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皐月と葵〜恋愛初心者同士の付き合い方〜  作者: 青枝沙苗


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9話 身体測定

 春に行われる年に一度の身体測定。身長体重等から体を動かす持久力や柔軟等のチェックが行われるものだ。誰にでも経験があるそれは、体育館で絶望している皐月にとって地獄の一日である。


「身長は楽しみだからいいけど、なんで握力とか反復横跳びとかがあるの……。苦手なのに~」


「身体測定は私たちが自分の身体の状態を知って、自己管理が出来るようになることが目的なの。生活習慣病の話とか聞かない? たとえ痩せてても血液ががドロドロだったりする人もいるし、若いからって誰もが健康なわけじゃない。いつ何があるか分からないのよ。だから今のうちに自分自身に興味を持ってほしいんでしょうね」


 隣の相模楓の淡々とした説明に皐月を含めた女子たちの目玉が真ん丸になり、口が半開きになっていた。そして無意識に送られる拍手喝采。びくりと体を震わせる楓は驚いた。


「すごいよ相模さん! そこまで考えたことなかった!」と皐月が尊敬のまなざしを向ける。


「体重とかただの嫌がらせだと思っていたけど、そういえばうちのお父さんも健康診断の結果が悪いからって去年病院に行ってた」


 自分の両親も同様だという女子がちらほらと現れ、楓はほんの少し頬を赤らめた。彼女にとっては皐月の疑問に答えただけなのだが、それが褒められるとは思わなかった。


「頭いいんだね、相模さん」


「違うの、ただ本とかネットで得た知識だから」


 ほんの少し頬を桃色に染めて俯く楓が可愛いと、皐月たち女子は賑わった。

 逆に葵と晴巳、和俊の三人はその様子を見ながら入念にストレッチをしている。


「仲いいなぁ、うちのクラスの女子たち。今朝だって皐月ちゃんに葵との馴れ初めとか質問して円満だったしさ」


「な、馴れ初め?」と心臓が跳ね上がる葵。


「昔家が隣だったってのと文通してたって話だよ。腕の複雑骨折は俺のクラス中に知れ渡っちまったよ」


「同じ泉河出身がいるからそれは仕方ねえか。そういえば葵、秋だっけ? 腕のプレート外す手術」


「来年の秋な。回復が早いから今のところそんな予定だって。入院自体は一週間ぐらいかな」


 入院と言えば、前回の入院時は中学三年生。皐月が全国大会に行けなかったら再開が出来ず、文通も途絶えてしまった。余程辛かったのだろう。全国大会に行けない気持ちは葵自身も分かっていた。


「無理すんなよ。まだ万全じゃねえんだし」


「分かってるって」


 ストレッチが完了した葵は皐月の方へ視線を向けた。するとぱちっと目が合ったのだ。その瞬間、互いに視線を逸らした。葵の口元が緩み、つい手で口を覆ってしまう。そんな二人はこんな事を思った。


(さっちゃんと目があった、さっちゃんと目があった、やべえ嬉しすぎる)

(葵くんと目があっちゃった、葵くんと目があっちゃった、どうしよう恥ずかしい)


 同時に深呼吸すると立ち直る。共に友人に心配されるが、はぐらかすだけだ。

 そして皐月にとっての戦いはまだある。ーー筋肉痛だ。

 少し動かすだけでも痛みがある。種目に反復横跳びという拷問があり、覚悟を決めるしかない。


「次、相模と佐山」


 呼ばれた先ではまず握力から。皐月は毎度握力が弱く、今回も十三、十四と低い数字。相模は十八前後である。つい比べてしまった皐月は、猫の耳が垂れるようにしょんぼりとした。

 しかし得意な種目もある。柔軟性だ。前屈のは太ももと胸がピッタリくっつくのだ。


「とても柔らかいのね。すごいわ。体操の経験とかあるのかしら」


「ないよ。寝る前にストレッチはするようにしてるだけ」


 葵もこれは目撃しており、皐月の柔軟性の高さに驚きを隠せなかった。その葵は垂直跳びを行うのだがーー

 屈伸をするように反動をつけて片腕を上げて飛び跳ねた。上げた腕は利き腕の左で、負傷した腕だった。

 気づいた時には遅く、微かに記録するボートに触れたものの伸ばし切ったがために痛みが走る。

 着地と同時にしゃがんだ彼は利き腕を押さえながら歯を食いしばった。


「大丈夫か和久井!」


「先生、俺が保健室に連れて行きます。立てるか葵」


「いい。少し休めば痛み取れるから」


 その声が聞こえた皐月は騒ぎの方向へ視線を送った。葵を囲うように人溜まりが出来て中の様子が見えない。


「葵くんに何かあったの?」


 不安な表情を浮かべる皐月に、目撃していた女子生徒が垂直跳びをしたら腕が痛んだらしいと答えた。

 左腕を押さえ、和俊に支えられながらゆっくり歩いている。額には汗が滲んでいるようだ。

 心配になった皐月は彼の元に駆けつけ、声をかける。


「葵くん! 大丈夫?」


 冷や汗を流して辛そうにしている葵は、不安で眉を八の字にしている皐月に向かって微笑んだ。


「大丈夫だよ。つい癖で利き腕でやっちゃっただけだから」


 体育館の壁に退避した葵は、皐月と和俊と共に座り込んだ。


「だから気にしないで」


「気にするよ。だってその腕……」


 言葉を飲み込んだ皐月は葵の腕をじっと見つめた。手紙に書いていた骨折した腕なのだから。

 ふと見ると、額に汗が滲んでいる。汗が出るほどの痛みだったのだろう。皐月はジャジーのポケットからハンカチを取り出すと、葵の額を噴いた。

 腕を上げて近づいたとき、皐月からフローラルな香りが葵の鼻腔を通過した。


(うわ、いい匂い)


 皐月が葵の額を噴き終えると、彼の顔は赤くなっていた。


「ご、ごめん! つい……。いきなりだったからびっくりしたよね」


 ハンカチをポケットの中に入れて体育座りした皐月の顔も赤い。


「そんなことないよ、ありがとう」


 こんなやり取りを隣で見た和俊は、目が点になっていた。どちらも異性に耐性がないような反応が中学生のように思える。そして皐月を前にするとまるで乙女のようになる葵も初めて見るのだ。

 次の測定で皐月が呼ばれ、葵に手を振ってその場を離れた。


「葵、お前大丈夫?」


「だいぶ痛みは取れたから平気」


「そうじゃなくて、佐山さん相手だとお前女々しくなったぞ」


「すっげえいい香りしてたから」


 戻った皐月は反復横跳びをやるようだ。筋肉痛だと言っていたが大丈夫だろうかと心配になる。その様子がまるで母親のようにも見えた和俊は、小さく息を吐いた。

 視線の方向の皐月はぎこちない動きをし、測定が終わると脚を擦りながら離れた。隣の楓が心配している様子だ。葵も自身の腕より筋肉痛の皐月を心配している。自分の腕の方が重症なのに。


(面白いから、しばらく観察してみるか)


 この日、皐月は他の記録は基準以下の結果に終わった。


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