表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/25

第十三話 らぶらぶかっぷる 前編

 その場にいた当事者だからこそ伝えられることって、ありますよね。

 微妙なニュアンスや、絶妙なシチュエーションを伝えてもらうときなど。

 やっぱり、その場にいた人から聞きたいものです。

 今回はそんなお話なので、わたくし川木香澄がお話しさせていただきます。

 なぜ、あたしが話すのかって?

 つい先日、とあるイベントがありまして。

 自分の意思にはお構いなしに、あたしが重要な当事者にされたからです。




「ゴウさん、今度の土日はお休みよね」

 美乃里がとん起さんで発した、このひと言こそがすべての始まりだったの。

「それがどうした」

「今週末に、うちの学校で学園祭があるのよ」

「学園祭なんて秋にやるものだろ、どうして梅雨入り前のこんな時期に?」

「うちの学校は進学校だもの、秋だと受験勉強に影響するからでしょ」

「たかが学園祭で学業に影響するなんて、どんな教育をしているんだか」

「この時期にやれば、新しいクラスメイトとの親睦も深まるし」

「で、その学園祭が俺の休みと何の関係があるんだ?」

「せっかくだから、ゴウさんも遊びにきてよ」

「おまえは何を考えているんだ、自分の職場に婚約者を連れていくつもりか」

「うん、同僚や生徒にゴウさんを自慢したいんだもん」

 よくそんなむじゃきな顔で言えるわね、美乃里。

 普通の人はそんなことをしたいとは思わないわよ、きっと。

「せっかくの休みなのに、どうして俺がそんなところに」

「そんなことを言わないで、たまには女子高で目の保養でもしたら?」

 美乃里ったら、気づいていないのかしら。

 自分では目の保養になっていない、そう言っているようなものってことに。

「いいねえ、外村ちゃんの学校の学園祭で目の保養なんて」

 二人の会話に割り込もうとする、豆キチさんを無視して。

 なおも、おねだりを続行する、美乃里。

「ねえ、いいでしょ」

「まったく、えらく迷惑な話だな」

 家で休んでいたいでしょうに、篠原さんって美乃里には甘いのね。


「ただ、問題がひとつあるのよ」

「ここまでも、問題だらけだったと思うが」

「責任者のあたしは調理実習室を長く離れられないから、案内ができないの」

 家庭科の教師である美乃里は、料理部の顧問をしているんです。

 その料理部の学園祭での活動は、調理実習室で開くレストラン。

 オリジナルメニューが大人気で、学校外から食べにくるお客さんも多いの。

 自分では案内ができないのに、どうするつもりなのかしら。

 唐揚げを口に運びながら、そんなことを考えていると。

「そうか、香澄に任せればいいじゃない!」

「美乃里ったら、いきなり何を言い出すのよっ!」

 意外な展開に動揺して、唐揚げを落としそうになったじゃない。

「ちょっと待て、川木におまえの学校を案内させるつもりか?」

 これは篠原さん、しごくもっともな疑問だと思うわ。

「香澄ちゃんは行くのか、じゃあ美紀ちゃんは?」

 的外れな質問は、豆キチさん。

「香澄はあたしの同級生だもの、母校だから校内の案内ぐらいできて当然よ」

「勝手に決めないで、案内係をやるなんてこれっぽっちも言っていないのに」

 必死に抵抗するあたしに。

「香澄は普段、会社のお仕事でゴウさんにお世話になっているのよね」

「そっ、そうだけれど」

 美乃里ったら、痛いところを衝いてくるわね。

「だったら、ここで恩返しをすればいいじゃない」

「そんな……」

「日頃の感謝の気持ちを込めて、母校を案内してあげなさいよ」

 どこをどう考えたら、学園祭を案内するのが恩返しになるのよ。

「川木と二人で過ごせっていうのか、しかも女子高の学園祭だぞ」

 もっと言ってやってください篠原さん、あたしも同感です。

「あたしも、途中で抜けて合流してあげるから」

「俺らも合流するよ、最初っから」

 無視され続けてもめげないのね、さすが豆キチさん。


