1話 よろしく彼女さん
短編の文通〜九年の想い〜の続編です。
最初に短編を見ていただくのをお勧めします。
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佐山皐月、十五歳。本日をもって秋山高校の一年生になった。そう、入学式。新しい制服と新しい校舎、新しい教室。彼女の中学の親友二人とは別々の学校なったが、きっといい友達も見つかるはず。中二から文通してた幼馴染と再会したのがその前兆に感じる。
幼馴染の名前は和久井葵。このひょんな事から葵から届いた手紙をきっかけに文通を開始。お互い気づかぬうちに受験日に再会し、気付いたのは合格発表の日。その日は驚いて逃げ出してしまったが、実は教室に来る前のつい先程、葵と手紙を交換した。今思えば恥ずかしい以上に恥ずかしすぎる事を事を書いている事に気づいた。
『全国大会行けなくて返事しなかった。ごめんなさい。葵くんが好きです』
合格発表の日、葵の友達が、子供の頃から好きって言っていたから、聞き間違いでなければ両想いのはず……と、親友二人が察知した。
葵はいつ皐月の手紙を見るのだろう。振られたら入学式から気まずい高校生活が始まる。何故あんな事書いたのか、頭の整理が追いつかずぐるぐるしている皐月である。
その葵からの手紙をいつ読もうか悩む。緊張して開けない。
なんて悩んでいるより先に、葵のいない新しいクラスに馴染むのが先決のばす。葵からの手紙は鞄に入れた。
見渡すと同じ中学の子は数人いるけど、話した事のない人達ばかりで困った。するとぱたりと視線が合う人物がいる。同じ中学の相模楓だ。
(相模さん、一度も同じクラスになったことないから話したことないんだよね)
「佐山さん」と楓から声をかけてきた。ドキリと皐月の心臓が跳ね上がる。
「同じ月丘出身同士、よろしくね」
落ち着いた声と表情の楓はふわりと微笑むと皐月の前の席に着差席した。緊張しながらも皐月が返事をすると、本を鞄の中から取り出す。
彼女は中学三年間は図書委員を務めていた。
「あの、相模さん」
皐月が声をかけると、手を止めてくるっと振り向いた。
「本が好きなの? ずっと図書委員だったし」
「好きかどうかといえば、そうね、好きよ」
好きでもなく嫌いでもないような回答に皐月が首を傾げると、今度は話題をひっくり返して楓が聞いてきた。
「そういう佐山さんはどうなの? 吹奏楽が大好きなんでしょう?」
「うん! 大好き! ご飯より何より大好き!」
瞳を輝かせながら楓に食いつくように回答する皐月。
そんな彼女に驚くことはなく、楓はくすくすと笑った。
「佐山さんって、吹奏楽の話になると途端に輝くわね。キラキラしてて羨ましい」
その言葉に、少々違和感を感じた。まるで楓自身が暗いような印象を持っているような気がしたのだ。
皐月にとっては大人びた楓が羨ましく、そのことを話そうとしたのだが、クラスの中に入ってきた同級生が黄色い声色を荒げた。
「ちょっとヤバイよ! 隣のクラスに超イケメンがいる!」
「名前は?」
「和久井葵くんだって!」
早速注目を浴びている葵は、確かに初対面でも乙女ゲームに出てくるようなザ・イケメン。身長も高く短髪ツーブロックで二重の吸い込まれそうな綺麗な瞳。目立ってもおかしくない容姿なのだ。
クラスの女子たちは我先にと隣のクラスへ向かっているが、見たい人で溢れている様子。
「……佐山さん、行かないの?」
貰った手紙すら読んでいないのだ、野次馬に混ざる勇気はない。
「そういう相模さんこそ」
「他の人の言うイケメンとか芸能人とか、そういうのにあまり興味がなくて」
奇遇な事に皐月も似たような感覚だ。それより楽器の方が好きだから。だが、葵は別だ。そんな葵の話題が耳に入ってきた。
「葵のやつ相変わらず目立つよな。俺も一度でいいからきゃーきゃー言われてみたいよ」
「葵くんは次元が違うの! でも不思議よね。可愛い子とか美人が告っても断るんだもん。好みが分からないの」
「幼馴染の女の子一筋だからだろ。名前なんだっけな。さっちゃんっ言ってたけど」
瞬間、皐月が固まった。それどころか心臓がバクバクとして顔が真っ赤になっている。分かりやすい皐月の反応に、楓は葵との関係性を察した。そんな皐月の頭はぐるぐると思考回路が回っている。
(さっちゃんって私だよね、私しかいないよね! 一筋ってことは葵くんのこの手紙……)
手紙を開けようと手に取った時、ガラガラと音が聞こえた。担任が教室に入ってきたのだ。三十後半だろうか。坊主のややふくよかな男性だ。
葵の話で賑わっていた教室内も静まり返り、皆着席する。皐月は葵の手紙をカバンにそっと入れた。
