記憶:世界が終わる瞬間3
『何を見せられてるのって、疑問に思う?それとも、私が人並みに平凡な悩みを抱えていたことに驚いているかしら?』
こちらをからかうような、少し弾んだ声で姉の独白が続く。
『彼女との会話で『期待されるのは、愛じゃなくて重荷だわ』と書き込んだ瞬間、心臓が跳ねるような感覚を覚えたの。だからその言葉を、私は心の中で何度も繰り返したわ。なぜなら、家族へ抱える不満、フィデリスとの名ばかりの婚約、そして完璧な人間を演じ続ける日々、その全てを象徴する一言のように思えたから』
目の前で繰り広げられる姉とテミスのやり取り。それから、姉の悲痛な叫びが、私の心を強く揺さぶる。
「お姉様は好きで完璧だったわけじゃなくて、仕方なくそう振る舞っていたのね」
彼女は人知れず、「完璧なクラウディア」でいることに疲れていた。 そして、完璧であることを求められる姉にも、大学に進みたいという夢があった。
(だったら、生きてる時に教えてくれたら良かったのに)
浮かんだ気持ちを非難するように、自分が彼女を避けていた事実を思い出す。
「私は、お姉様に酷いことをしちゃったのかも」
姉の思いを目にし、独白を耳にした私の目尻に涙が滲む。
「……シャルロッテ」
アシェルの戸惑う声が私の思考を中断する。
「一旦、記憶の再生を停止して、戻った方がいいかもな」
彼にしては珍しく、遠慮がちに後ろ向きな提案をしてきた。
「大丈夫。反省は後でまとめてするから」
慌てて目尻に滲んだ涙を拭う。不思議なことに、亡霊のように透ける私の指先は、きちんと涙を拭うことができた。そのことが、私に生きていると実感させ、前に進む気持ちにさせた。
「そうか……」
気遣う視線を私に向けていた彼は、目の前に表示された画面に顔を向ける。
「このテミスという人物は、クラウディア様の弱さを引き出す何かがあるようだな。まぁ、誰にも話せなかった本音を打ち明ける場所が、クラウディア様自身にも必要だったのかも知れないが」
「お姉様はこんな場所でしか心を許せなかった。そこまで追い詰められていたなんて、誰も気付かなかったのよ」
その時、不意に視界に新しい文字列が浮かび上がった。
――――――――――――
テミス:ねえ、アストレア。もう無理。心が限界だわ。私はどうすればいいと思う?
アストレア:まずは、自分を大事にすること。あなたが幸せになる権利は、誰にも奪えないわ。
テミス:難しいわね。
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突然映し出された短いやり取りを見た瞬間、私はどきりとする。
この時点の姉はテミスに「幸せになる権利」を語っている。
(でも私は、この後の悲劇を知ってるわ)
姉は自分自身を見失い、追い詰められて、自殺した。
「……お姉様は、自分に幸せになる価値がないと思ってしまったのかな」
私の呟きに、アシェルは黙って視線を向けるだけだった。その沈黙が逆に重くのしかかる。
(この記憶を辿っていけば、お姉様がなぜあの日、死を選んだのかがわかるはず……だけど)
真実を知ることが怖い。
そんな私の葛藤を嘲笑うかのように、再び空間が揺れ、姉の最後の記憶へと導かれる準備が整っていくのがわかった。
「逃げないって決めたんだから」
自分自身に言い聞かせ、私は一歩前に踏み出した。
その先にあるのがどんな真実であれ、目を逸らしてはいけない。そう思うしかなかったから。
『私たちは悩みを共有していくうちに、自分たちの「ちょっとした復讐リスト」を作ることになったの』
(復讐リスト?)
どうか自分の名前があがりませんようにと、祈るような気持ちで、新たな画面を見つめる。
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アストレア:今まで私を散々困らせてきた人達に、仕返しする方法を考えたわ。
テミス:ついにアストリアも復讐の味を覚える日が来たのね。で、どんなことをリストアップしたの?
アストレア:毎回締切ギリギリに課題を提出するリーゼルには、毎朝「今日の髪型ちょっと……いえ、なんでもないわ」って囁くの。これは地味にダメージを与える作戦よ。
テミス:うーん、他には?
アストレア:女の子をいつもからかうヴィクターの筆箱をこっそり上下逆さまにしておくの。これは混乱を招く作戦よ。
テミス:お次をどうぞ。
アストレア:噂好きなエマにだけわざと間違った情報を教える。すると、勝手に大混乱するってわけ。どうかな。自分的には完璧だと思うんだけど。
テミス:それってちょっと幼稚じゃない?もっと、こう、上品で確実な復讐を目指さないと。
アストレア:でも、どれも手軽にできるわ。
テミス:でも、どれもあなたがしたとバレてしまう可能性が高いわ。私たちが目指す復讐の基本は、バレずにこっそりやることなのよ?
アストレア:でも気付かれないって、とても難しいわ。テミス、具体例をどうぞ?
テミス:アストレアは魔法が使えるんだから、活用しないと。たとえば、リーゼルの髪型の件なら、彼が使う鏡に「変だ」と囁く魔法をかけておく。これならあなたの手は汚れないわ。
アストレア:確かにそうね。
テミス:ヴィクターの筆箱なら、ペンが全部消える錯覚を起こさせる呪文を使うとか?
アストレア:そんな便利な魔法なんてあったかしら?
テミス:エマについては……人の秘密に関する「ここだけの話」みたいな情報を与え続けて「あの子はおしゃべり」だと周囲に思わせる状況にするのが面白いと思わない?
アストレア:面白いけれど、それだとエマが虐められてしまうかも知れないわ。
テミス:甘いわね。そもそも復讐は相手を傷つけることが目的なんだから。
アストレア:そうよね。復讐だものね。じゃあこれは?
テミス:何?
アストレア:私を無視する妹をジッと見つめるの。無言で、ただ「あなたのしたことを許すわ」って優しい気持ちで見つめるのよ。
テミス:睨むんじゃなくて?
アストレア:そう、睨んだらだめ。あの子は三倍にして返してくる血の気が多い子だから。
テミス:厄介な妹なのね。
アストレア:だからこそ、敵意のこもらない私の視線に戸惑うはずだわ。自分の妹なのにやり過ぎかしら?
テミス:やられた分、ちょっとくらい楽しんでもバチは当たらないわ。
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『実際、ほとんどは実行に移したりはしなかったわ。でも小さな悪意、誰にも知られない形の反抗。それをこっそりテミスに明かすのは、私にとって生きるためのささやかな抵抗だったの。だって、テミスと復讐についておしゃべりしている間は、毎日安らかな眠りにつけたもの』
本音を語る姉の声は、右から左に流れる。
(そうだったのね、お姉様)
学校で時折目が合うことのあった姉は、責めるでもなく、ただ真っすぐな視線を私に向けていた。私を捉えて離さなかった姉の青く澄んだ瞳には、私を許さないという意味が込められていたようだ。
「だったら、ちゃんと口で文句を言いなさいよ」
怒りのまま、吐き捨てる。
「でも、私はずっとお姉様を避けていたから」
(近づくのだって、無理だったと思う)
私はギュッと拳を握りしめ、唇を強く噛む。
行き場のない怒り、反省、後悔、悲しみ、何が何だかわからないぐちゃぐちゃな気持ちに襲われる私を嘲笑うかのように、目の前の画面に新たなやり取りが浮かび上がる。




