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余白多い2通

作者: まりこ

栞里へ


下地栞さまへ


初めまして。掲示板で文通相手を募集していた「たくみ」といいます。

あの書き込みを読んで、「この人なら、自分の変なこだわりもちゃんと届くかもしれない」と思って、手紙を書くことにしました。

僕は高校でギターを弾いています。バンドをやってて、最近はオリジナル曲を作り始めたところです。 歌詞を書くって、思ってたよりずっと難しいです。単語ひとつで曲の空気が変わるし、ほんの少しの言い回しで、自分の中の何かがにじみ出てしまう。 そんなふうに言葉を選びながら、だんだん思ったんです。 僕、たぶん歌よりも“ことば”そのものに惹かれてるんじゃないかって。

たとえば「うすら寒い」って、ただ寒いよりも“さみしい”が混ざってる気がするし、「あけがた」って言葉には夜の余韻と朝の希望が同時にある。 そういうの、もっと見つけたくて、誰かと共有したくなって。 だけど、学校の友達には言えないんです。照れくさいというか、ちょっと浮いてるって思われそうで。 だから、手紙っていいなと思いました。 顔も知らない人に、自分のまっすぐな言葉を届けるこの感じが。

もし迷惑じゃなかったら、少しずつ、文通してもらえたら嬉しいです。 差出人の名前と住所は封筒の裏に書きました。返事がなくても大丈夫です。これは、僕の最初の「手紙の歌詞」なので。

それではまた。


金丸巧


/////

金丸巧さんへ


お手紙、ありがとうございました。 ポストから封筒を取り出して、宛名を見て、ちゃんと手紙が届いたんだなって、なんだかくすぐったい気持ちになりました。

私は栞といいます。名前は本名です。職業は葬儀屋で、いま21歳です。 あなたの手紙を読んで、「言葉を大事にする人だな」と思いました。 でも、ちゃんとした感想を書くのって難しいですね。読みながら、何度も笑いそうになったし、ちょっとだけ泣きそうにもなったんですよ。手紙でそんなふうに思ったのは初めてでした。

私が文通を始めた理由を、ちゃんと書いておきますね。 葬儀の場では、故人に向けて家族が手紙を読むことがあります。 書いた本人が読むときもあるし、代読することもあります。どれも、愛情や後悔やありがとうが詰まっていて、美しいです。でも、悲しくもあります。 そういう手紙ばかりに囲まれているうちに、私は「手紙って、悲しいものなんだ」と思い込むようになってしまって、それが嫌でした。

だから、逆のことをしてみようと思ったんです。 生きてる人と、生きてるうちに、なんてことのない手紙をやりとりして、「ああ、今日も手紙っていいな」って思いたかった。 そんなとき、掲示板でたくみさんの募集を見つけました。 「日本語が好き」って書いてあって、それだけで惹かれました。私も同じだからです。

「あけがた」って言葉、私も好きです。あれって、なんだか“夜の名残り”みたいですよね。 あと、もしよかったら、あなたのバンドの話とか、作ってる曲のことも、もっと聞きたいです。

それではまた、お手紙を楽しみにしています。


下地栞


/////

下地栞さんへ


お返事ありがとうございました。

葬儀屋さんというお仕事に就いていること、手紙が悲しみと結びついていること――栞さんの言葉を読んで、少し背筋が伸びるような気持ちになりました。

僕は「言葉」を音に乗せて表現しようとしています。だけど、どんなにコードやメロディを工夫しても、最後に残るのは「どんな言葉を選んだか」なんですよね。 だから、音楽とは別の場所で言葉と向き合いたくなったんです。 栞さんが言っていたように、“今日も手紙っていいな”って思えたら、すごく素敵だと思う。

……実は最近、ガラスペンを買いました。 初めて見たとき「これは楽器だ」と思いました。細くて、透明で、陽にかざすとペン先が光る。 僕は今、色彩雫のインクを7本並べて、その日その日の気分で色を選んでいます。 今日のこの手紙は「葡萄ぶどう」色。紫なんだけど、ちょっとだけ赤が混ざってる。 「紫」って、青と赤の境界にあって、冷たさと温かさを同時に抱えてる気がしませんか。 手紙の最初の一文字をインクで紙に落としたとき、自分の内側がその色で染まるような感覚になります。

