたしたちの仕事はこれからが山場だもの」
これは、お姉ちゃん。
「じゃあ、あんたや昭はこれから忙しくなるってことかい?」
そして、先生。
「まあ、そうなりますな」
のんきに、パパ。
「……」
何も言わず、にこにこしているのは昭さん。
ひそひそ話でも、うちわの話って感じでもなく。
まるで、あたしに聞こえるように話しているのは気のせいかしら。
「これじゃ、日本で結婚式をするどころじゃないわね」
「結婚するのはともかくとして、式は向こうが落ち着いてからにしようかな」
「式場の予約はどうするのさ、キャンセルするのかい?」
「今からだと、キャンセル料が高くなるのを覚悟しておかないとな」
「……」
しばらく五人、実質的には四人で話を続けていたと思ったら。
一段と、声のボリュームが上がってきたわ。
「キャンセル料を払うのは、ちょっとね」
「どうせいつかは結婚するんだもの、美乃里に使わせればいいじゃない」
お姉ちゃんのひと言に、先生が。
「そりゃ名案だね、美乃里にさせれば式場がむだにならないし」
「新婚旅行先をオーストラリアにすれば、遊びにきてもらえるじゃないか」
「……」
いつの間にかみんながあたしを凝視しているじゃない、視線が痛いわ。
しかも、最後の方しか聞いていなかったけれど。
とんでもないことを、さらっと言い出しているような気がします。
予想もしていない展開に、何が起きているのか頭が追いついていないのに。
いつの間にか、自分が火中の栗を拾うはめになっている。
そんな事実に気づいてからは、パニックになりかけているあたし。
「ちょっと待って、勝手に人を結婚させないで」
必死になって、そう訴えるあたしに対して。
ようやく主役の登場かって顔をして、人のことを見ないでほしいわ。
「勝手にじゃないわ、ちゃんと美乃里にも聞こえるように話していたでしょ」
聞こえていたってだけでしょ、あたし抜きで勝手に話を進めていたくせに。
「あたしの結婚なのよ、あたし抜きで密談なんかしないで」
「だったら、あんたも話に参加すればいいじゃない」
丁重にお断りします、そんな話に参加させられるのはまっびらごめんだわ。
「お式の日って、もうすぐなんでしょ?」
「あとひと月ぐらい、だったかな」
「ひっ、ひと月っ!」
「何をそんなに驚いているのよ、こっちがびっくりするじゃない」
「ひと月しかないのに、いまさらもめているからでしょ」
誰だって、同じ反応をすると思うわ。
「だから、あたしたちも焦っているんじゃない」
「あたしには、さほど焦っているようには見えないわよ」
普通なら、もっと焦るものでしょ。
「こんなことになる前に、どうにかできなかったの?」
「どうにかしようと、話し合っていたのを見ていたでしょ」
「今日じゃなくて、もっと前にってことよ」
あたしには、泥縄を絵に描いたようにしか見えないわよ。
「みんなで話し合ったからこそ、やっといい案を思い付いたのに」
いい案って、妹を人身御供に差し出すようなさっきの話ですか?
「急に結婚式だなんて言われても、あたし一人じゃ決められないわ」
「大の大人が情けないわね、自分の結婚式なのに自分じゃ決められないの?」
「自分の結婚式だからこそ、こんなに抵抗しているのよ」
「っていうか、お姉ちゃんの結婚式でしょ」
「今はもう、あんたの結婚式よ」
「いつからあたしの結婚式になったのよ」
「たった今でしょ」
「決定事項みたいに言わないで」
「だって、あんたも聞いていたでしょ」
「聞いていただけで、同意はしていないわ」
「反対だってしなかったじゃない」
究極のへりくつね、わが姉とはいえ情けない。
「せめて、ゴウさんに聞いてからにしてよ」
「ゴウがここにいれば、あんたには言わないわ」
そりゃそうよね……、って違~う!
