2話 親友への報告
晴れて彼氏と彼女の関係になった皐月と葵。道中は緊張して終始無言だったものの、両家の親が揃っているファミレスに到着すると緊張はあっという間に解けてしまった。
互いの両親の主に母親がおしゃべりをしている。
「――そうなのよ。卵が数量限定で安売りしているから、毎週土曜は戦争状態」
「私も行こうかしら。でも交通費と車ならガソリン代がかかるわねぇ」
父親は空気のように佇んでいた。皐月に気付いたのは彼女の母だった。
手を振って皐月を呼ぶが、それが恥ずかしくてたまらない。何気に店内の客が皐月をちらほら見るのだから。いや、もしかすると女性客は葵を見ているのかも知れない。
「あら、葵くん? 大きくなったわねー!」
「ども」と会釈する葵。
「皐月ちゃんも可愛くなって、おばさん嬉しいわ」
「ありがとうございます」と照れる皐月。
誘導されるままに互いの母親の隣に座る皐月と葵は、再び始まる主婦トークに心の距離を置き始めた。
次々繰り出されるおしゃべりに入る隙もなく、すでに注文していたドリンクバーの飲み物を飲み続けるだけ。これは窓際にいる父たちが黙っているしかないわけだ。
最初に口を開いたのは葵だった。
「なあ、腹減ったんだけど何か頼んでいい?」
「ええ? もうすぐ晩御飯なんだから、ほどほどにしなさいよ」
手紙の告白のドキドキはどこへ行ったのやら。葵も皐月もその時の気持ちが抜けたようだ。
メニューを見始めた葵は、皐月にも見えるようにテーブルに広げた。
「分かってるって。さっちゃんはどうする? ポテト分ける?」
「ごめん、私中学の友達と約束があって」
食べたいのはやまやまだが、そろそろ葉子の家に行く時間だ。CoPeoを見ると、葉子が家に向かっているらしい。
「そういえば杏と葉子と約束してるって今朝言ってたわね」
「そ。葉子の家に寄ってから帰るから、帰りに連絡するね。和久井さんも、ありがとうございました」
立ち上がってぺこりと頭を下げ、その場を去ろうとする皐月を葵が止めた。
CoPeoの交換をしようというのだ。互いの手紙の告白に気を取られ、連絡先交換すらしていなかったことを忘れていた。葵はニックネームはAOIとそのままで猫のアイコン。真っ黒の猫だ。皐月はSSとイニシャルを並べただけ。アイコンはフルート。このアイコンを見た葵はくすっと笑った。
「ほんとさっちゃん、フルート好きなんだね」
「そりゃ大好きだよ。すぐにでも吹きたいし練習したいしね。ねえ、この猫は葵くんの家の子?」
「そ。可愛いだろ」
盛り上がりそうなところでピコンピコンとチャットの音が響く。杏が『そろそろ着くよ』と連絡したのだ。いけない、そう思った皐月は葵へ手を振るをファミレスを出て行った。
見送った葵は皐月のアイコンを見て頬を緩ませるが、にやにやと皐月と葵のやり取りを見ていた親がいると気づくと顔を元に戻した。
***
三十分後、皐月は葉子の自宅に到着した。
葉子の母に元気よく挨拶した皐月は、真っ直ぐに彼女の部屋へ向かうと、新しい制服を身に纏った二人と対面した。
葉子は赤いネクタイが特徴のリクルートスーツを匂わせるような制服。杏は灰色のセーラー服だ。
「遅いよ皐月。彼氏が出来たから浮かれてんじゃないの〜?」とにやにや笑う葉子。
「きっと葵くんと一緒だったのよ。一緒のクラスになれた?」とふわりと笑う杏。
「残念ながら隣のクラスでした。でも葵くんの友達が同じクラスなの」
惜しい、と二人揃って口にした。
これが葵ならば同じクラスでいい一年を迎えられたのに、同じ高校入学で運気を全て使い果たしてしまったのでは、と勘繰る。
CoPeoは交換済み、可愛い黒猫のアイコンに湧き立った。
「二人はどお? 新しいクラス」
「うん、美香と同じクラスだから安心したよ。他の学校の子と話してたら曙で吹奏楽やってた子がいてさ、盛り上がっちゃったよ。杏は?」
「こっちは明子ちゃんと一緒。何気に高校も同じクラスになったから、10年間一緒だって笑っちゃった。他の子とは自己紹介しあって終わっちゃったかなぁ。皐月は?」
ふう、と一息着くと視線を落として正直に話した。
「相模さんと一緒だよ」
「さがみんかぁ。大人しいからねえ。てか本読んでる印象しかないや。話したことないし」
「私も初めて話したけど、普通にいい子だよCoPeo交換したし」
驚いた杏と葉子は相模のCoPeoのアイコンを見た。アイコンは本とペンのようで、三つ編みの彼女から真面目な印象そのままに見える。
「皐月なら大丈夫よ。相模さんとも仲良く出来るわ。それよりいつになったら話してくれるの?」
きらん、と杏と葉子の目が光った。一瞬きょとんとした皐月だが、すぐに何の話題かに気づいた。葵との事だ。その事なら序盤で終わったはずだが、本題を話していないと二人がぷんぷんと怒った。
「告白! したの? してないの? 合格発表の日に逃げてそれっきり何も聞いてない!」
「告白されたの? されてないの? 首長くして待ってるのよ、報告」
ぐいぐいと寄ってくる杏と葉子。
後退りしながら皐月の目はぐるぐる回りながら白状した。手紙でお互いの気持ちを伝えて付き合い始めたことを。
二人は赤くなりながらまるで自分の事のように共に喜び、祝いの言葉を投げ込んだ。
感謝する皐月は、顔を赤くして誤魔化すように近くのクッションを抱きしめた。そんな様子が微笑ましい。
「皐月可愛い」
「こんな皐月を見たら葵くんもキュンと来ちゃうんじゃない?」
よしよしと二人から頭を撫でられる皐月。付き合い始めたという実感がなく、付き合うとは何かが分からない。
「あのね、付き合うって何すればいいの?」
これから始まる恋愛初心者の皐月の四苦八苦戦。皐月と葵の先行きは如何にーー。