第十四話 らぶらぶかっぷる 後編
まずは、新館一階の教室から見ていくことに。
一年生がクラスごとにテーマを決めて、研究発表をしているのね。
篠原さんの腕を引いて目の前の教室に入ると、服飾の研究発表だって。
発表といっても無人で、たくさんのパネルが展示してあるだけ。
「ずいぷん熱心に見ているんですね、服飾に興味があるんですか?」
あたしが言うのも何だけれど、さして面白いとは思えないテーマなのに。
パネルの前で首をかしげてから、合点がいったようにうなずく篠原さん。
「まさか、発表の内容そのものにはまったく興味がないよ」
「じゃあ、どうして?」
「予算の承認をもらうために出席している、役員会への対策だ」
「役員会?」
「システム部の議題は、役員にとってはちんぷんかんぷんだろうから」
そんなことで、うちの会社って大丈夫なんですか?
「どんな説明をすれば興味がなくても見てもらえるか、考えていたんだ」
「役員会での説明なら、部長か課長がするんでしょ?」
「普通の部署だとそうだが、システム部はちょっと特殊なんだよ」
「でも、どうして篠原さんが?」
「新しいシステムの開発や機器の導入は、ほとんどが俺の担当だから」
「それで、ここの発表は役に立ったの?」
「まあ、そこそこはな」
ふうん、こんなことからでも収穫はあったんだ。
その後、いくつか教室を巡ってから旧館の一階に抜けたんだけれど。
「何だよ、人がいないぞ」
「旧館は、学園祭に使っていないのかしら?」
「階段に二階の案内図が貼ってあったぞ、戻って見てくるか」
「ええ、その前にここに寄ってもいいですか?」
そう言って、誰もいない教室に入ったの。
「この教室は、一年生のときに使っていたんです」
「よく覚えているな」
「ここがあたしの席で、あそこが美乃里の席」
昔、自分が座っていた席に座ってみる。
「十年ぶりか、懐かしいな……」
「ひと昔も前なら、教室も昔より狭く感じるだろ」
「それって、あたしが大人になっちゃったってことですよね」
他人が使っていた教室なんて、見ていても退屈だったでしょうに。
せかすこともなく、付き合ってくれた篠原さんは。
「校内を歩いていると、昔を思い出して懐かしいんじゃないか?」
確かにそうね、いつの間にか歩くのもゆっくりになっているし。
二階への階段を上がりながら。
「そろそろ、家庭科実習室のレストランに行きましょうか」
「いいよ、あいつの料理なら家で食えるからパスしよう」
「美乃里が首を長くして待っているんですよ、後であたしが怒られちゃうわ」
そんなやり取りをしながら、突き当たりの教室に入ったあたしたちに。
いきなり、拍手の雨が。
「ようこそいらっしゃいませ、最後のひと組が入りますっ!」
「最後のひと組って、何?」
思わず、篠原さんに聞くと。
「あれを見てみろ」
篠原さんが指しているのは、壁にど~んと貼られている横断幕。
そして、そこに書かれた文字はというと。
ラブラブカップル選考会出場者受付会場、ですって?
「あの……、これって?」
派手な格好をしていて、ひと目で司会者だろうと思われる人に聞いてみる。
「五組のカップルがゲームで点数を競い、ナンバーワンを決めるんです」
「知りたいのはイベントの内容じゃなくて、最後のひと組ってことです」
「締め切り五分前になったのに、出場するカップルが四組しか集まらなくて」
それが、どうしたっていうのよ。
「あなたたちが来てくれて、本当に助かりました」
「本人への意思確認もなく、出場者にされているみたいですよ」
篠原さんにそう言うと。
「今日のおまえはメガネのおかげで賢そうに見えるから、優勝するかもな」
お気楽に構えちゃって、そんな場合じゃないでしょ。
「審査するのは高校生だろ、大人の色気で圧倒してもいいんだぞ」
賢そうなメガネ姿や大人の色気って、高校の学園祭なんですよ。
「教室を巡るより退屈をしなくてすみそうだし、いいじゃないか」
いいも悪いも、既に参加者として登録されていますよ。
「美乃里や南野さんに知られたら、ただじゃ済まないでしょ」
「お遊びなんだろ、誰も気にしないさ」
「気にするに決まっているわ、だってラブラブカップル選考会なんですから」
さっきのカマキリとの喫煙騒動はただの前厄で、これが本厄だってこと?
