星影の誓い2
水面を静かに漂う灯籠に、幸せそうな友人たち。
なんだかんだ楽しんでしまったサマーキャンプの終わりが近づくのを実感する。
「この星影の誓いのイベントが終わったら、みんなそれぞれの日常に戻るのね」
何となく後ろ髪引かれる思いで呟く。
「君は帰りたくないのか?」
「まあね。課題に追われる毎日よりはマシな気がするし。アシェルは楽しめた?」
私の問いに、彼はしばし考え込んだ様子を見せる。
「意外にも、自分自身の適応能力の高さを実感できた部分がある。その点では、有意義だった気もするが、やはり自分のペースを乱されることにはストレスを感じる」
「つまり?」
「帰りたい……が、抱える問題を前にすると、帰りたくない気もする」
曖昧な彼の返事で、私は一気に現実に引き戻される。
「あー、私たちには、百メートルの呪いもかかってるし、お姉様の件もあるし、片付けないとならない問題は山積みだもんね」
「それら全ては、本来僕が抱えるべき問題ではないのだが」
「百メートルの呪いは、完全にあなたのせいじゃない」
アシェルを責めつつ、厄介な現状にため息をつく。
現在、彼が闇サイトで購入した怪しいコピー本に掲載されていた『絆の制約』という魔法の力が発動中。そのせいで、私と彼は百メートル以上離れられない。
(問題は、まだ夏休みが残っているってこと。上手く乗り切れるといいんだけど)
迫り来るピンチな状況を前に、憂鬱な気分に襲われる。
当初の予定だと私たちは、明日飛行船を利用してルミナリウム王国に到着したら、その足で各々実家に帰省する予定となっていた。しかし、百メートルの呪いのせいで、実家に帰省することは不可能な状況だ。そのため、明日スペルタッチが返却されたら、家族宛に「学校に直接戻ることにした」と、一方的すぎるメッセージを各々送信する予定になっている。
もちろん、我儘すぎる私の申し出に対し、両親がすんなり了承するとは思えない。
(でも、アシェルを引き連れて帰省する訳にもいかないし……)
フィデリス殿下の婚約者としてエリザ様が名乗りをあげている状況に、怒り心頭といった様子だった父を思い出す。
(それに、名誉貴族云々について、コンラッド侯爵家と父の意見が合わないっぽいし)
山賊のようにワインをがぶ飲みしていた荒ぶる父が蘇り、「アシェルを連れて帰る選択はない」と、改めて強く思う。
(もちろん、父があの調子ならアシェルのご両親だって、私の事が嫌いだろうし)
つくづく彼を巻き込んだこと自体が間違いであった気がしてきた。
「ねえ、もしも私たちがこのまま百メートル以上離れられなかったら、どうなっちゃうと思う?」
湖面に浮かぶ灯籠を眺めながらたずねる。
「結婚するしかないな」
彼のあっけらかんとした返事に、思わず吹き出してしまう。
「何がおかしいんだよ」
非難の声が飛んできたので、横を向くと彼と目が合った。
「まさか、あなたの口から結婚という言葉が出るとは思わなかったから」
「もちろん解除に向けて努力はする。だが、絶対に解ける保証はない」
まっすぐ向けられた視線に、一瞬、胸がドキリとした。
冗談半分の会話が、なぜかほんの少しだけ現実味を帯びたような気がして、慌てて視線を逸らす。
「……変なこと言っちゃった」
「そうでもないさ。結婚制度の利用が推奨される世に生きている以上、いずれ突き当たる厄介な問題でもあるからな」
チラリと彼をうかがう。するとアシェルは静かに湖面を見つめていた。
(彼みたいな人嫌いでも、結婚について多少なりとも考えたりはするんだ)
意外に思いつつ、湖面に視線を戻す。
「ま、私たちは、刻一刻と大人へのカウントダウンが進んでるわけだしね」
(こうして彼と灯籠を眺めている今も、願ってもないのに時間は進むわけだし)
いつか誰かと結婚しなければならない未来は、着実に迫ってきている。
