14話 佐山家の朝と約束
朝食中、皐月の顔は太陽のように光っていた。眩しくなるほど笑っては食べ、笑っては食べを繰り返す。この日の朝食は、白米、味噌汁、目玉焼きとソーセージ二本に野菜だ。父、母、兄はそんな彼女の顔を見ると心配にはなるが、大体吹奏楽か猫に関する事でいい事があったのだと察している。
が、吹奏楽ならば前日の帰宅直後に輝いているはず。ならばーー
「皐月、いい事があったみたいだけど、猫?」
「分かる!? やっぱりお兄ちゃんって超能力者じゃない? そうなの、葵くんが猫ちゃんに会わせてくれるって〜」
喋りながら溶けていく皐月は、うっかり箸で掴んでいた卵焼きをテーブルに落とすと、三秒ルールだと瞬間に口の中へ突っ込んだ。
まるで瞬間移動のような素早さに、どちらが超能力者かと母の月子が首を横に振る。その振動で机が揺れているのかと思いきや、父と兄がブルブルと両の拳を震わせていた。
「今、なんて言った?」と父の五郎丸が震わせた声で問う。
「猫ちゃんに会わせてくれるって」ときょとんとする皐月。
「その前!」と声を張り上げる兄の浩一。
片眉を上げて考える皐月は「超能力者」と答えると、今度は二人揃揃って「それじゃない、その間!」と買い掛かるが、皐月の目は点になる。
何を言ったかと二人の剣幕にたじろぎながら思い出した時、親子四人の声が揃った。
「葵くん」と皐月と母。
兄と父は「あおいくんって誰だ!」と半分泣きそうだ。
母の月子は葵の説明をした。昔隣の家に住んでいた和久井家の息子のこと、皐月と同じ高校に入ったこと。
そして、入学式の日に父・五郎丸も同席で和久井家とファミレスで軽食をし、葵も同席していた事を。
「そうだっけ?」
「そうよ、お父さんったら。忘れたふりしちゃって」
「皐月に寄り付く男なんていちいち覚えてられんわ」
「本当それな。砂利みたいなもんさ」
落ち着いた二人は席に着くとコーヒーを飲んで落ち着いた。彼はコバエでも砂利でもないとぼそっと呟く皐月。思い出した浩一は落ち着いて微笑み出し、味噌汁を口にした。父も同様の行動をとるのだが――
「隣で暮らしてた葵は俺も覚えてる。俺たち、こうちゃん、さっちゃんって呼ばれてただろ? その葵かー、懐かしいなー。猫カフェでも行くのか?」
「ううん、葵くんの家」
二人とも味噌汁を噴き出し、目の前の目玉焼きに掛かった。驚いた皐月と月子は反射的に立ち上がる。咽る佐山家の男性たちは、繰り返すように誰の家に行くかというが、答えは変わらない。――和久井葵の家。
「お、男の家?」
「そうだよ。葵くんだもん。変なお父さん。黒猫のシジミちゃんに会って遊ぶだけなのに」
「お父さん、落ち着こう。きっと他の友達も一緒だって。別に葵と付き合ってるわけじゃないんだし、二人きりでもないんだから……ん?」
兄・浩一の何気ない一言に皐月の頬が緩み、心なしか赤い。さらに周りに小さい花が浮いているように見える。これはもしや――
「あ、ああっ、いけない、電車に送れちゃう! 行って来ます!」
逃げるように家を飛び出した皐月を見送った後、五郎丸と浩一は顏を見合わせて共に呟いた。
「……有給取ろうか。心の病で」
「うん」
が、母は強し。娘の純粋な恋愛では休ませてくれず、家から放り出したのであった。
***
電車に乗った皐月は葵とのメッセージを見て頬が緩んでいた。猫のシジミに会うか問われ、起きてすぐに承諾と喜びのメッセージを送った。楽しみで仕方がない。あとは部活と葵のバイトのタイミングを合わせるだけだ。
それはそれとして、皐月は家族に葵と付き合い始めた事は話していない。兄には再会した事さえも言っていなかったのだ。
(好きな人の話したら、二人揃ってコバエとか砂利扱いだもん。話したくなくなるよ。お母さんにはこっそり話そう)
やがて高校の最寄り駅に到着すると、この日はホームで葵に後ろから声を掛けられた。毎朝の登校も慣れてきて、過度に緊張する事は無くなった。それでも互いに顔を見合わせると自然と笑みが溢れてくる。
「葵くんとこのシジミちゃん、可愛いね。会えるの楽しみ」
「それなんだけど、いつにしようか。さっちゃんの都合のいい日にバイト入れないようにするから」
本当はすぐにでも会って遊びたいのだが、そうもいかない。葵の都合もあるのだなら。しかし吹奏楽部は年中無休。一体いつにすべきかと悩む。
「んー、スプリングコンサートとコンクール本番付近はもちろんダメだから、むしろ葵くんの都合のいい休みの日の十六時頃とかはどうかなぁ」
「それなら次の土曜は?」
「うん、大丈夫。部活終わったら連絡するね」
この時皐月は、猫に会える一心で杏と葉子に課せられた宿題である、葵と手を繋ぐ事をすっかり忘れていた。
反対に葵はいかに皐月と距離を縮めるかを考えている。今のまま隣で話すだけでも満足しているが、少しずつスキンシップを重ねていきたい。だがここ暫く皐月の言動を見る限りだと、触れ合う事に全く興味がないようだ。
そんな彼女に急に触れたらどのような反応をするのだろうか。視界に入るサラサラの髪に触れたら驚くのか、恥ずかしがるのか想像できない。――と思っていたとき、皐月のポニーテールを引っ張っていた。気づいた葵はすぐに手を離して謝った。
「ご、ごめん」
「びっくりした。何か髪についてた?」
「つい触りたくなって」とぼそっと口にしたが皐月の耳には届かない。
「シジミの尻尾みたいだって思って」
何て最低なごまかし方をしたのだろう。怒るかと思いきや皐月は喜んだ。猫のふわふわの尻尾と同じと思われている事が嬉しいらしい。結果として皐月の新しい一面を見ることが出来て嬉しくなる葵であった。




