表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/52

第1章・第5話 斉の無常鬼・馬光

 時は第1話の少し前へと、(さかのぼ)る。


「兄ちゃん、強えぇな。助かったぜ」

 まだ血が乾ききっていない剣の手入れをしながら、長身の男に声を掛けた。声を掛けた男の方は左眼が隻眼で縦に傷が有り、戦いで付けたものである事は一目で分かる。

 声を掛けられた長身の男の方は「たまたま通りかかっただけだ、気にするな」と言ってお礼を断った。

 話を聞けば隻眼の男は、日銭を稼ぐ為に傭兵をしていると言う。「こんな戦乱の世の中だ。俺みたいなのは食いっぱぐれがなくて良いや」と、酒を飲みながら笑った。

 長身の男の方は、武者修行の旅をしていると言う。

「それなら俺と一緒に傭兵にならないか?」と、勧められて「特に当ての無い旅だ。それも良いだろう」と、了承した。

 彼らは、北遼軍との戦いで活躍し、いつしか無常鬼と呼ばれた。無常鬼とは、中国で言う死神の事である。無常鬼は白と黒の2対で現れ、白は長身で黒は背が低い凸凹コンビだ。背の高い方の男は馬光(マー・グゥァン)と名乗り、隻眼の方は瑛深(イン・シェン)と名乗った。

 北遼軍に対抗する連合軍に、傭兵として参加していたが、連合軍は瓦解してしまい、これからどうしようか?と話していた。

「何か悩んでいるのなら遠慮するなよ、哥哥(グゥアグゥア)(義兄)」

 隻眼の瑛深(イン・シェン)馬光(マー・グゥァン)を慕い、義兄弟の盃を交わしていた。

阿深(ア・シェン)、実は先日滅ぼされた韓とは浅からぬ縁があってな。俺はその復讐をしなければならない」

 酒を飲んで溜息をついた。

「何だ哥哥(グゥアグゥア)(義兄)、主君の仇討ちか?」

「まあ、そんなところだ…」

哥哥(グゥアグゥア)(義兄)、だがそれは傭兵なんかじゃ無理だぜ?」

「そうだ。それで思案に暮れていたのよ」

 焚き火の炎が夜空に向かって昇るのを見ながら言った。

「一つ可能性があるんだが…間も無く斉が武演祭を開く。今あの国は広く人材を求めてる。武演祭で優勝すれば、将軍になるのも夢じゃないぜ?哥哥(グゥアグゥア)(義兄)なら優勝間違いなしだぜ」

「武演祭?あぁ、武挙の事か」

 馬光(マー・グゥァン)は、(うなず)いて賛同し、2人は翌朝から斉国に向けて出立した。

 中華で人口の多い北半分が、南遼を残して全て北遼に占領されてしまった。中華の南半分で強国と呼べるのは斉と楚と秦だけだ。そのうち斉国は塩の専売による貿易で、巨額の利益を上げ国は潤い、その財を投げ打って広く文化人や武芸者を登用しており、一大強国を成していた。

「おっほぉ、凄ぇな。長安や洛陽よりも都会なんじゃないのか?」

 瑛深(イン・シェン)は都である長安や洛陽に行った事はない。伝え聞く都のイメージをこの建業に重ねたのだ。三国時代は呉国が首都に置いていた都市である。

「確かに活気があって良いな」

 瑛深(イン・シェン)とは違って馬光(マー・グゥァン)は、長安や洛陽にも行った事がある。だからこの建業が、あの都よりも都会だと言う表現を避けた。

 (甲乙は付け難いな)と思いながら先を急いだ。武演祭の舞台の場所まで来ると受付をしていて、参加者らしき武芸者達が並んでいた。

「2人参加だ!」

 瑛深(イン・シェン)がそう言うと、受付者に「もう今日の受付は終わった」と言われた。

「おいおい、何言ってやがる。まだ受付期間中だろうが?」

「今日のは、終わったと言ったんだ」

 そう言いながら、他の者の受付は行っている。瑛深(イン・シェン)は顔色が変わり、掴み掛かろうとした。

「お役人様、どうか今日はこれで」

 馬光(マー・グゥァン)がそう言って袖の下を握らせると、役人が手の中の銀子を握って確認しながら「仕方ないな、特別だぞ」と笑顔で受付をした。

 馬光(マー・グゥァン)はお礼を言って瑛深(イン・シェン)と立ち去った。

「受付するのに袖の下を求めて来やがる!哥哥(グゥアグゥア)(義兄)、腐ってやがるぜ、ここのクソ役人共は!()めようぜ」

 頭に来て吐き捨てる様に言った。

「こんな事は日常茶飯事だ。いちいち目くじらを立てても疲れるだけだぞ?受付と争って出れなくなったり、騒動で捕まりでもしたら阿呆らしいぞ。それよりも、武演祭に出る事が重要だ」

