3話 初チャット
CoPeoを交換したその日の夜、葵は入浴しながら皐月の顔を思い出しては頬を緩ませていた。
皐月の反応が可愛くてそれだけで満足してしまう。おまけにCoPeoまで交換したのはいいものの、最初に何を送ればいいのか悩んでいた。
風呂上がりに髪を乾かした後、覗き込むスマホ。皐月に送る文章を作っては消し、作っては消しの繰り返しだ。
大きなため息が出ると、ピコン、と鳴る通知音。皐月か。ーー否、晴巳だ。がっかりさせられてしまった。
『皐月ちゃんとどうなった?』
葵、晴巳、和俊とのグループチャットで飛んできたメッセージがこれだ。一息ついて返信した。
『付き合うことになった』
和俊も見ているようで、すかさず二人の既読が付いた。文字にしても実感がわかない葵だが、文字だけでも頬が緩んでしまう。
よかったな、おめでとうの言葉が返ってきて、謝意の言葉を伝えるものの皐月とはまだチャットのやり取りをしていない。
『さっちゃんとCoPeo交換したのはいいけど、こういう時って何送るもん?』
助け舟を出すものの、引かれた反応が返ってくる。
本気で言っているのか、帰りに何をしていたのか、自分たちはもう高校生なのだど。
『話せる話題ねえの?』と和俊。
『何も思い浮かばない』
『文通してた時何書いてたんだよ。それと同じ感覚でよくね?』と晴巳。
『それはそれ、これはこれ』
いざ対面して目の前で身近に感じると、緊張してしまう。かける言葉に困ってしまう。
吐いたり引いたりするイラストが送られて来たタイミングで、ピコン、と別のチャットが届いた。フルートのアイコンが未読になっている。ーー皐月だ。
『さっちゃんから来た! 怖くて開けない』
『読め馬鹿』と和俊と晴巳。
『怖い!』
『皐月ちゃんがスマホの前で待機してるぞ。既読つけろって』
晴巳の言う通りかもしれない。葵は意を決して皐月のメッセージを読んだ。
『こんばんは』
たったこれだけ。顔文字もイラストのスタンプも何もなく、だったその五文字だけ。
最初ってこんなものか。メッセージが来ただけで嬉しい。葵も同じ文章を送り返した。何か話題を出さないといけないが、何がいいだろう。
『こんばんは。今まで手紙だったから、なんか緊張する』
これでいいや、と送るとすぐに既読がつく。皐月からどんな返事が来るだろう、ドキドキすると短文で届く。
『私も』
さっきより短い。皐月も同じ気持ちなら、最初の五文字も緊張したはず。リードしなくては、と思った矢先にピコン。
『アイコンの葵くんの猫ちゃん、なんて名前?』
これだ、と葵は目を見開いた。皐月への返信を打ってる間に鳴る通知音など後回しにし、返信はこれだ。
『シジミだよ。拾った晩飯の味噌汁がシジミだったから、気づいたら母さんが名付けてた』
ちょうど話題の主のシジミが部屋にやって来た。風呂上がりの葵の脚に額を擦り付けると、ベットの上に飛び上がり丸くなる。
皐月からびっくりしたようなスタンプが届いた。次のメッセージも一緒に。
『シジミって黒いもんね。色が似てたのかな?』
『多分。そのシジミが今いるよ。写メ見る?』
尻尾を動かしながら葵の方をじっと見るシジミを激写すると、皐月から『見たい』と返事が来た。すぐ送ると、返事も早い。ハートが沢山付いた可愛いというスタンプ。雄か雌かの問いには雌と回答し、流れがいいように繋がった。
皐月との共通点が分かった。猫が好き。暇があれば猫の動画を見ている。通りすがりの猫に猫語で話しかけた事がある。
盛り上がって晴巳と和俊の事を忘れそうになる程の幸福感。皐月からの続きのチャットはこんな内容だ。
『明日部活紹介があるけど、葵くんはどうするの? 左腕が心配で気になって』
中学三年の時に複雑骨折した左腕のことを、当時文通していた皐月に話していた。覚えていてくれた事に舞い上がった。
『もう日常生活をする分には平気だよ。ただやっぱりバドミントンはもう無理なんだ。未練がないわけじゃないけど、俺は部活入らないでバイトするよ』
バイトの面接は翌週受ける。高校から程よく離れているカフェだ。ホールとキッチンのどちらにするか悩ましい。皐月が来ることを考えるとホール、皐月のために料理を覚えるとならキッチン。どちらがいいだろう。
『ごめん。私ばかり好きなことしてる。葵くんが辛いのに』
悩んでいる時に来た返事がこれだ。皐月に申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
『そんな事ないよ。さっちゃんが謝る必要なんて何処にもないから、心配しないで! 俺はさっちゃんが吹奏楽に入って好きな事してくれたら嬉しいんだ。それにバイトするのは、さっちゃんと』
手が止まった。うっかり、正直に皐月とのデート代を稼ぎたい、と打ちそうになった。恥ずかしくてたまらない。さっちゃんと、言葉を削除して続きを打って送った。
『バイトするのは、大学の費用を少しでも自分で稼ぎたいからなんだ』
入学式したばかりでこの考えは早すぎるだろうが、いい言い訳はこれしか思いつかなかった。遊び代、が出て来なかったのだ。
ピコン、ピコンと二回通知が鳴った。すごいというスタンプが最初だ。
『もう将来の事考えてるなんて、葵くん偉い! すごいよ! 私も考えなきゃいけないね。大学かぁ』
『一緒にゆっくり悩もうよ。まだあと二年は余裕あるし。ところでさっちゃん』
送って、深呼吸をした。心臓が高鳴っていく。緊張と断られたらどうしようという気持ちでいっぱいだ。
『朝だけでもさっちゃんと一緒に通学したい』
この文を送ってどんな反応をするだろう。嫌がるか、帰って来ないか、いい返事が来るか来ないか。緊張する葵は、意を決して送った。
すぐに既読になり、返信に緊張する。一分、二分、三分……。一秒が長い。やはりいきなり誘うのはダメだったのか。皐月に嫌われてしまう要素を入れてしまったかと、慌てて追撃を送った。
『ごめん、びっくりしたよね。忘れて!』
少しして既読がついた。その返事は早かった。
『違うの! 嬉しくてどう返事すればいいか分からなかったの』
ーーか、可愛い……!
ずっと迷っていたのだと思うだけで胸がギュッと掴まれる。どんな顔して迷っていたのだろう、今どんな気持ちだろう。想像、いや、妄想が止まらない。
『俺が困ること送っちゃったから。ごめんね』
『葵くんは悪くないの。一緒に登校が嬉しくて、ずっとそのチャット見てた! その、よろしくお願いします』
笑い声が込み上げる。嬉しくてたまらない。
こうなったら止まらない。
『ありがとう! 嬉しいよ。待ち合わせ何処にする? 入試の時一緒の電車だったから方角は同じだよね』
『うん。高校のとこの駅でいいんじゃないかなぁ』
『混んでるから電車内で待ち合わせるの大変だしね。そうしよう。明日から楽しみだな』
照れ隠しか、皐月から笑顔のスタンプが送られてきた。嬉しすぎて眠れないかもしれない。それ程に興奮しているのだから。
『早起きするから、張り切って寝るね。おやすみなさい』
寝る理由が可愛いと頬が緩む葵は『おやすみ。また明日』と送ると、ベットの中で深呼吸をして頰を緩ませた。
この日葵は、皐月が彼女だという満足感に満たされ、深い眠りについた。