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誰が姉を殺したの?  作者: 月食ぱんな
第三部:世界が終わる瞬間
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アシェルの秘密4

 コンラッド侯爵に不法侵入した件について、納得してもらう理由を必死に考える。


「父さん、実は僕は彼女に――」


(アシェル早まっちゃ駄目)


 ここぞとばかり、生真面目さを発揮しかけた彼に焦る。


「わ、私と彼は、一緒に課題をしてるところだったんです!」


 前のめりになって、きっぱりと告げる。


「課題?」


「はい。夏休みの課題です。二人で行う課題で、色々な場所に存在すると言われている霊的エネルギーの分析をするんです」


「霊的エネルギー?」


 バイオレット様が困惑した表情になる。


「ええ。様々な場所を訪れて、エネルギーの強度や性質を測定する課題です。だから動きやすいように仕方なく、こんな格好をしているんですの」


 私は姉のお下がりのベストをつまんで見せる。


(さり気なく、探検家スタイルについても弁解できたし、パーフェクトじゃない?)


 咄嗟についた嘘にしては上手くいったと、つい頬が緩む。


「アシェルはジャケットなのに?」


「彼はいつだって、おしゃれな紳士ですから」


 バイオレット様の鋭い指摘をさらりと交わす。


「男女ペアなんてあり得るのかしら?」


「アーク寮では性別より個人の能力値が優先されますので」


「そうね、あなたもアーク寮だったわね」


 バイオレット様は小さく頷く。何となく陰りのある表情に見えるのは、気のせいではないはずだ。


(だって、アーク寮に振り分けられた人は、人生終わりだから)


 きっと私がアーク寮に振り分けられた時に、我が家で起きた騒動と同じ。アシェルがアーク寮になったことを知らされたコンラッド家でも、家族は揃って絶望感に打ちひしがれたに違いない。


「とにかく、父さん。サインを」


 横道に逸れまくった状態を修正するアシェル。


「だめだ。今回は我慢しなさい」


 コンラッド侯爵は認めない。


「やはり、僕の瞳の色が原因なんですか?」


 核心に迫る問いかけにより、その場に流れる空気が一瞬で凍りつくのを感じた。


「もし僕の瞳の色があなた達と同じ琥珀色だったら、兄さんのように旅行することを、簡単に許したんじゃないですか?」


「アシェル。あなたを信じていないわけじゃないわ。ただ、エリザにとって大事な時期だし、それは、我が家にとっても同じことだから」


 室内にいるアシェルに向かってバイオレット様が必死に訴える。


「結局あなたたちは迷信を信じ、僕自身を信じようとしないんですね」


 吐き捨てるように彼は言った。


「アシェル。母さんに謝りなさい」


 怒りを堪えたような低い声が響く。


「いいのよ、あなた。この子の言う通りだもの。あなたは悪くない。好きでその瞳を持って生まれたわけじゃないもの」


 目を伏せ、肩を落とした彼女は続ける。


「母親の私が悪いのよ」


 力なく吐かれた言葉に、私は既視感を覚えた。


(お母様みたい)


 今のバイオレット様の発言は、姉を救えなかったと後悔する母そのものだ。


「母さんにここまで言わせて、お前はスッキリしたのか?」


 かすれた侯爵の声。


「ええ、すっきりしました。では失礼します」


 感情を一切感じない声。次の瞬間、侯爵が動いたと思ったら、鈍い音がした。


「アシェル!!」


 私は窓に駆け寄り、室内を覗き込む。すると、頬を押さえながら床に座り込むアシェルが目に飛び込んできた。


「お前は、母さんが、私たち家族がどれだけ悩んでいるかを知ろうともしない」


 声を震わせながら、アシェルを見下ろすコンラッド侯爵。


「やめて。この子は何も悪くないわ!」


 バイオレット様がアシェルを庇うように、駆け寄る。


「ごめんなさい。あなたは何も悪くないわ」


 優しく彼の頬を撫でる彼女の指先は震えていた。


「悪いとか悪くないの問題ではない。この家を守るために、アシェルは我慢すべきだろうという話だ。お前だって、家族の一員なのだからな」


 コンラッド侯爵は冷然とした口調で答えたが、その眉間には深い皺が刻まれていた。


「一生旅をさせないとは言っていない。今は我慢しろと言っているだけだろう?」


 諭すように告げる彼の中にも、様々な葛藤があるのは明らかだった。


 アシェルはゆっくりと立ち上がり、バイオレット様の手を振り払う。彼の瞳は、今や冷たい炎のように燃えている。


「この家を守るために必要なこと。それがかつてそうしたように、僕を閉じ込めることですか。なるほど。理解しました。では」


 アシェルが部屋を出ていく。


(どうしよう……間違いなく、私が彼を巻き込んだせいでこんな状況になっちゃった)