誰でもいいから助けてください、あたしをここから連れ出してっ!
ステージ裏の控室で待機している間に、あたしたち以外の四組を観察。
高校生のカップルがふた組に、熟年のカップルと中学生らしき二人か。
これって、微妙な相手ばかりじゃない?
篠原さんと出るだけでもまずいのに、優勝しちゃったらどうしよう。
ステージに上がるように指示されて、袖から客席をのぞくと。
最前列にはとん起の一同と、目を三角にしてにらんでいる南野さんが。
「どっ、どうしてみんなが」
「南野の携帯電話に連絡したんだよ」
「火に油を注ぐようなことをしたんですかっ!」
そう言ったとたん、背筋が凍りそうな感じがしたんで振り返ると。
絵に描いたように怒っている美乃里が。
「ゴウさんと一緒にラブラブカップルって、どういうことなのっ!」
「美乃里、あのね……」
あまりのけんまくに、篠原さんが助け船を。
「我慢しろよ、成り行きなんだから」
「成り行きですって!」
助け船、一瞬にして沈没。
「主催者に言ってくるわ、あたしが出るからって」
「出られないんだとさ、在校生と職員やその家族は」
渋々ながらも引き下がった美乃里が、いつの間にか南野さんの隣にいるわ。
調理実習室を、長く離れていられないはずでは?
そして、こんな状況下でも言い合いを始める二人。
「どうして、あなたが香澄をにらんでいるのよ」
「あんたならともかく、香澄ちゃんと先輩がラブラブカップルって」
「だからって、あなたがにらむことは」
「先輩の婚約者のあんたが、のんきに構えているからでしょ」
二人が最前列からにらんでいる前で、ゲームをさせられるなんて。
これじゃただの、いえ立派な拷問じゃない。
ひとつ目のゲームは、お互いの顔の間に風船を挟んでの三十メートル競走。
何て悪趣味なの。
「ちょっとしたアクシデントでもあったら、キスでもしかねないな」
「よくのんきなことが言えますね、この状況で」
このゲームって、健全な高校生が考えたんじゃないんですか?
美乃里と南野さんの視線を受けながら、走ったにもかかわらず。
あたしたちは風船を一回落としただけで、二着でゴール。
早くも泣き出しちゃいそうです。
二つ目のゲームは、パン食い競争。
肝心のパンが、彼氏が彼女をおんぶしてやっと届く高さにつるされている。
あたしたちは、中学生や高校生より背が高いし。
同じ大人でも、熟年カップルより体力があって足が速いんだもの。
美乃里と南野さんというハンデをものともせずに、当然一着。
おんぶされたままのあたしに突き刺さっていた、美乃里と南野さんの視線。
痕にならないといいけれど。
三つ目のゲームは、二人三脚で坂道を五十メートル競走。
「篠原さん、どうしてあたしの腰に手なんか回して密着させるんですか」
「こうでもしなきゃ、走りにくいだろ」
美乃里と南野さんが、ついに立ち上がっているじゃない。
動揺しまくりのあたしが派手に二回も転んだのに、またまた二着に。
他の四組は、何をしているのよ。
ここまでの中間成績が発表されると、あたしたちは堂々の二位。
ただでさえくたくたなのに、司会役の子ったらのりのりで。
「現在二位のカップルに、逆転優勝への抱負を聞いてみましょう」
わざわざそんなことを聞かなくても、誰も興味がないわよ。
それに、あたしたちはカップルじゃなくてあくまでもただの同僚ですから。
最下位でいいから、とっとと終わらせてくださいっ!
