8話 皐月と同じがいい
教室に到着すると、皐月の席の周りにはクラスメイトの女子が囲むように大勢集まっていた。理由は一つ。葵との関係を問うためである。先日は一気に質問したことで困った皐月なので、一つずつ聞くことにしたのだ。
まず、幼馴染という事実関係から。
「隣に住んでた葵くんと遊んでたのは覚えてるんだ。時々お兄ちゃんと一緒に三人で。葵くん、子供の頃引っ越しちゃったの」
皐月の兄も気になるが、葵とはどうやって再開したのか。
「えっと……葵くんから手紙が家に送られてきて、そこから文通始めたんだ」
照れる皐月と沸き立つ女子生徒。教室内が桃色に染まっていく。
葵の一途さと文通という現代とは思えぬ古風な感じが、より彼の株を引き上げていく。それもそのはず。葵の字は書道でも習っていたのかと思うほど丁寧なのだ。いや、丁寧だったという言い方が正しい。
泉河中学校出身の女子たちは、複雑骨折で入院していた時の事を話した。それが利き腕だったので何をするにも不便そうだったこと、毎日誰かが見舞いに行っていたこと。痛々しいのはそうだが、それ以上に辛く見えたのは部活動の事だった。
「結局、バドミントンの最後の大会に出られなかったの。人一倍練習してたのに」
「リハビリも頑張ってたよね。字はなんとか書けるようになったけど、元のきれいな字じゃないし。反対側で書けるように特訓してたっけ」
皐月に届いた手紙の一つには、崩れた字体と涙の跡が付いていたものがあった。辛さが伝わった皐月も涙を流したほどだ。本人はどれだけ悔しかっただろう。
「ところで佐山さん、お兄さんいるんだね。いくつ上?」
「五つだよ」
どこの大学か問われたが、皐月の兄は高校卒業後は大学に行かずに働いている。大学へ行く余裕はあるが、兄は皐月の為に使って欲しいと早々に働き始めた社会人三年生だ。
皐月は兄に大学へ行ってほしいので自分が働くと提案したが、それはそれで却下された。皐月の両親は二人に大学へ行ってほしかったのだ。
「だから私も好きな吹奏楽続けられるんだ。お兄ちゃんも応援してくれてるし」
ふと思い出した。皐月は両親に葵と付き合い始めた事を言っていない。言うのが恥ずかしいのもある。隣に住んでいたため両親は顔見知りであり入学式も世間話で沸くほど仲がいいのだ。
兄は繁忙期だと残業が多い。故に皐月が寝ている時に帰ってくるため、ここ最近顔を合わせていない。
そんな話をしていると担任の柳原がやってきてホームルームが始まった。
一方、葵のクラスでは同時刻、机に伏しているところから始まる。少々不貞腐れているようだが、ため息も付いて子犬のようにしょんぼりしている。
「なんだよ、佐山さんと仲良さそうに話した晴巳に妬いてんの?」
「妬いてねえよ。なあ、付き合うって何? どういうことすりゃいいわけ?」
「それ、俺に聞く?」
和俊に聞くのは大間違いである。和俊には中学の時付き合っていた彼女がいたものの、ほんの数ヶ月で別れたのだ。理由はマイペースなマザコン。この経緯を葵は知っていた。
「あー、そうだったな。お前の元カノ、家庭の事情なんて関係無かったもんな」
「それだけじゃねえけど。とにかく、人それぞれの付き合い方ってもんがあるんじゃねえの? お前は佐山さんとどうしたいんだよ」
うーん、と考える葵の頭の中は流石に思春期の男性の妄想が湧き出てくる。モザイクの妄想が浮かんだ瞬間に頭の上の吹き出しを消し去るように手で払うと、頬を赤く染めながら呟いた。
「ぎゅってしたい」
「って佐山さんに言ってみれば?」
「言えるか。絶対に嫌がられる」
「だったら女子に聞いてみろよ。佐山さんの喜ぶこと教えてって。月丘出身の子いるだろ。たぶん」
皐月の喜ぶ事は想像できる。吹奏楽に関する話題をする事だ。手紙でやり取りしていた時もその話題が多かったのだから。
他の共通する話といえば何か。葵は皐月とのCoPeoを読み返した。
「あ、シジミ」
「味噌汁か?」
「違う、俺んちの子」
そうだ、猫のシジミの話をすればいい。そうすれば皐月と自然に会話ができるはず。まずはそれからだ。我ながら名案だと葵は満足な表情になる。
ここで葵のクラスもホームルームが始まった。
この日は委員を決め、身体測定を行う。
身体測定は皐月と葵のクラスで合同で行うため、実は葵は内心喜んでいるのだ。今後行う体育も男女別ではあるが同じ時間なのだから。
今後やるバイトの都合上、葵は委員にはならない。だが内申点は上げたい。ならばクラス役員が良さそうだ。仕事はそんなに多くはないという。
皐月は何をやるのだろう。吹奏楽を優先するために何もしないことも考えられる。
(さっちゃんに聞いておけばよかった)
こっそり眺める携帯電話に一通のメッセージが来ていた。晴巳からだ。
『皐月ちゃん、クラスの副会長決定! ちなみに会長は俺ね』
速報は有難いが、晴巳の情報は要らなかった。むしろコンビで居られる事が羨ましい。ならばこっちも考えがある。黒板に並べられたクラス役員の役職の下にそれぞれの名前を書いた。
『会長 九十九和俊』
『副会長 和久井葵』
やる気のなかった和俊は目をぎょっとさせる。
「何で俺の名前勝手に書いてんだ!」
「隣は晴巳とさっちゃんなんだ。お前も巻き添えで頼む」
「だったらお前が会長やればいいだろ」
「さっちゃんが副会長」
今度は呆気に取られた和俊は妥協した。彼女と同じ役職がいいから譲らないと瞳で訴えている。おまけにクラスの女子は和俊がならないなら自分がやると何人も手を上げている始末だ。
誰かが大人にならなくてはならない。
「わかった、やる」
首を垂らして妥協した和俊であった。