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誰が姉を殺したの?  作者: 月食ぱんな
第二部:諦めること
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星影の誓い1

 嫌々ながら参加したサマーキャンプも、あっという間に最終日の夜を迎えていた。


『星影の誓い』というイベントを迎えた天空湖の湖面は、淡い光で満たされ、静かに波紋を描いている。


 夜空には無数の星が瞬き、鏡のようになった湖面が輝く星々様を映し出し、文句なしに美しい光景が目の前には広がっていた。


 私は成り行き上ペアになってしまったアシェルと並んで水打ち際にしゃがみ込んでいる。そして、手にした小さな灯籠を今まさに湖面に浮かべようとしているところだ。


 器用なアシェルがその才能を遺憾なく発揮した灯籠は、星の形をしており、私が魔法紙で切り貼りした歪な星が貼り付けてある。それから一番目立つ部分には、良くも悪くもこのキャンプで一番印象に残った熊を折り紙で折り、貼り付けておいた。


「それではみなさん、願いを込め灯籠をそっと湖面に浮かべて下さい」


 いつもは元気ハツラツ過ぎるスタッフのお姉さんが、声のトーンを落として静かに告げた。


「友情が永遠に続きますように」


「来年も二人で参加できますように」


 周囲から、囁くような声がちらほらと聞こえてくる。


「君は何を願うつもりなんだ?」


 灯籠をぼんやり見つめる私にアシェルが問いかけてきた。


「願いは込めないわ」


 静かに首を横に振る。


「……何故?」


「だって特にないもの」


 私の答えに、アシェルは少しだけ眉を寄せた。


「なに?祈らないと駄目なわけ?」


「いや、君のことだから、クラウディア様の魂が本来あるべき場所に戻るようにとか、僕がかけた絆の制約が解けますようにとか。そのどちらかだと思っていたから」


「それは私も考えたわ」


「じゃ、なぜ何も祈らないんだ?」


「この催しは、恋人同士にはロマンチックで盛り上がるかもだけど、私にとってはただの、環境破壊行動にしか思えないから」


「なるほど」


 アシェルは納得したように頷く。


「アシェルだってそう思うでしょ?」


 たずねる私の頭がパシリと叩かれる。


「いたっ!」


「ちょっと、台無しなことを言わないで。それにこの灯籠の素材はちゃんと自然に還る素材だから環境にも優しいのよ」


 どうやら私の頭を叩いたのは、ソフィーのようだ。


「それにロッテ、こういうお祭りごとは、余計なことを考えたら負けよ」


 キッと睨まれた。


「ソフィーの意見に賛成。ほら、自分に素直になって、早く願い事をして浮かべちゃいなよ」


 アシェルの隣にイアン様としゃがみ込むシンシアが私を促す。


(包み隠さず、素直な気持ちで明かした気持ちにケチをつけられても困るんだけど)


 頬を膨らます私に、アシェルは呆れたように肩をすくめた。


「……願い事なんていくら願ったって、叶わないことの方が多いのに」


 私は湖面に浮かぶ星灯を見つめた。


 どういう仕組なのか、星灯は湖面に浮かんだ瞬間、ピンクに赤、それから紫に黄色にオレンジと、様々な光を帯びている。きっとあれが、『運命の星影』と呼ばれる光の模様なのだろう。


「君の意見には賛成だ。ただ、願いをするというポジティブな気持ちと行動が、心と体にプラスに働くと述べる者もいる」


「ふーん。で、そういうあなたは、何を願うわけ?」


「……さっぱり思いつかないな」


 眉間に皺を寄せる彼に、つい笑いが溢れる。


「あなたらしくて安心したわ。じゃ、とりあえず、討伐した熊の冥福を祈って流すことにする」


「ふむ。僕も折角だから、それにしておこう」


 彼の了承を得たので私は目を瞑る。


(熊よ、安らかにお眠りください。それと、骨は有効活用させて頂きますので、よろしくお願いします)


 祈ってから、目をあけて灯籠をそっと湖の水面に乗せた。


 淡いブルーの光を揺らめかせゆっくりと流れていく。


(ふーん、一応光るんだ)


 他の灯籠と同じように、自分たちの灯籠が光ったことに内心ホッとする。


 私とアシェルの灯籠は、まるで道を切り開くように他の灯籠の間を滑らかに進んでいく。


「最初は帰りたいと、そればかり考えていたが、あっという間だった気がする」


 アシェルが呟く。彼の声は低く、いつもと違い穏やかで、湖面に広がる夜の静けさに溶け込むようだった。


「わかる。驚くべきことに、キャンプが終わっちゃうのが寂しい気すらしてるし」


 自分の変化に微笑みながら、ふと周りの様子に目を向けると、アシェルの横にいるイアンとシンシアが丁度灯籠を流す所だった。


(なるほど、二人は宣言通り、成長と共生を象徴する緑の葉のリースをモチーフにしたのね)


