記憶:世界が終わる瞬間1
『ロッテ』
優しいのに、どこか脆さを孕んだ声が響く。その声に、私は無意識に目を閉じた。
『……これが私の最後の記憶』
クラウディアの幻影が立っている。淡い光に包まれたその姿は、相変わらず目を逸らさないほど神々しい美しさを放っている。
『みんなが完璧だと思う私の過ち、弱さ。その全てを晒すことは、今の時点では怖いけど、でも』
姉の声が途切れる。
『ロッテ。あなたにはちゃんと本当の私を見て欲しい』
彼女の幻影はふっと微笑む。
「お姉様……」
胸がぎゅっと締め付けられる。
(本当のお姉様なんて知りたくない)
知れば知るほど、自分が一方的に姉を恨んでいたことが、愚かなことだと思い知るから。けれど、本当の姉を知ること。それは、姉が私に課した罰なのだろう。
(お姉様の記憶をこれ以上探るのは嫌だけど、もう後戻りはできないわ)
何より、まだ私は彼女が死に至る決定的な理由を知らない。
「……逃げないよ。最後まで見る」
姉は微かに頷いた。こちらを見つめる青い瞳には、どこか安堵が混じっているように見えた。
『ありがとう、ロッテ』
彼女の声が少しだけ震えた。
その震えが、私の心に直接響いてくる。
幻影となった姉が光に包まれ、その輪郭が次第に曖昧になっていく。
姉の幻影が光の粒子となって弾け飛ぶ。そして彼女の姿が完全に消え去った時、私は真っ白な世界に立っていた。
「ふむ。歪みを感じることなく記憶の中に移動できた。調整は上手くいったようだな」
私からパッと手を離した半透明になっているアシェルが、満足げに頷く。
記憶を辿る旅も三回目ともなると、彼が私の手をまるで、バイ菌みたいに手離すことも、そんなムカつく彼の声を聞き、安堵する自分にも慣れてくるというものだ。
「ま、これで最後だけどね」
辺りを見回しながら、いつもの調子で彼に告げる。
現在私が降り立った場所は、天井がドーム状になった空間で、壁も床も見回す限り真っ白だ。
「なんか、嫌な記憶が蘇るんだけど」
『きっかけ』と題された一番最初に訪れた記憶で起きた危機一髪な状況を思い出し、ブルリと震える。
ジャスティスリークに書き込まれた悪意ある投稿に、物理的に襲われた時のことだ。
(あの時は、真っ黒な空間で恐怖心も煽られまくりだったから、あれよりはマシだと言えなくもないけど……)
真っ白すぎる空間というのも落ち着かない。
「やっぱりカラフルな色で構成される、普通の世界がいいわ」
何となく身を庇うように、両腕をぎゅっと抱く。
ぐわんと空間全体にノイズが走ったように、視界が歪んだ。
『助けて』
突如出現した大きな画面に、悲痛な言葉が映し出される。
それは、誰に宛てたともわからない、ただの無機質な文字列だ。けれど、何かに追い詰められた切実さが滲み出る言葉は気味が悪い。
「なんか、すでにクライマックスって感じなんだけど」
今すぐ文字に背を向け、駆け出したい気持ちを堪えながら呟く。
「襲ってはこない……はずだ」
「絶妙なその間が、不安すぎるわ」
さり気なく横に数歩ずれ、アシェルとの距離を詰めておく。
『私は「完璧なクラウディア」でいることに疲れ果て、周囲には見せられない自分を吐き出せる場所を、魔導ネットワークに求めていたの』
突如、姉の声でナレーションが入る。
『そんな私が、ミストグラム内で見つけた短い投稿に惹きつけられたのは、彼女の名前が、私が好きな正義の女神アストレアと同一視される神話の女神『テミス』だったから。そして、彼女の過去の投稿を見て自分に境遇が似ていると、そう思ったからよ』
姉の声が途切れ、今度は『大丈夫?』という文字が大きく表示された。
『メッセージを送った後、すぐに後悔したわ。だって、彼女が何を求めているかもわからないのに、『大丈夫?』なんて声をかけるのは、無責任すぎると思ったから』
自虐めいた姉の声が響く。
『けれど、返事はすぐに来た』
目の前に映し出されている『大丈夫』という文字がパッと切り替わる。
新たに表示されたのは、写真や動画を投稿してユーザー同士でコミュニケーションをとるSNS、ミストグラムの画面だった。
今日のコーデや、朝活、パーソナルジムでトレーニングなど、おしゃれな日常の画像で溢れるミストグラムは、意識高い系の人が利用するSNSだと言われている。
(なるほど。お姉様はミストグラム派だったのね)
いまさらながら「彼女らしい」と納得する。
「これは、ミストグラムのDM機能を使用して交わされたチャットみたいだな」
アシェルの分析に頷く。
目の前に表示されているのは、明らかに姉が謎の人物テミスと、非公開でメッセージのやり取りを交わした内容だ。