「皆さん、入学おめでとう。このクラスの担任になりました柳原夏雄です。どうぞよろしく」
ぱちっと目が合った。この先生、知っている。
秋山高校の吹奏楽部顧問なのだから。そして指揮者もすれば、ユーフォニアム奏者でもある。秋山高校の定期演奏会で、開場から演奏開始前の二十五分間、それはもう上手い、素晴らしい演奏をしてくれるのだから。
「えー、まずは入学式をーー」
よりによって担任が入る部活の顧問だとは思いもしなかった。
一通りHRが終わると、いよいよ入学式。
名簿順に並んでいるところを一通り見渡した。果たしてこのクラスでやっていけるのだろうか。不安になる。
すると、唐突に担任が声をかけてきた。
「去年の夏のコンクール、ソロやってた佐山だな」
「は、はい」
「よかったぞ。実は楽しみにしてたんだ。吹奏楽に入ってくれるよな」
まさか自分のソロと名前を覚えていてくれていたとは思いもしなかった。
確かに吹奏楽部の教師とコーチは横のつながりがある。もしかすると話を聞いていたのかもしれない。
「ありがとうございます! 私、この学校には吹奏楽をやりたくて入ったんです」
「頼りにしてるぞ」
「ありがとうございます!」
なんて嬉しい言葉なんだろう。すぐにでも部活を、楽器を吹きたくてたまらない。同じ月丘中学出身の先輩から、秋山高校に入って良かったという前情報を聞いている。楽しみが増した。
すると、その様子を見ていたのか、対角線にいる葵と目が合った。まだ手紙を見ていないだけに、どんな反応をすればいいか分からないがーーほんのり頬を桃色に染めながらにこっと微笑んだ彼の表情に心臓を貫かれた。
(葵くん、まさか私の手紙もう読んだの!?)
そうでなければそんな反応はしないと思い込んで、パッと視線を逸らした。
周囲はそれだけでヤバイヤバイヤバイを連呼し、柳原先生が静かにするよう呼びかけていた。
「あの人が和久井くんね。確かに人気そう」
「うん……」
知っている。手紙を読むのは、家に帰ってからにしよう、そう決めた。
入学式の入場では、入部する吹奏楽部が演奏をしていた。入退場はもちろん、合唱の曲も全て。体育館いっぱいに響き、ピッチも合っている。そして決して煩くない。指揮者は先輩になる生徒がやっていた。
ようやく終わった入学式。校長の話、新入生代表挨拶は眠くなりそうだったが、少し辛抱すれば良かっただけ。
入学式が終わると簡単なHRをやって解散になったのだが、しばらく部活がない。楽器を吹きたくてたまらない皐月にとって由々しき事態である。
部活動は翌日のオリエンテーションからはじまり、入部は一週間後だ。しかし皐月の吹奏楽部入部は確定しているようなもの。翌日早速楽器を持ってくるぞと決意し、泣く泣く帰宅することにした。
「相模さん、良かったらCoPeoコペオ交換しない?」
「ええ、いいわよ」
CoPeoーコペオーとは、チャットスタイルの連絡アプリだ。
中学を卒業するときに変えてもらったスマホにインストールし、親友たちとも交換している。
IDを交換するために開くと、通知が三件入っていた。親友の杏と葉子、母の三人から。葵もインストールしているだろうが、その前に手紙を読まないといけない。
入学式その後、HR終了後にクラスの何人かと交換し、いつの間にかクラスのグループCoPeoが出来ていた。ものすごい勢いで挨拶チャットが飛んでくるので驚いた。
通知が届いていた三件はこういったもの。まずは親友グループの杏から。
『みんな一緒に入学おめでとう。皐月は葵くんに逢えた?』
『おめー! ほんとそれ、早く聞かせて! てことでこの後、約束通り私の家に集合ね』
葉子が楽しみにしてる。それはそうだ。何故なら入学式終わったら制服見せあいしようと約束していたのだから。そして二人揃ってニヤニヤしている顔文字を使っている。
あとは母からはなんて来ているのだろう。
『葵くんのお母さんとファミレスでおしゃべり中。皐月もおいで、葵くんと一緒に』
えええええええええええええええええええええええええええ。
何故ハードルの高い指令を、可愛らしいニコニコした顔文字を使って下すのだ母よ。葵の手紙すら見ていない私にとってハードルが高く、実は振られているかもしれない危機感もあるというのに。
「何かあったの? 困ってるみたいだけど」
「実は、お母さんに呼ばれているんだけど……」
と教室の外を見た。これから葵を誘ってファミレスに向かわないといけない。その葵は隣のクラスでおそらく黄色い悲鳴に包まれていることだろう。その中に飛び込むのは危険な気がする。さてどうしたものか。
