最後のお願い3
「で、今度は何をすればいいの?」
とまり木に戻った姉は羽を休めながら告げる。
「テミスに会って欲しいの」
「テミスって、お姉様のネッ友の?」
「ほらな、全然簡単じゃない」
アシェルが恨めしそうに姉を見つめ腕を組む。
「でも待って。なんで会う必要があるの?」
「……だって、どんな人か気になるじゃない」
姉はスッと目をそらす。
「なんか怪しいんだけど……」
姉の不自然な行動に、目を細める。
「クラウディア様の興味を満たすために動かされるなんてまっぴらだ」
うんうん、と大きく頷く。
「それに、どんな人物か気にしたところで、所詮ネッ友だ。向こうはクラウディア様のことなんか、これっぽっちも気にしてないだろうな。それどころか、テミスは新たなアカウントに転生して、別の誰かに現在進行系で、不幸自慢でもしてるに違いない」
いつも以上に辛辣な言い方をするアシェル。
(自分のことが話題に上がって不機嫌になる気持ちはわかるけど)
彼に同情しつつ、口を開く。
「ちょっとアシェル。今のはさすがに言い過ぎだわ。お姉様に謝って」
アシェルに一歩詰め寄る。そんな私をすかさず姉がたしなめる。
「いいのよ、ロッテ。テミスがアカウントを変えているかも知れない可能性には気付いているから。それに……」
姉は天を仰いで、それから私たちを見つめる。
「私は死んじゃったけど、同じような悩みを抱えた人が少ない方が、いいに決まってるもの。だからテミスの話は嘘だったらいいと思ってる」
優しく微笑むお姉様。たまらず、そんな姉から目を逸らし拳を握る。
(自分は死んでおいて、なにそれ。もうわけがわからないわ)
目の前のカラスのせいで心が混乱してしまう状況に、ついイライラしてしまう。
「テミスは私の心の支えだったのよ。だから一言お礼がいいたかっただけ」
姉がしんみりとした声で告げる。
(人助けなんてする余裕なんて、私にもないんだけど)
それにアシェルの言う通り、今回に限って言えば、所詮ネットだけの友人だ。
(実生活に深く関わってくる可能性が低いんだし、別にどうなってもいいじゃない)
うんざりした気持ちで、密かに言い切る。
「お願い、テミスに会いに行って。これが本当に、最後のお願いだから」
羽を胸の前で合わせ、懇願する姉。
「いやよ。ネットで出会った人に会うなんて怖いもの」
真っ当な意見を添えて、しっかり断る。
「ふうん。そういう態度ね」
姉は、止まり木の上から責めるような黒い視線を向けてきた。
「言っておくけど、私はまだロッテを許してないわ。何なら、遺言を今から書いて、お父様とお母様にロッテが私にトドメをさしたって伝えることもできるけど?」
今度は胸を逸らし、これ以上ないくらい尊大な態度で私を脅してきた。
「…………チッ」
アシェルの真似をして、舌打ちで返す。
(流石にそれは困るわ。だって、私の人生は、まだまだ続くんだから)
問題児だと思われているだけならまだしも、みんなが大好きだった姉を殺した嫌疑をかけられたら、流石に両親と兄から絶縁されるかも知れない。
(今はまだ、一人で行きていく覚悟もないのだから、それだけは勘弁して)
私はぐったりして姉を見つめる。
「わかったわよ、お姉様。でもそのテミスって人は、一体どこの誰なの? 」
「たとえ、彼女が開示した情報があったとしても、それが真実かどうかはわからない」
すかさず飛んできたアシェルの指摘に頷く。
匿名性ゆえになりたい自分になれるネットは、ある意味嘘で塗り固められた虚構の世界だ。だからアシェルの言う通り、開示される情報を鵜呑みに行動に移すのは、無駄足を踏むことになりかねない。
「大丈夫。二人がキャンプで楽しんでる間に、魔導通信部のアレックスにしっかりテミスの居場所を特定してもらったから」
羽で顔をこすりながら姉が明かした事実に目を丸くする。
「え、アレックス?クロエの弟の彼に、まさか個人的に連絡を取ったの?」
(よく無事に戻ってこれたとしか言いようがないんだけど)
知識欲を満たすためなら、多少の犯罪にも目をつぶりまくる彼にとって、クラウディアを名乗るカラスなんて、格好の研究対象だろうに。
私は姉の体に、変化がないか目を凝らす。
「ジロジロみないで。だいぶ慣れたとは言え、私は裸なんだから。それにフィー経由でうまいこと頼んだから、アレックス自身は私が依頼主だとは知らないわ」
裸だから見るなと言いつつ、得意げに胸を張るちくはぐな姉。
「殿下も巻き込まれてるんだ」
思わずため息を吐く。
「でも、一体どういう理由でアレックスに調べさせたの?」
「言っとくけど、嘘をついて彼のことを丸め込んだりはしてないから安心して」
姉はくちばしで羽を整えながら、ふわりと飛び上がった。そして、ベッドの上にとまると、お気に入りとなっている、アークの紋章を模した三日月型の黒いクッションの上で羽を休めた。
「アレックスには『秘密裏に情報を追っている』と伝えてもらったの。そして、あの子が確実に動くであろう一文を加えたのよ」
「具体的には?」
私は不安に駆られつつ尋ねる。
「簡単よ。『この依頼を達成してくれたら、エーテルリンク社から新発売された、魔導グラフィックボードCryonix RTX 7800を魔導通信部に寄付する』と伝えただけだから」
「Cryonix RTX 7800だと?処理速度が桁違いに早いと評判の、最新魔導グラフィックボードじゃないか」
疲れた様子で、抜け殻のようになっていたアシェルの目が、わかりやすくきらりんと光る。
(なるほど、そっち系に詳しい人にとって、Cryonix RTX 7800とやらは、喉から手が出るほど欲しいものなのね)
何に使うのかは不明だ。けれど、一部の人にとっては、まるで恋い焦がれるような表情になってしまうものだと、アシェルの今の顔から理解した。




