13話 葵の妄想
吹奏楽のことをCoPeoで親友の杏と葉子に報告した皐月。葵との関係の話に切り替わり、どこまで進んだのかと問われたのだった。
『一緒に通学してるよ。どこまでって何のこと?』
今度は葉子からは呆れたスタンプ、杏からは頬を叩くスタンプが送られてきた。対して皐月は疑問符のスタンプを送り返す。
『皐月さん、本気ですか。杏さんどう思いますか』
『ありえませんね。恋バナ出来ませんね』
一体どういうことか、皐月はさらに疑問のスタンプを送る。
『何で何で? 葵くんもバイトし始めたから、通学だけでも十分一緒に居られるよ』
その瞬間、葉子からCoPeo電話が鳴った。グループなので漏れなく杏も入る。皐月も参加すると、真っ先に葉子からのお叱りがあった。
「もー!! 何なの皐月! 恋愛疎いにも程があるって!」
「私たちが聞きたいのはもっと先のことよ」
「先って、まだ結婚には早いよ。高校生だし」
この発言に杏と葉子は絶句した。飛躍しすぎる発想に思考が止まったのだ。ふあーっと息を吐いた葉子は尋ねた。
「皐月あんた、葵くんと手は繋いだの?」
「繋いでないよ。私の手汗酷いの知ってるでしょ。何で?」
「あたし達が聞きたいのはそういう話なの。手を繋いで、ぎゅっ、ちゅーとか、そんな話。せめて手ぐらいはさっさと繋いで欲しいもんだね。恋人繋ぎで」
「わかるー。ねえ皐月、デートはいつなの?」
電話越しでもグイグイやってくる二人に、やや腰が引ける皐月。
「そんなのまだないし、葵くんもバイトで忙しいからデートなんて出来ないよ。部活終わるの八時で土日は夕方まてだし。スプリングコンサートもコンクールも控えてるんだから。マーチングだって基礎練して体に叩き込まなきゃ」
全くの恋愛音痴と言ってもいい皐月に、杏と葉子の指導が入る。
「この馬鹿! そんな事してたら自然消滅しちゃうよ!」
「バイト先の人に奪われちゃうかもよ」
「じゃあどうすればいいの?」
そもそも付き合うと言う事が分かっていない皐月に、二人からの宿題が出た。
それは一週間以内に手を繋ぐこと。それも恋人繋ぎという。皐月の頭に再び浮かぶ疑問符。
「恋人繋ぎって何?」
「指を絡めた繋ぎ方。あとは調べなさい」と含みを持たせたように話す葉子。
「クラスの子に聞いてみたら?」と笑いながら杏が言うと、悩み出す皐月。
人様の恋愛事情に興味のある人がいるのだろうか。和久井葵というフルスペックの彼氏なのだから、人によっては皐月が彼女だと嫌がる人がいるのではないかと考えた。しかし普通の恋愛とは何かが分からない皐月は、聞いてみるか否か悩む。
「聞くのも恥ずかしいなぁ」
そんな時、CoPeoの通知が鳴り響く。葵からだ。親友達との電話中だが、二人は相手が葵と知ると即座に退散した。葵と早く進展するように言い残して。
葵からのメッセージはこうだ。
『部活お疲れ様。スプリングコンサートがあるんだってね。さっちゃんも出るの?』
『葵くんもバイトお疲れ様。うん。最初から最後までずっと出るよ』
『バイト入れないて観に行くよ。楽しみ』
支部大会以来、葵が公式の場で聴きにくるのはこれが初となる。葵が来るならばソロもピッコロも勝ち取らなくては。
『ありがとう! 頑張るね! オーディション緊張してきちゃった』
葵はどこの席に座るんだろう、どこにいるのか探しそうだ。そんな妄想、今からしても仕方ないのに。
『オーディション? 最初から出るんだよね?』
『ピッコロとソロのオーディションだよ』
ベッドに寝転がっている葵もソロの意味はわかった。ピッコロはすぐに調べてフルートの小さい楽器だと認識してから返信しようと打ったのだがーー
『何となく分かった笑。さっちゃんなら大丈夫だよ。俺が付いてるから』
ここで手を止めた。俺が付いているからという言葉がとても恥ずかしい。つい打ってしまったが、皐月が嫌がらないだろうか。このまま送るか否か。
『何となく分かった笑。さっちゃんなら大丈夫だよ。応援してる』
心臓がうるさいので書き換えて送った。臭い台詞にも感じてしまったのもあり、消してよかったと思いつつ、送ればよかったのかと悩む。
そんな皐月からは別の話題が飛んできた。
『ありがとう、頑張るね! ところでバイトはどお? お料理運んだり大変じゃない?』
左腕を気にしているのだろうか。単にバイトが気になるのか。とりあえず葵は返信をした。
『だいたいロボットが運んでくれるから平気だよ。大変なのはメニュー覚あることかな』
『ロボット? 値段とか言えるようにしたり?』
ロボットの説明が難しい。実際には見てもらうのが一番だが、さっきも忙しあので暫く先になるだろう。誤魔化す事にした。
『そ、ロボット。値段までは気にしてないけど、皿の種類とか乗っている食材とか。注文と違う料理じゃいけないから、ダブルチェックしないといけないんだ』
それなりに種類が豊富な料理だが、セットメニューは固定化されている。だが、葵にとってサブメニューも含めると多い印象があるので覚えるのも辛い。それはキッチンの和俊も同じなのだ。泣き言など言えない。
『ダブルチェック! 大変そう……』
『帰ったらすぐシジミに癒しを求めるんだ』
猫のシジミ写真を一枚送る。お気に入りの一つで、膝の上に乗って丸くなっていた時のものだ。皐月からはすぐに可愛いというスタンプが送られ、釘付けになっている様子が窺える。
そんな皐月の頭を撫でると、どのような反応をするのだろうか。擦り寄ってくる姿を妄想してしまうと、つい枕を抱きしめていた。我にかえると、さらに心臓が煩くなるメッセージが突き刺さった。
『こんなフワフワな事されたら動けなくなっちゃうね。いいなぁ、会いたいなぁ』
これは猫のシジミをきっかけに家に招待する絶好の機会では。流石に家に招待するという意味を考えると、吹奏楽脳の皐月が葵との距離を物理的に縮める目的とは思えない。純粋にシジミに会いたいという考えが容易に浮かぶ。
(そういう俺自身も、抱きしめたいけどさっちゃんと一緒にいるだけでも満足するからなぁ。せめて手ぐらいは繋ぎたいけど、家に誘ったらどんな反応をするかな)
『会ってみたい?』
誘うのは恥ずかしいのでこれで送ってみたものの、返事が来るまで緊張する。
一分、二分、三分ーー五分経過した。悩んでいるのだろうか。と、気づいたら時計はまもなく日付が変わる頃。もしや皐月は寝落ちしているのかもしれない。
皐月の返信が気になりながら、葵も布団の中に潜った。そんな彼は夜中にシジミのふみふみ攻撃で起こされたのだった。




