第十話 どりーむ・つかむ・とる 後編
メインイベントが終わると。
「ようやく肩の荷がおりました、って顔をしているな」
「おかげさまで」
「じゃあ、手を出してみろ」
ゴウさんったら、握手でもするのかしら。
「そっちじゃなくて左手だろ、このシチュエーションだったら」
ゴウさんがポケットから取り出したのは。
ずいぶん前に一度だけ見たことがある、指輪のケース。
「だから、左手を出せ」
そう言いながらゴウさんが開けた箱の中には、あの参加賞が。
内緒でケースに入れて持ってきて、パパとママの前ではめてくれるなんて。
もう一度、感動しちゃった。
「この指輪も、ようやく参加賞から敢闘賞に格上げだな」
「敢闘賞だなんて、三段階は特進して婚約指輪よ」
「おまえが猿芝居を続けていたら、今でも参加賞のままだったんだぞ」
「ふんだ」
「ご両親とオバちゃんの下手な演技も込みで、敢闘賞が妥当だろ」
名目はともあれ、正真正銘の婚約指輪になったなら良しとしてあげるわ。
なんて思っていたら、ここまで出番がなかったお姉ちゃんと先生が。
「ゴウったら柄にもなく緊張していたわね、かしこまっちゃって」
「本当だね、あんなゴウを見たのは初めてだよ」
そう言った二人は、今まで我慢していた分を吐き出すかのような大笑いを。
あたしが、一生に一度の感動の余韻に浸ろうとしているのに。
「どうして、そうやって横から茶々を入れようとするの」
「茶々どころか、先生と二人で大人しくしていたじゃない」
「そんなの当然でしょ、偉そうに言わないで」
「何が不満なんだい、あたしとアッコは黙って見物していただろ」
「見せ物じゃないんですよ、見物なんて失礼じゃないですか」
「あんたこそ失礼よ、ゴウが真剣に話しているのにずっとにやにやして」
「いくらうれしいからって、せっかくの舞台が台無しだろ」
「だっ、誰がにやにやしていたっていうのよ」
あたしがそう言った瞬間、その場にいる全員の視線があたしに。
やっぱりしていたのね、にやにやと。
「とにかく、口を出そうにも出せなかったんだからいいじゃない」
していたんだ、口を出そうと。
「途中から露骨にすごかったからね、外野は黙っていろってゴウからの圧が」
やっぱり、それなりの効果はあったのね。
お姉ちゃんが、二階に昭さんを呼びに行っている間に。
ママとあたしは、冷蔵庫から冷えたビールを出しながら。
「剛君が、パパとお酒を飲むのは初めてね」
「お酒は強いから大丈夫よ、問題なのは食べられないものが多いお寿司だわ」
「ごめんね、事前に確認もしないであなたが好きなお寿司にしちゃって」
「ゴウさんだってお寿司自体は好きなんだし、あたしがうまく調整するから」
「頼んだのはお刺身の舟盛とお寿司の特上だけれど、それで良かった?」
「お刺身は、好きなものを大皿から自分で取るからいいとして」
問題は、お寿司よね。
「特上だと寿司おけは各人で別よね、確かこの時季だと入っているのは……」
ボタンエビは食べないわよね。
伊東に行ったときに、カニとエビは生では食べないって言っていたし。
玉子とホタテも食べないから、この三つはあたしの何かと交換するとして。
カズノコは、確かお正月に食べていたっけ。
そのうちに出前のお寿司が届いて、お祝いの会が始まり。
緊張もほぐれてきたようで和気あいあいとしているから、ちょっと観察を。
ゴウさんと昭さんって、双子なのにまったく違うのね。
昭さんは好き嫌いがないみたいで、お寿司も普通に食べているし。
お酒は、豪快に飲むゴウさんと違ってたしなむ程度って感じ。
みんなと話しているゴウさんに対して、優しく笑うばかりで無口だし。
さっきだって、お姉ちゃんが呼びにくるまで二階でじっと待っていたもの。
それでも、ゴウさんに昭さんを見習ってほしいとは思わないな。
だって、あたしが好きなのは。