最後のゲームは、相性クイズを三問だって。
それぞれがフリップに答えを書いて、二人の答えが一致すれば正解となる。
ラブラブカップルの相性クイズなんて、ろくな問題じゃないんでしょ。
「第一問、二人が最初に出会った場所とそのときの二人の関係は?」
初めて会ったのはあたしの新入社員研修会、篠原さんが講師だったのよね。
これは楽勝。
会社の会議室で新入社員と講師として、と二人とも書いて正解。
「第二問、今年のホワイトデーに彼氏が彼女へあげたものは?」
いつもと同じ、会社でお昼に同期の子と食べるケーキだけれど。
南野さんは、一緒に食べたから怒らないだろうし。
美乃里は、もっといいものをもらっているわよね。
だったら、そのまま書いても大丈夫か。
ケーキと書いて、これまた正解。
「いよいよ次が最終問題です、二人が最初にキスをした場所は?」
二問とも正解したのはあたしたちだけだから、暫定のトップに立っている。
ここは、適当なことを書いて不正解にすべき?
美乃里と南野さんに、変に勘繰られちゃうのでは?
余計なことを考えないようにして、正々堂々とね。
まだしていないと書いて、これで全問正解。
「ラブラブカップル選考会、優勝したのは篠原さんと川木さんのペアです!」
盛大な拍手の中で、優勝トロフィーを掲げている篠原さん。
に対して、記念の写真を手にしてふらつきながらステージを下りるあたし。
これぞまさに、本厄だわ。
学園祭から帰ってくると、とん起さんで打ち上げ。
後片付けや反省会があるからと、美乃里は不参加だって。
良かった、今は顔を合わせづらいもの。
テーブルに置かれた、優勝トロフィーと額に入った記念写真を眺めながら。
「これはどうするんですか、篠原さん?」
「会社で飾っておいたらどうかしら、先輩の机の上にでも」
何を言っているのよ、南野さん。
「うちに置いておいたらあいつがうるさいだろ、おまえが持っていろよ」
「あたしが?」
「来年はトロフィーを返還しに行くんだから、捨てるわけにもいかないだろ」
そんな、押し付け合いの末。
マスターにお願いして、お店の奥の棚にひっそりと置かせてもらうことに。
「何とかコンテストには、外村ちゃんじゃなくて香澄ちゃんと出たんだね」
話を蒸し返さないでください、マスター。
「コンテストじゃなくて、ラブラブカップル選考会だよ」
わざわざ訂正しなくても結構です、豆キチさん。
「俺も行けば良かったな、楽しかっただろシノちゃん」
美乃里とでは篠原さんが楽しめていないように聞こえますよ、マスター。
「でも、自分じゃなくて親友と組んで出場して優勝したんだぜ」
「さぞ悔しかっただろうな、外村ちゃんは」
代役の被害者がここにいるのに無神経な発言をしないで、新聞屋さんたち。
「いかれ娘より息がぴったりと合っているように見えたわ、あたしには」
あたしを褒めることで美乃里をおとしめるのはどうかしら、南野さん。
「俺はいつもよりはピリピリしなくて済んだからな、リフレッシュできたよ」
美乃里とだとリフレッシュできていないって聞こえますよ、篠原さん。
みんな無意識なんでしょうけれど、困ったものね。
今度は、篠原さんがあたしを見てにやにやしているわ。
「どうして、人の顔を見て笑うんですか?」
「昼間のおまえが、いつものあいつと同じ表情をしていたのを思い出してな」
「あたしか、美乃里と同じ表情を?」
「俺と一緒にいて、あいつと南野の視線にさらされていたからだろ」
確かに、針のむしろに座らされているみたいだったわ。
「自然と、いつものあいつと同じ表情になったんだな」
人ごとだと思って、笑いながら言わないでください。
「次から次へと何かが起きて、思っていたよりもずっと大変だったんですよ」
たった一日だけで、あたしは身も心もへとへとになったのに。
いつもあんな思いをしているんじゃ、美乃里って本当に大変ね。
でも、今日の一日だけだって思えばちょっぴり楽しかったかも。
アドベンチャー映画か、RPGのヒロインになったみたいだったし。
篠原さんはヒーローみたいで。
展示を見ているときもゲームのときも、ずっと優しかったもの。
そんなことを考えていると、少しだけ。
ほんの少しだけれど、羨ましく思えてきちゃった。
いつでもどこでもあの騒動の中にいるのに、幸せそうな美乃里のことが。
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