第2章・第8話 情事
楚軍は退き、捕らえた3将の首を刎ねて晒し、見せしめにしようと韓の将軍達は訴えた。しかし由子は、それらの意見を退けた。
彼女は言葉使いや振る舞いが粗野で、すぐに剣を振り回して武勇を鼻にかけ、自分の意見を押し通すイメージが濃いが、実は権力を傘にして人を殺した事は1度も無い。
この時代の君主や貴族達は、自分の意に沿わぬ部下を容赦なく殺めていた。君主に家臣の生殺与奪の権があったのは勿論、貴族は自分の屋敷の奴婢がお気に入りの皿を割っただけで、死ぬまで板打ちにしていた。それが当然の世界観であったのだ。
「王太后、追撃の許可を」
「駄目だ、追うな。それよりも今は、邯鄲の城壁の復旧作業が優先だ」
由子は龐越の事であるから、負けた場合の手を打っているはずで、深追いすれば手痛い打撃を被る可能性があり、そうなれば勝利も勝利では無くなると考え、追撃を禁じたのである。
「ふふふ、まさか龐越の奴がこれほど強いとは、想定外だったな」
そう言う由子は、強敵が現れて嬉しそうな表情をしていた。
この戦から一月が過ぎて、ようやく邯鄲の城壁が復旧した。この間にも長安の楚軍と涼国が争い、魏国が援軍となって戦っていた。韓は、長安攻めに加わる事が出来なかった。南の楚国と睨み合っていたからだ。
この年、由子の娘である紫嫣が12歳で息子を生んだ。王太子の誕生を各国が祝福し、韓の国内ではお祭り騒ぎとなった。
由子は、32歳で王母(王の祖母)となった。しかし彼女は、まだ20代前半に見えるほど美しかったと言われている。
この時期になると、彼女にも愛する男性がいた。その男性は一回りも歳下であり、名を紫文傑と言い、馬光の従兄弟の子であった。つまり従甥(いとこの子供の事)である。
紫文傑は、馬光と瓜二つであったと言われ、由子は人目も憚らずに彼と寝食を共にしていた。
彼女の夫は先王であり、その従兄弟の子と付き合い始めたのだから、家臣達は猛反対をした。だが意に返す事なく、毎晩の様に紫文傑に抱かれていた。避妊はしていたみたいで、妊娠はしなかった。
あまりにも大臣達が反対するので、表面上では別れた形を取ったが、裏では付き合い続けていた。君主なのだから、家臣なんかに自分の恋愛に口を出す権利は無いだろうと言いたいが、自由恋愛など許されない時代であり、付き合う=結婚相手とする考え方である為に相手の家柄が第1として考えられ、それから財産や人柄を見られた。
家柄を第1として考える為に、古代中国では従兄妹同士など身内の婚姻が多かった。家柄を気にして婚姻するのは皇族や王族、貴族や豪商などであるから親の兄弟の家柄なので、下手な家と婚姻関係になるよりは確実で安心だったからだ。
また婚姻は基本的には父親が決めるものであり、本人の意思など全く介され無かった。この考え方は近代まで続き、地方の農村部などではまだこの考えが根強く残っている所もある。
紫文傑は従甥なので家柄は良いが、王家の直系では無く傍系である為に、将来的にその一族が摂政政治などを行って、王家に禍根を残す事を重臣達は恐れたのである。
それがあるからなのか由子は、贔屓をしたりして紫文傑を登用しなかった。どの時代の君主でも、自分の妃嬪の父親を重職に就けて重用した。しかし彼女は、恋人である紫文傑を重職に就けなかったのだ。
尤も、重職に就けたりすれば重臣達の反発が目に見え、朝政が混乱するのが予見された。
「貴方は貴方。ずっと私の側にいてくれるだけで良い…」
「王母、俺もずっと貴女と一緒にいられれば幸せだ」
2人の蜜月は当然、お互いの侍女達は知っていたが、主を売ったりなどしない。むしろ積極的に、秘密裏に密会出来る様に画策した。
