7話 皐月と葵の距離
部活動見学解禁の夜、風呂上りの皐月は杏と葉子とCoPeoでテレビ通話をしている。初日の部活動の様子を報告したのだ。
「じゃあ葵くんの前で一曲披露したんだ。さすが皐月、やるね~」と葉子。
「もも先輩の前でしょ? 緊張したんじゃない?」と首をかしげる杏。
「そりゃあ、中一のときの先輩だしなんて言われるかドキドキしたよ。……実際、帰り際に感想言われた」
嬉しそうに語る皐月に、葉子と杏は感想の内容に興味深々だ。問うと皐月は複雑な表情で答える。
「上手くなったって。もしかするとコンクールメンバーに選ばれないかもしれない焦りが出来るほどにって」
これが何を意味するか、分からない親友二人ではない。渡辺ももだけではなく、堤花と早川奈津子も同様に、高校最後の吹奏楽コンクールに出られないかもしれないのだ。
「オーディション制じゃ、純粋に上手い人を選ぶもんね。全国大会に行きたいし」
「もも先輩はファーストなんでしょ? 皐月はピッコロと掛け持ちなら、先輩たち出られるんじゃない?」
「ピッコロは涼先輩と私だけど、希望があればオーディションには参加できるんだ。ほら、もも先輩、ピッコロもやってたから……」
「っひゃー、手ごわいねそれ!」
「おまけにピッコロとSクラとソプラノサックスって大体一人だものね。てことはライバル多いね、皐月」
コンクールには出たい。ライバルは多い。ところが一つ抜け道があり、大会毎にメンバーが選出されるのだ。つまり最後の最後までチャンスがあり、常にライバル意識があるということ。
そしてさらに問題が一つある。運動が苦手な皐月にマーチングという特訓が必要なこと。新たに用語も覚えなければいけないのだ。さらに歩幅が決まっているので体に叩きこむまで練習をしなくてはならない。
「初日だから軽くと言って、今日は三十分延々と歩いて歩幅ずれるし上半身は動くし、すごく辛い……! 明日からはその基礎だけで一時間やるっていうから、私できるかなぁ」
「大丈夫でしょ、皐月なら」
「努力家の皐月なら平気よ」
杏と葉子は軽く笑っているが、実際にはそうではない。何故ならその翌朝、両足に筋肉痛が皐月を襲ったのだ。
朝の通学の徒歩が辛い。落ち着くのは動けない満員電車の中だけ。葵との通学の時ももちろん激しい筋肉痛が。
「さっちゃん? ずっと辛そうにしているけど、具合い悪いの?」
顔を覗き込んで心配する葵にははっきりと言えない。筋肉痛で悲鳴を上げているとは。
「ううん、そんなことないよ。それより葵くん、昨日CoPeo返さなくてごめん」
杏と葉子との会話に盛り上がっていた皐月は、話に夢中でメッセージに気付かなかったのだ。会話が終わると髪を乾かしそのまま寝付いて、起きてからメッセージがあったと判明した。
これに対し葵は考えるような素振りをする。
「夢中になってた何かがあったんだよね。なら仕方ないけど……」
ぼそっと小声で「妬けちゃうな」と言った声は皐月に届かない。
そんな空気も読まずに通学に割り込んきた晴巳は朝から活発だ。和俊も一緒に居る。
「皐月ちゃん元気なくね? 歩き方もぎこちないし、なんかあったん?」
「何もないよ、ただの筋肉痛だから」
ぴたりと葵の足が止まった。と同時に合わせるように和俊も止まり、皐月と晴巳は話ながら先へ進む。
葵が聞いときは話を逸らされ、晴巳が尋ねると正直に答えた皐月に少々心が痛んだ。彼氏よりクラスメイトには話すのかと。頼られていないのか、彼氏と思われていないのか。どちらにせよ落ち込む葵はとぼとぼと歩き始めた。
「葵」と和俊が声を掛ける。
「俺、さっちゃんに彼氏って思われてないのかな。俺が聞いたとき答えなかったのに晴巳には言うからさ……。昨日の八時に送ったCoPeoの返信だって今朝だし」
「あー……、どうだろうな。でも付き合って数日じゃそういうのもいるんじゃね? まだ実感がないか、お前に心配かけたくないか」
心配を掛けたくない、その予想にぱっと明るくなった葵は和俊の話の続きを聞く。
「ほら、俺母子家庭だろ? 母さんに迷惑かけたくないから黙っているのと一緒」
「そっか、そういう捉え方があるな。あれ、そういえばお前昨日バイトの面接だったんだよな。あのファミレスどうだった?」
「無事採用。今日契約書書いて明日から出勤。キッチンにしたよ。料理覚えれば少しは母さんも楽になるし、賄いあるから家計も助かるはず。お前は来週だろ、面接」
「うん。お前みたいな純粋な動機じゃねえけどな。金貯めてさっちゃんとデートしたい」
「……吹奏楽部って休みねえって話聞いたけど、佐山さんにそんな暇あんの? 秋山の吹奏楽は年中忙しいんだろ?」
和俊の指摘に目を丸くした葵は、前方を歩きながら晴巳と話す皐月を見た。忙しいだろうというのは分かるが、休みがないとは驚いた。それを知ってて皐月は秋山を選んだのだろうか。
その皐月は晴巳にマーチングについて説明をし終えたらしい。運動不足だから余計に筋肉痛になりぎこちない歩き方をしている彼女は、葵の隣の男子生徒について尋ねた。初めて投稿した日、名前を聞いていなかったのだ。
「ああ、和俊か。九十九和俊だよ。珍しい苗字だろ?」
聞いた事がないだけに絶対に忘れない苗字だろう。後ろを振り向いた皐月は、葵と隣りの和俊が並んでいる光景に羨ましさを感じた。
そして皐月と葵は同じことを考えていたのだった。
(葵くんと普通に話せるの、羨ましい)
(晴巳のやつ何でさっちゃんと普通に話せるんだよ、羨ましい)
どうやら距離が近づくのはまだまだ先の様子。