 陽射(ひざ)しが顔に当たって、(まぶ)しそうに武演祭の看板の文字を見上げた。何としても優勝し、将軍となって北遼を討ち、妹弟の(かたき)を討つ。固い決意を抱いた。

 馬光(マー・グゥァン)の本当の名前は紫光(ヅゥー・グゥァン)と言い、韓王の長男であったが側室が生んだ子であり、正室が生んだ弟の紫葉(ヅゥー・イェ)と王太子の座を争うのを嫌い、武者修行と称して国を出奔していた。

 王族は幼い頃から超一流の剣術家から指導を受けて、その強さは達人級にまで達する。馬光(マー・グゥァン)はすでに韓において最強の武人であった。

 馬光(マー・グゥァン)は後悔していた。自分が出奔などせず、弟を支えていれば簡単に北遼などに滅ぼされなかったものを、自分がいなかったばかりに韓が滅んでしまったと、自責の念に(さいな)まされ、せめて(かたき)だけは必ず討って見せると誓っていた。

 数日後、武演祭開催を報せる太鼓や鐘が打ち鳴らされた。出場者は、いずれも腕に覚えのある武芸者だ。

 瑛深(イン・シェン)は第三試合、馬光は第七試合に出る。各々の武器の先端には布を巻き付けられ、対戦相手を死なせない配慮が成された。

 やがて自分の番が来て、第七試合が始まった。先に試合のあった義弟は、すでに勝利していた。

 対戦相手の武芸者はかなりの腕と見えたが、自分には及ばない事は一目で分かった。繰り出された槍捌(やりさば)きも見事だったが、全て(かわ)して足を薙ぎ払って転ばせ、顔に槍を突き付けた。

「勝者、馬光(マー・グゥァン)!」

一礼をして舞台から降りた。

哥哥(グゥアグゥア)(義兄)、流石だな。あいつも相当な腕だったはずだが、相手じゃなかったな。決勝で対戦したら、お互い手加減無しだぜ」

 笑いながら反対側の席に戻って行った。その義弟が負けた対戦相手が、決勝の相手となった。

「始め!」

 お互い微動だにしない。両者の中ではすでに激しい攻防が繰り広げられていた。達人同士の戦いでは、まるで将棋の様に先の手を読み合い、頭の中で駒を差し合う。

「凄ぇ攻防だ。見てるこっちが息が詰まって飲まれちまう」

 瑛深(イン・シェン)の額から玉の様な汗が流れた。常人には理解出来ない高レベルの戦いだった。気が付けば一刻(30分)以上もこの状態が続いていた。

 試験管達は顔を見合わせて立ち上がり、「早く戦え」と言おうとしたが、それを制したのは斉国最強と呼ばれた鎮北将軍の甘罧(ガン・シェン)であった。

「馬鹿かお前ら?水を差すな。お前らには分からんだろうが、既にあの2人は五十合以上打ち合っている」

 試験管達は目を(こす)り、お互いに顔を見合わせた。将軍がこう言っているのだ、目にも見えない速さで、打ち合っているのだろうか?そう考えたのである。

 その状態がいつまでも続くかに見えたが、少しずつ馬光はにじり寄り、対戦相手の魯沁(ルー・チン)は少しずつ後退し、やがて舞台端まで追い詰められた。意を決して踏み出して槍を突いたが、馬光は首を(ひね)って()わし、槍を腰に抱えて横殴りにすると、魯沁(ルー・チン)は舞台から転げ落ちた。

「そこまで!勝者、馬光(マー・グゥァン)!」

 警護が厳重な特等席で見てるはずの斉王・李順(リー・シュン)が現れた。

「王様に拝礼!」

 座っていた者も立ち上がった後、平伏して唱えた。

万歳(ワンスィ)万歳(ワンスィ)万万歳(ワンワンスィ)!」

起来吧(チィーラィバ)!(楽にせよ)」

 李王が右手を軽く振ると、感謝の言葉を述べて立ち上がった。

甘罧(ガン・シェン)将軍、お前とどっちが強いかな?」

 そう言うと鎮北将軍の肩を叩いた。

馬光(マー・グゥァン)とやら、見事であった。将軍を迎える事が出来て、我が斉は更に強くなるぞ!」

 それから数日後、馬光(マー・グゥァン)は四品官の振武将軍として登用された。副将を自分で推挙して良いと言う事だったので、義弟の瑛深(イン・シェン)を推挙し、義弟もめでたく五品官の討逆将軍として登用された。

 その後、北遼軍に斉が攻められると、寡兵となって囲まれたが敵将4人を討ち、「斉国に馬光(マー・グゥァン)あり!」と威名を轟かせた。

 武名が天下に知れ渡ると、呼び込まなくても良い者を呼び寄せた。それはまるで、運命であったかの様に引き寄せられた。

 その者こそ天下最強を求める由子(ヨウ・ヅゥ)であり、あの城壁の上で2人は運命の激突するのである。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