「ねえ、アシェルは私と結婚してもいいと、本気で思ってるの?」
ラスティン様がソフィーに問いかけた真似をしてみる。
「君しかいないしな」
「え」
予想外の答えに、返す言葉が見つからず、しばし無言の時間が続く。
「実際、僕のまわりをしつこくうろつく女の子は君しかいない。まぁ、君が本当に女の子であればという、注釈はつくけどな」
「……ですよね」
(やっぱりアシェルとなんて、あり得ないわ)
わかってはいたものの、やはり恋愛小説のような展開を彼と迎えるなんて不可能だ。
「昔は地球に誕生した単細胞生物には雌雄の区別はなく、単純に細胞分裂を繰り返し、その数を増やすだけだったらしい」
「へー」
一体何の話だと思いつつ、相槌を打つ。
「単細胞生物は、細胞分裂でその数を増やしていく。ただし、細胞分裂で個体数を増やす方法の場合、元の個体をコピーしていくため、元になる個体と同じ性質の個体が増えるだけだ」
「うん」
「すべての個体が同じ性質であるということは、環境が変化して生存に適さない環境になると、全滅してしまう可能性が高い」
「確かに」
「つまり、環境の変化を乗り越えるため、性質の異なる個体を増やしていった方が、生き残るには有利だ」
「……うん」
「よって、自分にないものを求めて遺伝子を交換する結婚という制度は――」
そこで、アシェルの理屈っぽい話が唐突に途切れた。
「続けないの?」
意外に思い問いかけると、彼は一瞬こちらを見て、それから湖面に視線を戻した。
「続けても、君が退屈するだけだろう」
ぶっきらぼうに放たれた言葉に、思わず笑みが漏れた。
「結構、興味深かったのに」
からかい半分で伝えると、彼は肩をすくめた。
「なんとなく、気まずい雰囲気になったから、話でもして気を紛らわせようとしただけだ」
アシェルは「それに」と、ため息をつく。
「君が興味を持つのは話の内容じゃなくて、周囲から変わり者扱いされる僕が何を考えているかだろう?」
ドキリとする。的を射た言葉に反論できなくて視線を逸らした。
「別に、そういうわけじゃないけど」
「君は嘘が下手だな」
優しい声に、申し訳ない気分になる。視線を逸らした先では、灯籠が水面に揺れていた。
「ねえ、アシェル」
「なんだ?」
「この呪いが解けて、お姉様の件も全て片付いたら、私たちって、どうなるんだろうね?」
答えが分からない問いを投げかけたことに、少し後悔する。
彼はしばらく黙って考える素振りを見せ、それから静かに言った。
「たぶん、元の生活に戻るだけだろう。君も、僕も」
「そう、だよね」
心がほんの少し沈んだような気がする。そんな自分に驚きながらも、どうしてそんな気分になるのかわからなくて戸惑う。
「ただ、トラブルメーカーな君に振り回されたあれこれを、ふとした瞬間、懐かしく思うことくらいはありそうだ」
彼がそっと言葉を付け加えた。
「実に不思議なことに、僕は今の状況を楽しんでいるからな」
そっと彼に視線を向ける。すると彼は、灯籠の揺れる光を見つめながら微笑んでいた。その横顔が、いつになく穏やかで、どきりとする。
「トラブルメーカーで悪かったわね」
気恥ずかしさを隠すように、いつもの調子で返す。
「君はトラブルメーカーなくらいが丁度いい」
灯籠を見つめながら、彼は笑う。
「丁度いいって……」
どう反応していいか分からず、視線を逸らす。
「とにかく、早くこの呪いを解いてよね」
「言われなくても、善処する」
「善処じゃなくて、絶対に、よ」
強く念押しして、灯籠を眺める。
私たちが流した星の形をした灯籠は、他の灯籠と並び静かに青く揺らめいている。
(なんでだろう)
今の私には、どの灯籠が放つ光より、私と彼で作った星灯が一際美しく輝いているように見えたのだった。
*第二部『諦めること』完*




