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誰が姉を殺したの?  作者: 月食ぱんな
第三部:世界が終わる瞬間
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家出のはじまり1

 キャメロン王国へ向かう飛行船「セレスティア号」は、空を優雅に進む巨大な空中の城という表現がぴったりくる。


 艶やかな銀色の外壁は太陽の光を受けてきらめき、船体に取り付けられた細やかな装飾が、セレスティア号の気品を際立たせるのに一役買っていた。船の両側には大きな羽根のような帆が広がり、風を受けて緩やかにたなびいている。その下に取り付けられた魔導石のエンジンは、微かな青い光を放ちながら、飛行船を静かに前へと押し出していた。


「見て、アシェル!」


 飛行船の展望デッキの手すりに身を乗り出し、銀色に輝く船体の翼を指さす。


「あの帆、本当に鳥の翼みたいに動いてるわ 」


「空気の流れを効率よく調整してるだけなのに、必要以上に装飾的だな」


 肩をすくめながら私が指差す方へ目を向けた彼は、一等客船の乗客として相応しい格好――オフホワイトのジャケットに揃いのベスにトラウザーズといった紳士スタイルに身を包んでいる。


 父親から殴られた頬の痣が青紫色に変化したアシェルは、いつも以上に凶悪なアンデットに見える。


「そんなに目立つか?」


 私の視線に気付いたアシェルが手で頬を隠す。


「ワイルドな紳士って感じで、いつもより三割増くらい素敵に見えるわ」


 からかうように告げると、彼はわかりやすく眉を潜める。


「僕の質問は、目立つかどうかだなのだが」


「どっちだっていいじゃない。そもそも飛行船に乗船している人は、たいして他人を気にかけたりしないわ」


「なんでそう言いきれるんだよ」


「だってこの先に待つ新しい冒険に胸をときめかせるのに、忙しいからよ」


 にこりと微笑み、白いレースの手袋越しに、手すりの装飾をなぞる。


「見て、ここ。彫刻が細かいわ。ドラゴンの鱗までちゃんと彫ってあるの」


「そっちは任せる」


 気のない声で答えた彼は、船体下部に輝く青い光を放つ魔導石に目を移す。


「あの魔石、どうして熱を持たないんだ? 直接見る機会があれば面白そうなのだが」


 眉間にシワを寄せ続ける彼に、苦笑する。


「きっと整備士の人たちが、魔石に水をかけてるのよ」


「さすがにそれはないだろ」


「アシェル、そろそろ、魔導工学の授業中みたいな思考から離れなさいよ」


 私はゆっくり流れゆく遠くの景色に目を向ける。


 広がる青空の中で、雲が流れるたびに船体の影が柔らかく映り込む。時折、遠くの鳥が旋回しながら船に近づいては再び離れていく。


 雲の切れ間からのぞくのは、まるで地図のように広がるルミナリウム王国の大地。


 光を受けて輝く麦畑は、まるで黄金の絨毯のようだ。 その中を縫うように走る街道には、アリのように小さな点となって行き交う魔導車が見えた。 街道沿いに佇む宿場町からは、白い煙が立ち込めている。


 東の方角には王都が遠望できた。 白亜の城壁に囲まれた街並みは、まるで宝石箱の中身のように整然と並び、さらに奥にはケンフォード魔法学校の尖塔が空へと伸びている。


「授業なんかより、ここから見る景色のほうがずっと大事よ」


 一張羅である縦縞の入った、薄い黄色のサマードレスの裾が風になびく。


 親に無断で旅に出た。ここまでは計画通り順調。旅行の軍資金だってある。とりあえずキャメロン王国に到着したら、テミスを探すという目的もある。


(その先はまだ未定だけど、きっとどうにかなるはずだわ)


 雲の合間から見える、平らな大地を見つめ自分に言い聞かせる。


「ほら見て、あの川は上から見ると、まるで銀色のリボンみたいに見えるわ」


「僕には古代語に見えるが」


「いいえ、あれは絶対リボンよ」


「いや、あれは古代語で永続を示す記号だ」


「まったく、あなたって頑固ね」


「君よりはマシだと思うが」


 家出という事実への不安を紛らわせるかのように、いつもより会話が弾む私たち。


 飛行船は雲の海を優雅に進んでいく。デッキに出ている乗客たちの多くは、スペルタッチを取り出して、空の写真を撮ったりしていた。


「ママ、ほら見てあの雲すごい!」


「走っちゃだめよ」


 女の人の声がして振り向くと、大きく飛行船が揺れた。


「わっ」


 バランスを崩した小さな男の子が私に見事体当たりしてきた。


「うわ」


 アシェルに向かってよろけてしまう。


「おっと」


 咄嗟にお腹に腕を回され、彼に引き寄せられる。


「走ると危ないぞ」


 アシェルはすかさず、元気が有り余る様子の男の子に注意した。するとピーコート風のコットンジャケットにパンツスタイルという、小綺麗な格好をした小さな紳士は「ごめんなさい」とシュンと小さくなる。


「お怪我はありませんか?」


 心配そうな表情で私に謝ってきたのは、薄いブルーのサマードレスに身を包む母親らしき女性だ。口元にホクロのある彼女は、艷やかなブロンドの髪をきちんと結い上げ、白い鳥の羽をつけたカクテル帽を被っている。


(格好から察するに、貴族の奥様かしら)


 見た目から同族の匂いを嗅ぎつけた私は、即座に笑顔を貼り付ける。


「大丈夫ですので、お気になさらずに」


「申し訳ありません。あら、あなたどこかで」


 貴夫人は私の顔をジッと見つめてから、後に立つアシェルに視線を移動する。


(彼女の頭の中では、今まさに物凄い勢いで貴族年鑑がめくられているに違いないわ)


 私の読みは的中し、彼女はハッとした。


「もしかしてあなたは、ルグウ――」


「ママ、あっちの望遠鏡を見に行こうよ!」


 グッドタイミングで男の子が駆け出す。


(頑張れ。でも転ばないように気をつけて!)


 心で男の子にエールを送っておく。


「こら、走っちゃ駄目って言ったでしょ!」


 貴夫人は私に会釈すると、子どもを追いかけて行った。

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