 そんなこんながありまして。

 本人への意思確認が不十分な上に、猛抗議を完全に無視された結果として。

 あたしは、学園祭での篠原さんの案内係に任命されちゃったんです。

 とほほって、こんなときに使うための言葉なのね。

 心の底から、とほほ……。




 翌日、給湯室でお客様へのコーヒーを入れていると。

 偶然にも、篠原さんが通りかかったんで。

「日曜日の待ち合わせ、どうします?」

「会社で聞くことかよ、誰かに見られたらどうするんだ」

「婚約したばかりの篠原さんと、デートの約束をしているように見えますね」

 ちょっと、どきどきしちゃう。

「だから、まずいって言っているんだろ」

「会社で誰かに聞かれる方が、まだましですよ」

「どうして」

「篠原さんの家やとん起さんでこんな話をしたら、美乃里に聞かれるでしょ」

「おまえに俺の案内を任せたのは、あいつだぞ」

「そんな正論、あの子に通用しないことぐらい知っているでしょ」

 確かにそうだなって顔をしているわね、それはそれでかわいそうかも。

「待ち合わせなら、現地集合でいいんじゃないか」

「校門を入ると正面に新館校舎がありますから、校舎の入り口に九時では?」

「早くないか、こんなことでまるまる一日拘束されるのは勘弁してくれ」

「じゃあ十一時で、校舎内ではスリッパが必要ですから忘れないでください」

「どうして、学校ならスリッパぐらいあるだろ」

「貸し出さないんです、うちの学園祭は人気が高くて来訪者が多いから」

「わざわざ家から持っていくのか、面倒だな」

「しょうがないなあ、あたしが用意しますよ」

 準備は万端ね、これで当日が平穏に過ごせれば言うことはないんだけれど。




 待ち合わせ場所にした新館校舎の入り口にいると、篠原さんが歩いてくる。

「ここで~す、篠原さん!」

 大きく手を振ってから、目の前に来た篠原さんに。

「一日ガイドの川木香澄と申します、なんてね」

「いやいや引き受けたくせに、いざ本番になったら意外とのりのりだな」

 そう言った篠原さんは、あたしを上から下まで眺めて。

「今日はどうしたんだ、遊園地にいる女子大生みたいな格好で」

「どうせ案内するのなら、楽しく一日を過ごしてもらいたいもの」

「おまえから見た俺って、その格好を見れば楽しくなると思われているのか」

「まあ、ね」

「そんな、甘えた声まで出す必要があるのか?」

「細かいことを気にしないで、あたしだってようやくふっ切ったんですから」

「理解できない行動パターンはあいつと一緒か、さすが親友だな」

「あいつって美乃里ですか、や……」

 さすがに、やめてくださいなんて言ったら失礼よね。

「おまえって、いつもはコンタクトレンズをしていたんだな」

「楽だからおうちではメガネなんです、今日はその延長」

「会社でもたまにはメガネでいいんじゃないか、賢そうだし似合っているぞ」

 さりげなく褒めてみせるなんて。

 仕事をしている篠原さんからは、想像できないな。

 これじゃあ、美乃里が好きになっちゃうのも納得させられるわね。


 そんなことを考えながら、校舎に入ろうとすると。

「なあ、どこかにタバコを吸える場所はあるか?」

「喫煙所なんてありませんよ、ここは学校なんですから」

「校門の外で吸ってくるから、待っていてくれないか」

「吸い殻はどうするんですか、まさかポイ捨てを?」

「ちゃんと携帯用の灰皿を持っているさ、暑いからこのジャケットを頼むよ」

「しょうがないなあ、行ってきてください」

「悪いな、すぐ戻ってくるから」

 渡されたジャケットを抱えて、しばらく待っていたんだけれど。

 いつまでたっても、篠原さんが帰ってこないの。

 校門に行っても見当たらないんで、近くにいた生徒に聞いたら。

 想像もしていなかった事態になっているんだもの。

 急いで美乃里に知らせなくちゃ、調理実習室はどこだったかしら……。




 美乃里と違ってトラブル慣れしていないあたしに、どうしろっていうの?

