11話 正式入部の日
葵が面接を受けるその日は、各部の正式入部の日でもあった。
晴巳はバスケットボール部へ、皐月は吹奏楽部へ正式に入る事になった。吹奏楽部は全国大会出場回数が多い事もあり、一年生は四十数名と大人数だ。ほぼ一クラス分である。そこからどの楽器をやるのか決めるのだが、トランペットやクラリネットは人気が高い。フルートは三名募集に対して経験者二名は確定しているため、一名初心者を募集する事になる。
どうやって担当の楽器を決めるのか。その方法は部長の飯島の言い様からミーティングで発表された。
「オーディションでやります」
初心者一年生はざわめいた。だいたいどの楽器も人数がオーバーするものの、中には体格や身長で希望が叶わない場合がある。トロンボーンは腕が短いと紐をつける場合もあり、チューバやコントラバスは背が低いと厳しいなど、考えものだ。
身体的に問題ない場合、次は楽器との相性。もちろん努力次第で伸びるものは伸びるが、中には直すべき忠告を聞かずに直さず伸びない人もいて、辞める人がいる。そんな事を飯島が説明した。
「秋山高校の伝統行事なのよ。希望の楽器が出来なくても、どの楽器もやり甲斐はあるし演奏する上で重要なの。質問などありますか」
一人の生徒が手を挙げた。
「努力次第で伸びるなら、好きな楽器でいいんじゃないですか」
「ごめんなさい、大事な事を言ってなかったわね。音楽にはバランスがあります。例えば歌手でバンド組んでいるでしょう。みんながドラムやボーカル、ギターだったら成り立ちませんよね? ベースと必要なんだから。それと一緒です」
バントに例えたら納得した人が多かったようだ。オーディションといっても構えや音がどれだけ出るかなどの簡易なものである。第三希望までの楽器を吹き比べるのだ。決めるのはパートリーダーの三年生達である。
そのオーディションが別室で行われている間、皐月達はパート別に分かれた。皐月はふと疑問を尋ねた。
「初心者の子が入ったら、誰か教えるんですか?」
「もも」と堤花が答えた。
まずは運指標を見ながら、楽譜の読み方は小学生の音楽の授業でも習っている事なので、あとは曲の中で覚えていく事になる。
追いつくまで努力は必要なものの、何とかなるという。
基礎練習も一通り終えると、五月半ばに行われるスプリングコンサートと夏の吹奏楽コンクールの楽譜を取り出して練習を開始した。
スプリングコンサートは初心者含めた全員が出られる二部構成で、一部は経験者と二、三年生、二部は全員が参加するのだ。
「春コンも曲数はそれなりにあるけど、二部はポップスもあるから馴染みやすいというか」と早川奈津子。
「定期演奏会と学園祭の間って感じっすね」と中川涼。
「そっちはいいけどコンクールは無慈悲なオーディションだから、気合い入れないと。涼もうかうかしてると皐月ちゃんにピッコロ取られちゃうよ」と揶揄う佐藤弥生。
「そうなったら弥生のポジション狙うから覚悟しとけよ」
そんなこんなで賑わいながら、真面目に練習を始めた。
更にはマーチングの練習もしなくてはならず、筋肉痛はある程度和らいだが辛いことには変わりない。毎日のように汗をかくのでタオルが必須だ。基礎となる基本の歩幅を守りながら上半身を動かさないように、まずは体に叩き込んでいるのだ。
毎日がなんて忙しくて楽しいのだろう。辛いのは筋肉痛だけだ。気持ちをスキップさせて女子トイレに入り、用を済ませた所で話し声が聞こえてきた。
「オーディションとかだる。トランペットがよかったのにホルンになりそう」
「ホルンってぐるぐるのやつ? あたし打楽器だよ。叩くだけだしダサくない? サックスが良かったのに」
どの楽器も重要だと言う、部長の言葉が響いていなかったようだ。打楽器は複数やるものの、叩き方一つで音が変わりどれも目立つ。