「とにかく、ゴウさんがいないところでこんな重要なことは決められないわ」
「ゴウがいないからこそ、とりあえず仮決めをしておきましょ」
それを世間では、鬼のいぬ間になんとかって言うのよ。
「とりあえずとか仮とか、やっつけ仕事みたいに言わないで」
お姉ちゃんの暴走を止めようと、あたしは懇願しているのに。
そんなことは気にもせずに、どんどん話を進められて。
多勢に無勢もいいところで、いつの間にか押し切られちゃった。
この何日か幸せの絶頂を気取っていたから、ばちが当たったのかしら。
「どうしたのよ、一人だけ浮かない顔をしちゃって」
そうか、浮かない顔ってこんなときのためにあるのね。
「一転して、お姉ちゃんが浮かれた顔をしているからでしょ」
「そりゃ、かわいい妹の結婚式の日取りが決まったんだもの」
「かわいい妹に結婚式を押し付けたの、間違いでしょ」
「結婚の日取りが決まったんだから、もう少し喜んでもいいんじゃない?」
「決まったんじゃなくて、勝手に決められたのよ」
「ゴウだって、こんなおめでたいことで怒らないわよ」
「間違いなく怒られるわ、おめでたに包まれていたって中身は爆弾だもの」
「それにしても、婚約までは十七年もかかったのに結婚まではひと月って」
「ひとごとみたいに言わないで」
「だって、ひとごとだもの」
「お姉ちゃん、ひょっとして面白がっているんじゃない?」
「へえ、分かる?」
気がつけば、みんなそろって晴ればれとした顔を。
ばば抜きで、あたしにジョーカーをつかませたって顔よ。
そういえば、確かゴウさんのトランプって……。
おうちへの帰り道、先生が。
「さっきから様子が変だよ、どうしたんだい」
「どうしたもこうしたも……」
「せっかく結婚の日取りが決まったっていうのに、浮かない顔をして」
「喜べって言うんですか、人の気も知らないで」
「あんなにゴウと結婚をしたがっていたのに、うれしくないのかい?」
普通ならうれしいでしょうね、でもこの状況じゃ。
「自分の知らないところで、勝手に決められた結婚式なんですよ」
しかも、ゴウさん抜きでっていうのが問題なの。
「ゴウが聞いたら、飛び上がるだろうね」
確かに飛び上がるでしょうね。
ただし、うれしくてではなく驚いてでしょうけれど。
「ゴウさんに話したら、怒るに決まっているのに」
「怒りゃしないよ、あんたと結婚できるんだから」
そんなことはない、と思うわ。
これまで積み重ねたあたしの経験からすると、そんなに甘くはないわよ。
ああ……、おうちに着いちゃった。
先生は、何かを成し遂げたって満足した顔をしているけれど。
魔女と二人で敵の城に乗り込んで、呪いを受けて帰ってきた勇者。
今のあたしは、そんな気分よ。
ゴウさんにどう説明すればいいのか、考えているけれど。
取り乱しているのかしら、これといったいい案が思いつかないの。
先生から、こうなった経緯を話してもらう?
協力してくれるかな、ゴウさんがいなくて好都合だなんて言っていたし。
やっぱり、あたしが説明しなきゃだめよね。
これから、ゴウさんの携帯電話に電話する?
何の策もなしじゃ、当たって砕けて木っ端みじんになっちゃうだけよね。
考えるのよ、とにかく考えるの。
「お姉ちゃんが勝手に……」
だめよ、あたしはその場にいたんだもの。
どうして断らなかったのかって言われるわ。
「あたしの抗議なんて、聞いてもらえないのは知っているでしょ」
かえって逆効果だわ、人のせいにするのは。
俺がいないと、断ることすらできないのかって言われるだけよ。
怒られるどころか、俺の妻として頼りないなんて思われたら最悪だわ。
結婚っておめでたい話のはずなのに、どうしてこんな目に。
あたしが勇者だとしたら、HPの回復は自分で何とかしますから。
せめて、強力なアイテムのひとつでも欲しいわ。
これから、とんでもない試練を乗り越えることになるんだもの。
お願いですから、伝説の剣ぐらいは持たせてください。
このままだと、どうなっても知らないですよっ!
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