「とりあえず、玄関まで一緒に行かない?」
「ええ」
と、教室を出た時だった。目の前に男子生徒胸と顔がぶつかった。地味に鼻が痛くて咄嗟に手で押さえる。謝りかけて見上げると、ツーブロック短髪のザ・イケメンの葵がいた。彼の胸板に当たったらしい。
「ごめん、さっちゃん。鼻ぶつけた? 痛むよね」
「大丈夫」
肩から鞄を下げ、左手をポケットに入れている。周りの女子の妬み声や教室内から『さっちゃん』という言葉に過剰反応する女子の声がちらほら聞こえるが、鼻の方が地味に痛くて涙目になった。
「ほんとうに大丈夫なの? 鼻血は出ていないわね」
楓がじっと皐月の顔を覗き込む。問題はなさそうだ。
立ち直った皐月を見て葵も安堵し、「さっちゃん、早く行こう。母さんたちに呼ばれてるだろ」と彼女を誘導した。
そんな葵は皐月の同級生に肩を組まれた。
「よお、葵。今度は逃げられないようにな」
「あれはお前のせいだろ」と皐月の同級生。マッシュパーマで葵までではないが長身である。
「あとから聞いたけど、晴巳が悪い」と、こちらは葵の同級生がひょっこり出来てきた。刈り上げマッシュのヘアスタイルで、晴巳よりはやや低めの身長だ。
みんな泉河中学の同級生だったんだろうか。晴巳が皐月に声を掛けた。
「皐月ちゃん、俺の事覚えてる? 合格発表の時に葵と一緒に居たんだけど」
全く覚えていない。誰かが葵が皐月のことを好きだと言っていた覚えはあるが、誰かまでは覚えていない。首を横に振ると、唇を尖らせてぶーぶーと言っていた。
「俺そんなに印象ない? せっかく皐月ちゃんと同じクラスになったのにぃ」
成り行きで玄関まで五人で行くことになった。
葵の友達は、小林晴巳と九十九和俊。二人とも泉河中学のバスケ部で、小学校からの仲らしい。たまたま進路まで同じで小中校の腐れ縁だとか。
晴巳はムードメーカーで、和俊はクールな印象を受けた。
「皐月ちゃんの友達?」
楓を見た晴巳が問う。同じ中学とはいえまともに話したのはこの日が初めて。友達と呼んでいいものだろうか。さらっと楓が正直に答えた。
「分からない。だって今日初めて話したから。佐山さんさえ良かったら、私は友達になりたいわ」
「いいの? 嬉しい」
ふわふわした空気が皐月と楓の間に流れる。
「なあ、友達って宣言してなるようなもん?」と和俊が晴巳に呟くが、「さー、いんじゃね?」と軽く返された。
玄関に着くとスマホを見た葵が、靴を下駄箱から入れ替えながら言った。
「さっちゃん、早く来いってさ。一緒に行こう」
一緒に、とほほ笑みながら言う言葉に心を揺さぶられる。もし手紙の内容が皐月と同じ告白ならばと妄想するが、首を横に張って取り払う。ひとまず楓に別れを告げて、葵とファミレスに向かうことにした。
ファミレスへ向かう道中、緊張して葵と話せない。それは葵も同じようで照れくさそうにしている。最初に口を開いたのは葵だった。
「あの、さっちゃん。俺の手紙読んだ?」
言えない。読んでないなんて言えない。
「そういう葵くんはどうなの?」
口元に手を当てて、ほんの少し頬を赤らめると「まだ」と小さく呟いた。それが可愛い。身長はあるのに照れてる様子が可愛い。心臓をハートの矢で貫かれた気分だ。
「私も、まだ」
視線を泳がせた私たちは、やっと顔を合わせるとまた背け、ようやく顔を見合わせた。
緊張と沈黙の間に、葉っぱが舞い落ちる。
「今見ない? 互いの手紙」
「い、今!?」
彼女がいるからごめんなさいと書かれていたら、合格発表の日の事は友達の嘘だったと書かれていたら、最悪な事ばかりが頭を過る。それなのに葵に好きだという告白の手紙を書いたらこの後どうすればいいのか。そんな事を考えると、心臓がうるさい。
「……だめ?」
まるで子犬のようにおねだりする葵に負けてしまった。首を横に振りながら「いいよ」と答えた。
互いに鞄から手紙を取り出し、互いに深呼吸してからいざ開封。書かれていた言葉に、私は湯気が上がるほど真っ赤になった。
『さっちゃんの事が子供の頃から好きです。付き合って下さい』
嬉しさで何も考えられない。子供の頃からと言うと、十年間、いやその前からずっと想ってくれていたのだ。止まれ心臓、止まったら死んじゃうから落ち着け心臓。念仏のように心の中で唱えていると、葵が脱力してしゃがみ込んだ。
「やっべこれ……マジかよ。すげえ嬉しい……」
耳まで真っ赤になっている葵が可愛く見える。これはつまり、そういう事ですよね、と皐月の頭はぐーるぐる。
立ち上がった葵が照れるようにはにかんで、こう言った。
「よろしくお願いします。彼女さん」
佐山皐月、高校生になると同時に初彼氏が出来ました。