トイレの個室から出たものの、知らない顔の女子二人だったので特に話しかけずに手を洗い始めると、名前を呼ばれた。
「あ、佐山皐月」
いきなり呼び捨てで声をかけられるとは思いもしなかった。
「葵くんの彼女でしょ。楽器も好きなのできるし、いいよね」
手を洗った二人は、吐き捨てるように言うとそのままトイレから出ていった。
名前もまだ知らない人達だが、なぜ自分を知っているのか、彼女らに何かしたのかと考えた。葵の彼女だからと察したものの、有名な彼には驚かされる。
(……彼女かぁ)
彼女とは何をすればいいのか、さっぱりわからない皐月は気を取り直して部活に励んだ。今は部活で曲の練習が優先なのだから。その後はマーチングの基礎練習が待っている。何で楽しいのだろう。
そんな皐月が葵からの連絡に気づいたのは、部活が終わった後の夜八時だった。楽器を片付けている時に携帯電話の通知に気づいたのだ。
『バイト合格したよ! 早ければ週末から働けるって。さっちゃんは部活、俺はバイトで互いに頑張ろう』
おめでとう、とすぐに返事を返したものの少し考える。返事はこれだけでいいのだろうか。葵を祝う気持ちが伝わっていないのではないか。
そんな事を考えている時、同じく楽器を片付けている涼が皐月に声をかけた。
「皐月ちゃん、何でナナサワにした?」
「吹き比べたとき、一番相性が良かったんです」
「やっぱりそうだよね。帰りは電車? 良かったら途中まで一緒に帰らない?」
瞳の中が楽器で埋もれている彼を揶揄うように三年のパートリーダーの渡辺ももが話しかけた。
「涼、あまり皐月を困らせないでね」
「たた楽器の話をして帰りたいんです。話し始めるとみんな逃げるじゃないですか」
「あんたのうんちくが凄くて耳が疲れるの! 菜奈はダメだよ。名前変える実績作りしないといけないから」
必要な事は自分から教えるというフラワーこと堤花が鼻を鳴らした。
フルートパートメンバーは仲がいい。練習の際も技術と表現の向上にはどうしたらいいか等、互いに高め合える事をする。楽器の話は皐月にとって大好物の一つなだけに、涼としっかり話してみたかったのだ。
「何だよそれー。まあいいや。帰ろうぜ、皐月ちゃん」
涼に誘われて話しながら帰宅する道中、楽器の話で盛り上がり始めた。幅はそれだけではない。
「音色がガラリと変わったのがナナサワだったんです。吹き比べて思ったんですけど、メーカーによって感触も違いますよね。マーヤの管は太くて厚さがなさそうと言うか、質の問題でしょうか」
「それなー、俺も思ったんだよ。マーヤはそんな傾向でナイルはちょっと細く感じるんだよ」
「分かります! 手でしっくり来ないんですよね。で、何やかんやでバランスのいいナナサワってイメージになっちゃうんです!」
「そうそう、それそれ!」
互いに吹き比べた感想やメーカーのほんの少しの違いなど、話せば話すほど盛り上がっていく。
夜なので時々声を落とそうと互いに注意しながら駅まで向かって行った。
「はー、満足。皐月ちゃん楽器に詳しくて俺嬉しいよ」
「私もここまで沢山話せたの、涼先輩が初めてです」
満面の笑みを向けた皐月に、涼は微笑み返した。
「マジで? 嬉しいな。またいろいろ話そう。じゃ、また明日」
「ありがとうございます。お疲れ様でした」
少し離れたところで、涼は帰宅中の話題を思い返してはにかむように笑った。
(可愛いな皐月ちゃん。楽器詳しいし、今度フルートフェアに誘おう。みんな行かなくても皐月ちゃんなら行くっしょ)
会釈して見送った皐月は上機嫌だった。涼の楽器の詳しさは話を聞くだけでも楽しい。早速杏と葉子に『楽器に詳しい先輩、知識すごいよ!』と連絡した。