ちょっと癖があって強引で口が悪い、そんなゴウさんなんだもの。
実家からの帰り道、おうちを通り過ぎようとするゴウさん。
「ちょっと飲み足りなかったから、とん起にでも行こうと思って」
左手の婚約指輪を、自慢しちゃおうっと。
休日だから、ハナマルと香澄がいないのが残念。
「お酒の相手をしてくれたのはパパだけだし、最後までビールだったものね」
「それもだけれど、駅前の和菓子屋に行くのが主目的だよ」
和菓子屋さんって、甘いものは嫌いなくせに。
「そうか、お母さまへの手土産を」
「ああ、おまえが持っていく手土産のようかんを」
「うちには高級メロンだったのに、自分の実家にはようかんなの?」
「独り暮らしであんなメロンをもらっても、食べきれないだろ」
「だからって」
「おふくろは昔からあの店のようかんが好きなんだよ、日持ちもするし」
「ふうん」
緑色がお好きなんだから、草餅かういろうにすればいいのに。
なんて思っちゃったあたしって、不謹慎かしら。
翌日の日曜日は、ゴウさんのお母さまへのごあいさつ。
この緊張感、昨日とは大違いね。
もちろんあたしは、お母さま好みの。
緑の葉っぱを裾にあしらったワンピースに、緑のカーディガンで
なのに、ゴウさんは普段着を着ていこうとするんだもの。
「休みの日にまで、スーツを着るのは」
「どうして嫌がるのよ、昨日はスーツを着ていったじゃない」
「昨日はおまえの実家に行くからだ、今日は自分の家に行くんだぞ」
何とか、あたしが一番好きなグレーのグレンチェックのスーツを着させて。
いざ、出発!
ゴウさんの実家までは、私鉄と山手線と地下鉄を乗り継いで一時間と少し。
終点のひとつ手前の駅で、地下鉄を降りると。
目の前には、競うようにそびえ立っている高層団地がずらり。
「これだけの建物が並んでいると、壮観ね」
「壮観か、ここに引っ越してきた日の俺には飛び切り無機質な街に見えたが」
あたしにはそうは思えないな。
小学五年生だったゴウさんと、今のあたしとでは目線が違うからかな。
十七年も前なら、こんなに高い建物は見慣れた風景じゃなかっただろうし。
「この駅から先は、一戸建てのおうちだけなのね」
「ここで団地は終わりで、ここから先は一戸建てばかりなんだ」
「ふうん」
「俺が引っ越してきたころは、そこら中に大きな原っぱがあったんだが」
「うそみたいね、今の景色からじゃ」
「駅の向こうにあった同級生の家は、何頭も牛を飼っている酪農家だったよ」
「牛、都内で牛!」
「ゴウさんのおうちは、どの建物なの?」
そう聞いたあたしにゴウさんが指を差したのは、すぐ目の前の建物。
「大通りの信号が青だったら、駅から徒歩一分じゃない」
「しかも、俺は六時半に家を出ていたから通勤で座れなかったことがないし」
「ふうん、それじゃあ今は大変ね」
「そうでもないよ、さすがに座れはしないが普通に新聞を読めているからな」
「あたしが乗るころなんて、ぎゅうぎゅうなのに」
「俺が家を出るのは、おまえよりずっと早いからだろ」
混んだ電車が嫌なら、あたしも早起きをしろって言っているみたいね。
緊張しながらおうちに入ると。
出されたスリッパは緑で、勧められたいすの座面も緑。
ゴウさんが言っていたとおりね、冷蔵庫や電話も緑だし。
そんな中で、緑のワンピースに緑のカーディガンのあたしって。
まるで、草むらにいるバッタみたい。
お母さまには、どう見えているのかしら。
ちょっとゴウさん、このチョイスは本当に正解だったの?
手土産のようかんをお渡しした後。
初対面のお母さまの前で、緊張のあまり固まっているあたし。
見かねたゴウさんが。
「昭が結婚する外村の二つ下の妹で、美乃里っていうんだ」
あたしって、超簡単な紹介を思い切りぶっきらぼうにされているのでは?
「こいつと結婚することにしたから」
うわあ、いきなりですかっ!