同封の写真は、今朝撮ったものです。 ガラスペンを持つ手だけ写っています。自分の顔を見せるのはまだちょっと恥ずかしいけど、せめて書くときの雰囲気だけでも伝わればいいなと思って。 栞さんは、どんな道具で手紙を書いていますか? ペンの感触とか、紙の手ざわりとか――そういうことも、もしよかったら聞かせてください。

あと、今度バンドのメンバーで新しい曲を録音する予定です。 まだ歌詞が半分しかできてないけど、タイトルは「朝焼けの余白」。 “あけがた”って言葉から着想しました。


また手紙、書きます。


金丸巧


/////

たくみさんへ


お手紙、うれしかったです。

ガラスペン、いいですね。光に透けるペン先のことばかり想像してしまいました。 私はずっと、サラサの万年筆を使っています。色はビンテージカラーのブルーブラック。 ただ、単純に手に馴染むから選んだものでした。 でも、あなたのインクの話を聞いて、今回はレッドブラックで書いてみています。 まだ使い慣れてはいませんが、色が変わると、白い紙の上の景色も変わる気がして、なんだか手紙を書く楽しさがひとつ増えた気がします。

そして、「朝焼けの余白」というタイトル、すごく素敵だと思いました。 あけがたの微妙な光や空気感が伝わってくるようで、思わず曲を聴いてみたくなりましたよ。

葬儀の仕事は、言葉と時間に真剣に向き合う毎日です。 そんななかで、たくみさんとの文通は、私にとって小さな灯りのような存在です。 これからも、いろんな色の言葉を交換できたら嬉しいです。



/////

栞さんへ


レッドブラックの文字、すごく好きでした。 ペンの色が違うだけで、同じ栞さんの手紙でも、ちょっと違った声で話しかけられてる気がして。 音楽でいうと、アコースティックギターをエレキに持ち替えたみたいな感じでしょうか。

そういえば最近、古井由吉という作家の本を読みました。 図書館でたまたま名前を見つけて、タイトルに惹かれて借りてみたんです。 読んで、少し言葉が出なくなりました。 音楽のような文体、とかいうと月並みすぎますが、まるで空気の中に湿度を流し込むような文章で。 こんな日本語があるのか、と驚きました。 ひとつひとつの言葉が、心の中のまだ名前のついていない感情に、そっと名札をつけてくれるような感じがしました。

僕は音を使って自分を伝えようとしていたけれど、最近は、言葉の静けさの中にしか宿らないものがあるような気がしてなりません。 そんなことを考えながら、「朝焼けの余白」という曲を仕上げました。 バンドのメンバーと文化祭で演奏する予定です。

また手紙、書きます。


たくみ


\\\\\

たくみさんへ


曲、完成したんですね。おめでとうございます。

タイトルを聞いたときからずっと気になっていたので、手紙の中でそう聞けて、私まで達成感のようなものを感じてしまいました。 「朝焼けの余白」――とてもいい名前ですね。 音がどうなっているかは想像するしかないけれど、その余白の部分に、きっとたくみさんの思う“言葉にならないこと”が詰まっているんじゃないかなと思いました。

少し、私の話をしてもいいですか。

つい先日、友人のお母様の葬儀を担当しました。 プライベートと仕事が混ざるのは、実は初めてでした。 「いつもどおり」に進めるつもりでしたが、どこかで気持ちが追いつかなくて。 ふだんなら平気なはずの式次第の読み上げも、少しだけ声が震えてしまったのが、自分でも意外でした。 葬儀は一度きりなのに、どこかで「失敗できない」と緊張して、でも、もっと感情を込めたかったという気持ちもあって、終わってからずっと考えていました。

帰り道で、あなたの「音楽の中に宿る静けさ」の話を思い出しました。 私も仕事のなかで、そういう静けさを大切にしているつもりだったのに、今回はうまくできなかった気がして。 でも、きっとそういう日もあるんですよね。