 心の中でそうつぶやきながら、重い足どりで調理実習室に行って。

 中にいる生徒を呼び止めて、美乃里を呼び出してもらうと。

「どうして一人なの、ゴウさんはどこにいるのよ?」

 それを今から説明しようとしているんだから、よく聞いてちょうだい。

「大変なのよ、篠原さんがカマキリに捕まっちゃったの」

 もちろん、巨大カマキリが出現して篠原さんを捕食したのではありません。

 カマキリとは、この学校の古文の教師なんです。

 あたしたちが学生だったころから、生活指導を担当していて。

 いわゆる「ざますメガネ」をかけた、それはそれは厳しいお局様つぼねさま

「捕まるって、どうしてゴウさんがカマキリに?」

 今は同僚なんだから、あなたがカマキリって言ったらだめでしょ。

「校門の脇でタバコを吸っていたら、他校の生徒に間違われたみたいなのよ」

「どうして、校門でタバコなんて」

「それをあたしに言われても」

 しかも、ポイントはそこではないでしょ。

「ゴウさんは二十七歳よ、どこをどう見たら高校生と間違われるのよ」

 正しい反応ね、そこがポイントだもの。

「早く行ってあげないとかわいそうよ、職員室に連れていかれたんだから」

「あたしはここを離れられないもん、あなたが代わりに行ってよ」

「自分の婚約者でしょ、すぐに行ってあげないなんて冷たいんじゃ?」

 現役教師の美乃里が説明すれば、すぐ解決するでしょうに。

 あたしが説明したぐらいで、納得してもらえるとはとても思えないもの。

「今のゴウさんってかわいそうなんでしょ、だったら早く行ってあげてよ」




 および腰で職員室に入ると、あたしの目に飛び込んできたのは。

 ふてくされて、そっぽを向いていすに座っている篠原さんと。

 そんな篠原さんに、食いつかんばかりに詰問しているカマキリ。

 この状況だと、あたしが獅子奮迅ししふんじんの働きをする覚悟が必要ね。

 気合いを入れ直して、いくわよっ!


 まずはカマキリに、あたしがこの学校の卒業生であることを説明して。

 そして、あたしが家庭科の教師である外村美乃里の親友であることも。

 続いて、篠原さんは美乃里の婚約者であたしの同僚であることを。

 必死になった、あたしの説明のおかげか。

 卒業生と現役の教師が保証するならと、晴れて無罪放免となった篠原さん。




 やっと、学園祭のスタートラインにたどりついたというのに。

「少し休ませてくれよ、お局様がきつかったんでへとへとなんだ」

 何を言っているんですか、ずっと座っていたくせに。

 カマキリへの説明の後で、あたしこそへとへとなんですよ。

「あんな目にあったのに、またタバコを吸いに行くつもりですか?」

「まさか、何度も連行されたんじゃかなわないからな」

「笑いごとじゃないですよ」

「とにかくしつこくてまいったよ、どこの高校だとか親を呼ぶぞとか」

 それについては、災難だったとは思いますけれど。

「どこをどうやったら俺が高校生に見えるんだ、目が悪いんじゃないか?」

 悪いから、あんなメガネをかけているんでしょ。

「他校の校門で堂々とタバコを吸う高校生なんて、いるわけがないだろ」

「身分を証明するものを見せれば良かったのに、すぐに解放されたでしょ」

「そう言われても、免許証は財布の中なんだぞ」

「だから?」

「財布は、おまえに預けたそのジャケットのポケットに入っているんだよ」

「あたしがずっと小脇に抱えていた、このジャケットに?」

 文句を言っている篠原さんがおかしくて、思わず吹き出しちゃった。

「人の不幸だからって、そこまで笑うのはどうかと思うぞ」

「だって、おかしくて」

 まだ何もしていないのに、こんなトラブルに巻き込まれているんですもの。


「とにかく、まずは学校のスリッパからこれに履き替えてください」

 自宅から持ってきたスリッパを渡す。

「面倒だな、わざわざそれに履き替えるのか?」

「そのスリッパは学校の備品だもの、連行されるときに履かされたんでしょ」

「聞いているのは、どうして二人でそろいのスリッパを履くのかってことだ」

「持ってくるのが面倒だと言って、あたしに用意させたのは篠原さんでしょ」

「それがどうした」

「自宅のスリッパなんて、普通はおそろいですよ」


 そんな文句を言いながらも。

 篠原さんが履き替え終えたスリッパを返却したら、いざ出発っ!

 これで厄落としも済んだでしょうから、学園祭をのんびり楽しみましょう。




Copyright 2025 後落 超


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