母と私1
姉の自殺について調査すると決め、早速私は行動を開始した。
「うーん、やっぱり、ここにめぼしいものはないわね」
カントリーハウスにある姉の部屋にこもる私は一人、肩を落とす。
「ま、そうよね」
他の貴族籍に属する子ども同様、私たちも十三歳から一般常識やマナー。それから基礎知識に魔法関連のことを学ぶため、全寮制のケンフォード魔法学校に通っている。そのため、現在私が滞在する領地のカントリーハウスには、長期休みにしか訪れない。
「サイズアウトしたドレスや、おままごとで使うような小物に、お気に入りの文房具とか、こんなの手がかりにはならないし」
姉の部屋に保管された物は、どれも子ども部屋に相応しいものばかりだった。
「タウンハウスの方も成果ゼロだったしなあ」
がっかりする気持ちで呟く。
王都と領地を繋ぐ瞬間移動施設、通称魔導ポータルを行き来し、数日間かけてタウンハウスにある姉の部屋も調査した。
けれど、案の定といった感じ。
私と同じように、姉もタウンハウスの自室を体の良い、物置き代わりに使用していたようだ。
アカデミーで行われるパーティー用のドレスだとか、城下を殿下とお忍びデートする際に使用していたと思われる素朴な洋服や、宝飾品などが残されているのみ。
姉の弱み……ではなく、悩みに繋がるような、有力な手がかりは見つからなかった。
それに加え、学校の寮から届いた荷物も、大して面白みのないものばかり。勤勉だった彼女らしく、マナーや魔法に関する書籍は多かったけれど、それだけだ。
挙句の果てには、姉の遺品をコソコソ漁る私に気付いた父から、「お前のためになるから」と、姉の使用していた教科書や参考書を無理やり押し付けられるという不運に見舞われた。
「というかさ、『淑女の嗜み――困難をエレガントに回避する方法』とか押し付けられても、実際お姉様は困難を回避できなかったわけだし、意味がないと思うんだけど」
姉の形見である本とおさらばし、しっかり整えられた姉のベッドを見つめる。
(もうここで寝る人はいないのに)
「なんだかな」
突如襲ってくる喪失感を誤魔化すように、疲れ切った体をベッドに投げ出す。
ポフンと体が跳ね、思いのほか埃が部屋に舞う。
「さいあく」
無償に寂しさがこみ上げてきて、私は枕を引き寄せた。
「寮の部屋に残された本の中に、何かヒントが隠されると思ったんだけどな」
姉の趣味が読書だと知っていた私は、彼女の所持していた本の傾向から悩みが見えてくるかも知れないと、密かに期待していた。
しかし、あてが外れたと言わざるを得ない状況だ。
「今は分厚い本を持ち歩くのも面倒だから、ネットで電子書籍を購入する人が多いし」
教科書などの専門書は仕方がないとしても、スペルタッチを使用して魔導ネットワークに繋げば、その場で書籍が購入できる時代だ。わざわざ紙の本を手元に置く意味は薄れたと言わざるを得ない。
もちろん、手に取って一ページを大事にめくる楽しみはなくなるけれど、それを補って余りあるメリットがダウンロードした書籍にはある。
「何より機密保持に長けてるから、安心安全だし」
魔導ネットワーク上にある検索履歴や、ダウンロード履歴、そして購入履歴は、国営の魔導サーバーで管理されている。そのため、万が一スペルタッチが故障したり、第三者に奪われたりした場合であっても、本人の許可なく情報漏洩する心配はない。
「せめてお姉様がわかりやすくSNSで、自分の情報を呟いたりしてたら良かったんだけど」
魔導ネットワーク上で人々がつながり、交流や情報共有ができるSNSは、今や学校の生徒にも欠かせないものとなっている。
たとえば、魔導ネットワーク上で文章や写真、画像、動画などを投稿できるフレアスクロール。ショート動画を投稿したり、生配信できるウィッチキャスト。意識高い系の人が画像や動画を投稿するミストグラムなどなど。
実際私も、毎日のようにフレアスクロールでフォローした人の投稿にいいねを付けたり、ウィッチキャストのタイムラインを漁ったりしている。
さらに、画像や動画投稿に特化するミストグラムでは「#監獄の日々」というハッシュタグを使い、何気ない日常風景を身バレしない程度、写真に収め投稿している。
もちろんこれは私だけに限ったことではない。ルミナリウム王国民であれば誰もがやっていることだ。
むしろ匿名希望で、素性も世代も明かさずに投稿できるSNSは、実生活で姉の影に隠れた存在を余儀なくされる私には、自分が主人公になれる夢のような世界だ。
「でもお姉様はそういうの一切やってなかったみたいだし……」
フィデリス殿下の婚約者であった姉は、十代の若者なら誰しもが持っているであろう、SNSアカウントを開設していなかった。
しかも兄の仕入れた情報によると、殿下に近しいとされる彼女が魔導ネットワーク上に残した情報は機密扱いされ、もはや痕跡を辿ることは不可能らしい。
まるで、魔導ネットワークが整備される前に生きた人間のように、クラウディア・ルグウィンという人物の私生活はアナログすぎて、謎に包まれているというわけだ。
「はぁ……。なんか疲れたな」
成果ゼロによる、この疲労感。
「結局頑張ってみたところで、何もわからないままなのかな」
弱気になった私は寝返りを打ち、壁に掛けられた一枚の絵を見つめる。
そこに描かれているのは、木陰で並んでお喋りする三人の子どもたち。美しく、まるで天使のように描かれた子どもたちは、兄と姉、それから私らしい。
この絵は、幼い頃に姉が両親におねだりして、著名な画家に描かせたものだとか。
博物館に飾ったとしても、おかしくないほど美しく精巧に描かれた、幼い私たち。
「でもちょっと、美化しすぎじゃない?」
姉はともかく、兄も私も天使と見間違えるほど、可愛い存在ではなかったはずだ。
もちろん財政担当である親の手前、雇われ画家からすれば、子どもたちを美化して描くというのは、苦肉の策だったに違いない。
いざこうして残されているのを目の当たりにすると、なんだか気恥ずかしいものがある。
「でもお姉様は、家族を大事に思ってたんだろうな」
自分の部屋に飾る絵を家族モチーフにするなんて、そんな発想が私にはなかった。
現に兄の部屋には昔可愛がっていたフクロウの絵が飾ってあるし、私の部屋には自分で描いたくせに、実際何を描いたのか思い出せない、自己顕示欲たっぷりな抽象画が飾ってある。
「私もお姉様と同じような、家族の絵が欲しいって言える子なら、もっとマシな人生を送れていたのかな……」
ストレスフリーな輝ける幼少期の一コマ。そこには姉がいて、私と兄に微笑みかけていた。
姉が何を悩んでいたのか。
彼女がどんな想いを抱きながら日々を過ごしていたのか。
誰かに悩みを打ち明けることなく、なぜ自ら命を絶ってしまったのか。
何一つとして手がかりになるものを見つけ出すことができず、大きなため息を吐くことしかできない。
そんな役立たずな自分に気が滅入る。
「いっそ死霊魔法で蘇らせて、口を割らせちゃおうかな……」
何気なく放った一言。
それをすくい上げるかのように、部屋の扉をノックする音が響き渡る。