書いてみて、少し整理ができた気がします。 手紙って、不思議です。 誰かに伝えようとすると、自分の言葉なのに、自分でようやく気づくことがあります。 今日のインクはまたブルーブラックに戻しました。 でも、ほんの少しだけ赤が混ざったような気持ちで書いています。


また手紙、楽しみにしています。



\\\\\\\

栞さんへ


手紙、ありがとうございました。

文章を読みながら、「これは、読むというより、聴く手紙だな」と思いました。 文字を目で追いながら、声にならない部分に耳を澄ますような時間でした。

お友達のお母様の葬儀――おつかれさまでした。 栞さんが「ふだんなら平気なはずの式次第の読み上げで声が震えた」と書いていたところ、とても胸に残っています。 きっとその声の揺れは、失敗なんかじゃないです。 というより、それがあったからこそ、その場にいた人たちにとって、ちゃんと“人の手でおくられた式”になったのではないでしょうか。 プロとしての姿勢と、友人としての気持ち。そのふたつが両立しないことってありますよね。 自分のなかに二人いるみたいに感じるというか。

僕にも、そういう場面があります。 曲の演奏中に、ふいにある人の顔が浮かんだとき、手が止まりそうになることがあるんです。 演奏は続けているのに、心がその瞬間だけ取り残されるような、静かな置き去り感。 そういうとき、僕は“音楽の揺らぎ”に身を預けるしかなくなります。 予定通りには進まないリズムも、思いがけず伸びた休符も、そのまま肯定していくしかない。

栞さんの手紙を読んで、葬儀という場でもきっと似たようなことがあるんだと知りました。 一度きりの儀式を、完璧に進行することと、感情をきちんと添えることのあいだで揺れる感覚。 栞さんは「書いてみて整理ができた」と言っていましたね。 僕も、いまこの手紙を書きながら、心の中の「わかっていたつもりだったけど言葉にしてなかったこと」が、ようやく見える気がしています。

手紙って、やっぱり不思議ですね。 相手のために書いているのに、自分の中も澄んでいくようなところがある。 今日のインクは、藍色です。 落ち着いていて、でも少しだけ冷たい。そのぶん、ちゃんと熱を持った言葉じゃないと負けてしまう気がして、この色を選びました。

封筒に写真を一枚入れています。 駅から高校へ向かう道に、コスモスの群れが咲きはじめました。 紫、白、ピンク。風が吹くたびに、あの細い茎がいっせいに揺れるのを、今朝はしばらく立ち止まって眺めていました。 ふと、これは手紙に似ているなと思いました。 紙の上に立っているのは、言葉という名のコスモスで、風はきっと、あなたのまなざし。 それに揺れて、僕の言葉がかすかに揺れるなら、それはとても嬉しいことです。

また書きます。


たくみ

/////


●●●●●●●●●

ってところまで、小説書けたんだけどさー。この先がどうしたら良いかわからんのよね。

どうなったら面白いんだろ。感想待ってるね。


親愛なる友、詩織へ


佳奈より


●●●●●●●●●

佳奈へ


おまえ、勝手に私の名前で妄想するなよ。

ゾクっときたわ! でも、なんかおまえ、言葉選ぶの上手になったね。

続編待ってる。


詩織より


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

っていう小説書いたんだけど、どう?このメタい感じ?

初めて書いたにしては上出来かな?書いてみてわかったけど、栞里って何本も書いててすごいね。尊敬しちゃう。 栞里の感想聞かせてね。


心の友、可奈より


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


可奈さんへ


失礼ながら、差し出し先の住所、間違えていらっしゃるかと思います。

何気なしに封を開けてしまいまして申し訳ありません。 でも、とってもビックリしました。

何層にもなる小説の書き方、興味深く読んでしまいました。


続編あれば、送ってくださっても構いませんのよ(笑)


キヨ


■■■■■■■■■


こうして私と花村キヨさんとの文通が始まって今日で5年、これから初めて一緒にランチしに行く。

切手のない手紙を鞄に入れて家を出た。

今日は栞里は仕事で来れないと言っていた。


[完]


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