油断すべからず2
「どうしたんだ?」
振り返ると、アシェルが戻ってきていた。彼はどこか警戒するような視線を、私の隣に座る地図を広げた男性に向けている。
(彼の人嫌いは、人種差別なし。人類平等に向けられるものなのね)
ブレないなと、密かに感動する。
「で、そいつは?」
感慨深い気持ちでアシェルを見つめていると、彼が急かすように、もう一度たずねてきた。
「なんか彼はパルティーヌ遺跡に行きたいみたい。だから今調べてあげてるの」
私が状況を説明する間もなく、アシェルは男性に向かって何やら異国語で話しかけた。すると、地図を広げていた男は一瞬動きを止める。
「○×△☆♯♭●□▲★※」
アシェルが告げる。何を話しているかはさっぱり分からないけれど、彼が男性に向ける視線は冷え冷えとしたものだ。
次の瞬間、慌てた様子で地図をバサバサと畳みながら、赤毛の男性がベンチから立ち上がる。
「○!※□◇#△!」
意味不明な言葉を叫びながら、男性は逃げるように去っていく。
「え、ちょっと!?」
あっという間に彼の姿は人混みに紛れて見えなくなってしまう。
「なに今の? ねえ、何て言ったの?」
ベンチの脇に立つアシェルを唖然とした顔で見上げる。
「ただ、スペルタッチを持ってないのか聞いただけだ。通信系の魔道具を使いこなせない年齢でもないようだったから」
彼はわざとらしく首をかしげる。
「絶対それだけじゃないでしょ」
(脅したりしない限り、あんな風に逃げないわ)
怪しいと訝しみながら、ふとポシェットを触る。すると、違和感があった。
「あ、お金……!」
慌てて中を確認すると、見事お財布が抜き取られている。その瞬間、自分がスリに遭ったのだと把握する。
「あいつ、私のお金を」
悔しさに声を詰まらせる。
「盗まれたのか?」
「地図をやたら広げてくるなとは思ったのよ」
彼に説明しながら、はっと思い出す。
「でも大丈夫! ちゃんとお姉様に言われて、全額持ち歩くなんて、間抜けなことはしてないから」
「つまり?」
「お金は銀行にも入れてあるし、スペルタッチにもチャージしてあるってこと。ね、お姉様」
足元に置いていた鳥カゴを見る。
「え?」
そこにあるはずの、鳥かごが忽然と姿を消していた。しかも、私とアシェルの荷物もない。
「ちょっと待って、なんで??」
頭の中で焦りの鐘が鳴り響く。
「まさかポシェットからお金を抜き取られた上に、荷物を取られて、お姉様が誘拐されたってこと?」
(しかもお姉様には、体調不良の疑惑があるっていうのに!)
最悪な状況にくらりとする。
「青白く発光した羽を持つカラスなんて珍しいからな。マニアには高く売れるんだろう」
アシェルは私の隣に座ると、スペルタッチをポケットから取り出す。
「ちなみに、子どもを探せと頼んできた例の女も、気付いたら人混みに紛れていなくなっていた」
「つまり?」
「ここは飛行船の乗降口付近だ。そのことが意味するのは」
「観光客で溢れてるってことだわ」
閃きを共有すると、彼は頷く。
「迷子の子を探せと絡んできた女と、赤毛の男はグルなのかも知れない」
「アシェルと私を引き剥がそうとしたのね」
「だろうな」
苦々しい表情でスペルタッチを操作するアシェル。そんな彼を眺める私の頭の中で、今日経験した一つ一つの事柄がピタリとハマる音がした。