「2人でいる時は、王母と呼ばない約束でしょう?」
「すまない、小璘」
唇を重ね着物の隙間から手を入れ、胸に触れながら首筋に口付けをした。上着の紐を解いて肌けさせると、黄色人種に似つかわない真っ白に透き通った肌が一層に欲情を高めた。あれほど激しい戦闘を幾度と無く体験しているはずなのに、その玉の様な白い肌には傷一つ無かった。
露わになった左肩に舌を這わせながら、形の良い乳房の膨らみを手のひらで愉しみ、右手でその膨らみを揉みながら口に含んだ。由子の体臭は甘い桃に似た香りがし、そのフェロモンに酔った。
美女を表す言葉に『国色天香』と言うのがある。「国色」とは、その国1番の美女の事であり、「天香」とは、天女の様に素晴らしい香りの事を差す。天女の様に素晴らしい香りとは、この世の物とは思えないほど良い香りと言う比喩表現だ。どちらも美女を表す言葉であったり、牡丹の花の比喩であったりする。
中国の国花は牡丹であり、最も美しい花とされる。また、国母である皇后を牡丹に喩えたりする。何にせよ由子が、絶世の美女であった事は疑いようも無い。
紫文傑は我慢出来なくなり、彼女の膣内に入ろうと押し当てた。
「娘娘(由子の事)!楊将軍が謁見を求めているそうです」
これから良い所で邪魔をされ、紫文傑のモノが萎れたので、起き上がって返事をした由子は右手でシゴいて大きくすると、それを口に含んだ。
「嗚呼、小璘。小璘、イっ…イクっ!!」
由子は、口の中に吐き出された白濁色の液を躊躇わずに飲み込んだ。
「満足したか?」
紫文傑は嬉しそうに笑って、大叔母の頭を撫でた。誰もが彼女を恐ろしく思い震え上がる。そんな彼女が自分の前では、甘えて来るのが愛おしく嬉しかった。
自分は先王と瓜二つだと聞く。自分は先王の代わりなのだと思いながらも、彼女は自分を気遣ってそんな素振りを見せない。この幸せが、いつまでも続いて欲しいと彼女の背を見ながら思った。
「大人(文傑の事)も早く着替えて下さい!」
彼の侍女が、急いで退室する様に急かした。この時代では信じられない事に、侍女達が主の行為中も側で待機していた。行為が終われば、濡れたシーツの後片付けや身体を拭いたり、着替えなどを手伝う為だった。
基本的に侍女達は処女であるので行為にも興味津々であるが、主の行為を見る事は不敬に当たる為に目を伏せている。
由子達の侍女では無いが、中には我慢出来なくなった侍女が主が行為を行っている横で自慰行為をしてしまい、「加わりたいのか?」と手を引かれてベッドに連れ込まれて処女を失う者もいた。
当然、主が抱かれている最中に自分が抱かれてしまうのだから嫉妬され、疎まれて最悪の場合は殺される事もあった。
由子は、衣服を整えて楊将軍と会った。
「秦が、我が国に降ろうとしているとな?」
「左様で御座います。秦王・郝温の使者が言うには、楚王・龐越に辱めを受けたのを恨みに思い、一泡吹かして恥を注ぎたいと申しておりまする」
由子は少し考えてから、使者に会うと返事をした。秦王・郝温は、元々の秦王家出身では無い。晋の天下統一の貢献によって、恩賞として賜ったのだ。
郝温は元は由子の麾下にいて、彼女の側近として功績を上げたのだ。トップの由子が何も貰わずに立ち去った為に、繰り上げで褒賞された人であった。
「王母娘娘に拝謁致します!」
「立ちなさい。それで、小温はどうしたいのだ?」
秦の使者は礼を述べて立ち上がると、秦王の言葉を伝えた。由子は使者を下がらせると、目を閉じて溜息をついた。
「龐越、ずっとお前の不可思議な行動を疑問に思っていたよ」
そう呟いた彼女は、寂しそうな表情を見せた。