 シンシアの手にした灯籠を見て、ソリス寮生らしいと一人納得する。


「イアン様、流していいですか?」


「うん」


 シンシアが灯籠を湖面に浸す瞬間、イアン様がそっと手を添えた。


 ぽちゃんと音がして、ソリスの紋章を象った灯籠は、仲間を探すようにすでに浮かぶ灯籠に向かってゆっくり湖面を滑っていく。


「ちゃんと浮かんで良かった」


 流れていく灯籠を眺めながら、シンシアが安堵の声を漏らす。


「綺麗に流れていくね」


 イアン様の柔らかな声が聞こえた。


「キャンプで君には色々とお世話になったね。ありがとう」


 微笑むイアン様に、シンシアの頬が淡く赤らんでいるのが暗がりの中でも分かる。


(いい感じ)


 安堵して、小さく笑った途端。


「流石に沈んだら縁起が悪いだろ」


 アシェルがボソリと呟く。


「その指摘は今はいらないから」


 二人の雰囲気を壊す彼の発言に、小声で指摘する。


「一部の地域では、灯籠流しは死者の魂を弔う儀式だと言われている」


「えっ?そうなの?」


「だから、灯籠が沈んでしまうのは縁起が悪いだろ。つまり僕は事実を指摘したまでだ」


 アシェル節が炸裂した。


「確かに間違いないね。アシェルの指摘は正しい。しかも、私たちが熊の冥福を祈ったのも正しいってことね」


「そうだな。そうなるな」


 一人納得した表情を浮かべるマイペースな彼に苦笑いをしつつ、視線をソフィーとラスティン様に向ける。


「サマーキャンプのHPでこのアクティビティの存在を知ってから、こうして星灯の灯籠を流すイベントに、ずっと憧れてたの」


 水面に目を向けながら、珍しく穏やかな声でソフィーが本音を口にしている。


「憧れてたなんて、初めて聞いたな」


 ラスティン様が少し驚いたように答える。


「女の子ばかりで集められたフィニッシングスクールには、ロマンチックな気分になれる相手もいないし、規則、規則、規則な毎日で、こんな風にゆっくり祭りを楽しむ暇もなかったから。だから夏休みが終わらなければいいのにって思う」


 ソフィーは肩をすくめながら、くすりと笑う。


「やっぱり君は、フィニッシングスクールに馴染めてないのか?」


「どこにいたって、本当に気を許せる人なんて限られてるのよ。こうやって静かな夜に、一緒に灯籠を流す相手だってそうだし」


 ラスティン様は少し考え込むように目を細めた後、視線をソフィーに戻した。


「君は、俺でいいのか?」


 その問いに、ソフィーは顔を上げてラスティンを見つめた。彼女の頬に灯籠の柔らかな光が揺らめき、微笑みがさらに輝くようだった。


「ええ、あなたがいいわ」


 その言葉を聞いたラスティンの表情が、ほんの少し緩むのが見えた。彼は静かに手を伸ばし、灯籠をソフィーの前にそっと置く。


 二人の灯籠は花の形を模したものだった。きっと二人にとって、花という存在に何か思い入れがあるのかも知れないと、漠然と感じた。


「君に任せるよ。俺にはうまく押せそうにないから」


「任せて」


 ソフィーは小さく笑いながら灯籠に手を添え、しばし祈りを捧げてから、そっと水面に押し出した。


 二人の灯籠はゆっくりと水面を滑っていく。


「ねぇ、ラスティン。何のお願い事をしたの?」


 ソフィーの問いに、ラスティンは頬を緩める。


「君がずっと笑っていられるように」


 明かされた彼の言葉に、ソフィーは驚いたように目を見開いた。それから、すぐに視線をそらしたけれど、耳まで赤くなっているのが見て取れた。


「……そういうことを、さらっと言うのはずるいわ」


 ソフィーは、照れ隠しのように、流したばかりの灯籠を見つめる。そんな彼女の様子をじっと見守るラスティン様の表情はどこか落ち着いていて、幸せそう。


(こっちもいい感じ)


 すっかり恋する乙女の顔になったソフィーの幸せ溢れる横顔を盗み見て、私は一人にんまりする。

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