「初めまして、外村美乃里と申します」
「こちらこそ初めまして、敦子さんの妹さんなのね」
「はい、ふつつか者ですがよろしくお願いいたします」
「あなたみたいな立派な娘さんが、剛みたいな子と結婚するなんて」
お母さま、あのですね。
かわいそうな娘さんなのねって、言われている気がするんですけれど。
しかも、立派な娘さんって聞いたとたんにゴウさんが笑い出しているし。
「この子は昔っから気難しくて、食事の用意も大変で」
気難しいかどうかはともかくとして、やっぱりゴウさんの食事のことから。
お姉ちゃんが言っていたとおり、よっぽどお嫌だったのね。
「食事についちゃ、心配しなくていいんだ」
「どうして」
「俺と結婚するのが夢なんだし、半年も一緒に暮らしているんだから」
ゴウさんったら、人のことを押し掛け婚約者みたいに言って。
まあ、大筋では間違っていないけれど。
「それに、こいつは家事全般が得意なんだ」
「家事が、得意ねえ」
「調理師免許を持っていて、一番得意なのは料理だって豪語しているからな」
「あんたの好きなものを作るんじゃ、どんな腕でも宝の持ち腐れでしょ」
お母さま、ゴウさんの食事がよっぽどトラウマになっているのね。
「美乃里さん、これからは剛のことをよろしくね」
「はい、良い奥さんになれるように頑張ります」
「剛、あなたは美乃里さんに優しくしてあげるのよ」
「言われなくても、そうするよ」
前に豆キチさんが怖い人だと言っていたから、かなり緊張していたけれど。
優しいお母さまだったから、安心しちゃった。
「こいつの実家も近いし、俺たちはこのままオバちゃんの家に住むから」
ゴウさんがそう言うと、お母さまはあからさまにほっとしたお顔を。
同居を完全に回避したことで、安心されたのね。
「それじゃあ、俺たちは帰るから」
久しぶりの親子の対面なのに、冷たいんじゃ?
でも、お母さまも席を立とうとしているし。
微妙な距離感の親子、なのね。
お母さまって、昭さんともこんな感じなのかしら。
そんなことはないわね、前に聞いたことがあるもの。
お母さまが、昭さんの出向先のオーストラリアまで遊びに行くって。
ゴウさんったら、まっすぐ駅に向かおうとしているじゃない。
「せっかく来たんだから、近くを案内してよ」
「案内ったって、特に何もないぞ」
「ゴウさんが過ごした場所だもの、見てみたいのよ」
二日間も続いた緊張から、やっと解放されたんだもの。
のんびりと二人で、お散歩したいのよ。
団地に沿って歩き出すと、ゴウさんが指を差したのは。
「あそこに見えるのが、俺と昭が通っていた小学校だよ」
「近いのね」
「そうでもないよ」
「うちと小学校が近すぎるのよ」
「小中高と地元の学校に通ったんだか、高校が一番近かったからだよ」
そう言いながら、団地の角を曲がると。
「あれが高校だから」
「小学校の方が近いんじゃない?」
「団地の中を突っ切ると、高校の方が近いんだ」
「ふうん」
しばらく歩いて、大きな公園の角を曲がるときに。
「その先が中学校なんだ」
「消防署や郵便局に警察署もあるのね、総合病院や図書館もあるし」
「たいていのことは、団地内でなんとかなるからな」
大通りに出ると、もう隣の駅。
「駅前の団地の下はスーパーマーケットなのね、しかも向かい合って二店舗」
「ここは、団地の台所って感じだからな」
「図書館の向かいにも商店街があったわよ、ゴウさんの家の下にも」
「商店街は、ひとブロックにひとつあるんだよ」
「それなのに、これだけにぎわっているのね」
「多くの人が住んでいるからな、それにそろそろ夕方の買い物どきだし」
「さて、どこかで食事をしていくか?」
「ううん、地元に帰ってからでいいわ」
「自分から歩きたいと言ったのに、疲れたのか」
「お母さまにごあいさつしたからよ、昨日よりずっと疲れちゃった」
すべてを終えた、帰りの電車の中で。
これまでの長い道のりを振り返りながら、左手の薬指の指輪を見て。
「ふう……」
ゴウさんに聞こえないように、小さなため息をひとつ。
たいへんよくできました、あたし。
ため息なんかついていないで、胸を張っていいのよ。
あれだけ頑張ったからこそ、夢をつかみ取ることができたんだから。
もう一度、たいへんよくできました。
今の気持ちを言葉にするなら。
Dreams come true!
ってところかな。
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