 私は頭を抱え、アシェルが出てくる玄関口へと走る。


「アシェルお坊ちゃま!」


 執事らしき人物が彼の名を呼ぶ。しかしアシェルは、容赦なくドアを閉じた。


 大股で庭を突っ切る彼の顔には、怒りとも悲しみともつかない表情が浮かんでいた。何より、彼の唇が切れ、頬が真っ赤に腫れているのが痛々しい。


「ごめん。私のせいだよね」


 大股で歩く彼の隣で、小走りになりながら声をかけた。


「君のせいではない」


「でも私があなたを巻き込んだから」


 ポケットからハンカチを差し出し、彼に差し出す。


「これは僕の問題だ」


「それでも、あなたがどれほど苦しんできたのかを私は知ろうともせず、巻き込んじゃったから」


 ハンカチを彼に突きつけると、彼は急に停止した。


「僕について、何も聞いてないだろうな」


「……使用人が話しているのを少しだけ」


 正直に告げると、彼はため息をつき、ハンカチを受け取った。


「気にするな。どうせ昔からこうなんだ」


「でも、ちゃんと言い返したじゃない。それってすごいことだと思う」


 私の言葉に、彼は短く笑った。


「褒められるようなことじゃないさ。あれは子どもっぽいただの八つ当たりだ」


 私の渡したハンカチで唇を押さえた彼は、再び歩き出す。明らかに怒りにまかせて歩いていた時より、速度が落ちているのでホッとする。


 綺麗に刈られた芝生を踏みしめ、門を目指す。


(こんな状態のアシェルを、我が家にこっそり連れていくのは流石に可哀想だよね)


 アシェルの家ほどではないにせよ、姉を失ったルグウィン侯爵家は平常とは言い難い。


(どうせ、私だってキャメロン王国にすんなり行かせてもらえるとは思えないし)


 アシェルがされたように、根掘り葉掘り聞かれて、姉の喪中なのだからキャメロン王国に行くなと言われる未来が安易に想像できる。


(だって私は、家族に信用されてないもの)


 つくづく難題を押し付ける姉が恨めしい。


(あーあ、お姉様がいなくなって、少しはマシな人生になると思ってたのに、全然上手くいかないわ)


 ルグウィン侯爵家のことばかり優先する父も気に食わないし、姉が死んだ原因を、わざわざみんなの前で、自分のせいだと言う母にもうんざりする。


 いつだって厄介事があると見てみぬフリをする兄もどうかと思うし。


(口には出さないけど、みんなが私を厄介者だと思う分、私だって家族を疎ましく思うことはあるのに)


 アシェルが家族と上手く行っていない現場を目撃したからだろうか。


 蓋をしていたはずの家族への不満が顔を出す。


「大人だったら、親の許可なく自由にどこでも行けるのにな」


 芝生を踏み締めながら、何気なく呟いた自分の言葉にハッとする。


「あのさ、閃いちゃったんだけど、言ってもいい?」


 隣を歩くアシェルの顔を覗き込む。


「どうせ断っても、君は話すだろう?」


「はは、ばれた?」


「で、なに?」


 傷が痛むのか、アシェルが顔を顰める。


「もうさ、家出しちゃおうよ」


「家出?」


「そう。渡航許可書なんて名前ばかりで、要はサインがあればいいだけの形ばかりの書類だし、勝手にキャメロン王国に行っちゃおうよ」


 我ながら名案だと心が弾む。


「お互い、親にはうんざりしてる。貴族社会にも馴染めない。しかも百メートルの呪い持ち」


「病気みたいに言うな」


「何より私たちは、未知への挑戦と禁忌の探究心に満ちたアーク寮生」


「ふむ」


「決めた。私は家出する。あなたはどうする?嫌なら別にいいの。私一人でも平気だし」


 平静を装い彼に問いかける。


(お願い、行くって言って)


 表情や言葉とは裏腹に、一緒に家出をしたいと心から願う。


「いいよ、家出する」


(やった!)


 内心ガッツポーズをして、冷静を装う。


「どうせ絆の制約で、君から百メートル以上離れることが出来ないわけだし」


 皮肉屋の彼らしい、追加の理由。


「そうよ。だから渋々あなたを誘ってあげたんだけど」


 負けずに私も言い返す。すると彼は横目で私を見て、無言で肩をすくめた。


「とにかく、あなたと私で家出することは決定事項。作戦決行日は予定通り明後日ね。寮の玄関に六時集合だから、遅刻しないでよ」


「了解、シャルロッテ隊長」


 珍しく冗談を口にする彼を横目でそっと確認する。すると彼はいつも通り飄々とした表情をしていた。でも、ほんの少しだけ、ハンカチをあてた口角が上がっているように見えた。


 たぶん私の願望が見せた幻ではないはずだ。

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