生きている限り、人生はまだ続く2
「本当は、ロッテの前で言うことじゃないんだろうけど」
シンシアは意味深な前置きをして、チラリと私を見た。
「別に私のことは気にせずどうぞ。ほら、今は物凄く忙しいから」
トランクの蓋を開け、乱雑に入れた衣類を畳み直すアピールをする。
「ありがとう。実は私には、親でも断りきれない大きな縁談が舞い込んできてるの」
(フィデリス殿下のことね)
シャツを畳みながら、心で補足する。
「だから、私はイアン様とはここで終わり」
シンシアは明るく言い放つ。言葉とは裏腹に、この世の終わりみたいな表情だ。
「つまり、シンシアもその人を好きになれそうもないってことでしょ?だったら、きちんと断らないと、相手にも失礼じゃない?」
相手をまさか王子様だとは思わないであろう、ソフィーが真っ当な意見を述べた。
シンシアはチラリと私を見て、口を開く。
「私のお見合い相手は、個人的な感情をぶつけていい相手じゃないと言うか、好きか嫌いかを考えるレベルではないというか……」
殿下に気を使い、シンシアは上手く言葉をまとめられないようだ。
「大物すぎて、個人的な恋愛感情をぶつけられる相手とは思えないってことでしょ?」
言いにくそうな彼女の代わりに私が放った言葉に、シンシアが頷く。
「二人と違って私は庶民として育ったの。だから、貴族の常識みたいなものに適応できないから、お相手にもご迷惑をかけちゃうかなぁと思って」
シンシアの意見に若干の疑問を感じた。
(貴族の常識に適応できるかどうか。それは個人の資質の問題のような気がするけど)
現に私は、侯爵家の娘として育ったけれど、貴族が集う社交界において爪弾き者だ。
「安心して。私は侯爵家の娘だけど、全然社交界には馴染めてないから。そして多分、この先も馴染めるとは思えないし」
だから仲間ねと、ニコリと微笑む。
「わかるわ。私だってそうよ。自分らしくあろうとすると、慎ましやかとは程遠くなっちゃうの。そのせいで失敗ばかりして、みんなから忍び笑いをされる日々なんだから。ほんと、生きづらい世の中よね」
ソフィーが「同士よ」と私の肩を叩く。
「私たち家族は貴族の皆様から慎重に避けられていることを自覚しているわ。それに、私自身、品定めされるような視線に耐えられそうもないのよ」
「シンシア。あなたも社交界から爪弾き仲間なのね」
ソフィーがシンシアをギュッと抱きしめる。
「ねえ、みんなで社交界から追放されたら、一緒に田舎で暮らすのはどう?」
ソフィーが冗談めかして提案すると、シンシアがクスッと笑う。
「いいかもしれないわ。少なくとも今よりは気楽に生きられそうだし」
気が少し晴れたような彼女の表情を見て、私は内心ほっとする。
「でも、ソフィーにはラスティン様がいるじゃない。だから一緒には住めないわ。それに今年の夏は、親友が出来たし、素敵な思い出だって沢山作れたし」
シンシアは私たちを交互に見て、ニコリと微笑む。
ソフィーは黙ってシンシアを見つめ、それからふっと大げさにため息をついた。
「その気持ちは嬉しいけど、まるでここで人生が終わるみたいな言い方は気に食わないわ。私たちの人生には、まだ先があるのよ?」
しなびたシンシアにぴしゃりと喝を入れるソフィー。
私はふと、その空気に乗るように、姉の声を思い出した。
『シンシアには私と同じ思いをしてほしくない』――姉が遺した言葉だ。
(このままじゃダメな気がする)
身ぐるみ剥がされて、確かに生きていける気がしないけれど、それでも嫌だと思う場所にしがみついていたら。
(いつか、お姉様のように心を病んで、死を選ぶ未来が来るかも知れないわ)
私はそんなの嫌だし、シンシアにもそうなって欲しくない。
シンシアにちゃんと伝えなければ。
「……シンシア」
急に真面目な顔になったせいか、二人の視線が、一斉に私へと向く。
「私、シンシアに言いたいことがあるの」
「な、何?」
警戒した様子で表情を強張らせるシンシア。
「お姉様はね、後悔していたの」
途端に、シンシアの顔が曇るのがわかった。
キャンプ中、今まで一度も彼女の口から姉の話題が出てこなかった。けれど、それは彼女が私に気を使ってくれていたからだ。
(だって、王国中を騒がせた、お姉様の件について知らない人はいないもの)
気まずい雰囲気にさせてしまい、申し訳ないと思いつつ、私はシンシアを見つめる。
「お姉様は、今のシンシアと同じ。本音を隠して生きていたの。だけどそのせいで、死んじゃった。だから……シンシアには、そうなってほしくないの」
姉の言葉をそのまま伝えたいのに、うまく言葉にならなかった。そんな私を見かねたのか、ソフィーがすかさず助け舟を出してくれた。
「詳しい事情はわからないし、なんか驚きだし、ロッテも苦労してるんだなって、同情したくなるけど……要するに、今のロッテはこう言いたいんでしょ?」
ソフィーがシンシアに向き直る。
「シンシア、ちゃんと自分の気持ちに素直になりなさい」
「えっ……」
シンシアが目を丸くする。
「イアン様のことが好きなら、後悔しないように、ちゃんと伝えたほうがいいわ」
ソフィーは真剣な顔でシンシアを見つめた。冗談めかした調子はもうそこにはない。本気で彼女を心配しているのが私にも伝わってきた。
「……でも、私は」
「でもじゃないの!」
いつものソフィーらしい勢いで言葉を被せる。シンシアが少したじろいだように目を瞬かせた。
「私は二人を好きよ。だから幸せになって欲しい。それに素直になることは悪いことじゃないわ」
ソフィーがシンシアを励ます。彼女の勢いにつられたように、私も口を開く。
「恩を感じるから親に逆らえない気持ちとか、世間体とか、そういうことを考えちゃう気持ちはわかる。でも、自分らしくあるために行動することは大事だと思う」
勢いのまま、続ける。
「どう生きたいか、誰と生きたいか……そんなこと、他人が決めることじゃないよ。シンシアがどうしたいかが、一番大事だと思う。だってこの先に続くのは、自分の人生なんだしさ」
ようやく言えたと、私は肩の荷が降りた気がして脱力する。
(個人的には、あまりに踏み込んだ意見すぎて、余計なお世話でしかないと思うけど)
姉がどうしても伝えたいと言っていたし、折角仲良くなった彼女が姉の二の舞いになるようなことは、絶対に避けたい。
(だから、おせっかいも許して欲しい。ごめんね、シンシア)
心で彼女に弁解する。
「私がどうしたいか。私の人生……そっか、そうだよね」
シンシアはじっと私の顔を見つめて、それからゆっくりと頷いた。
「ありがとう、二人とも」
迷いが晴れたように、ニコリと微笑むシンシア。
「私一人ではどうにも出来ないかも知れないけど、でも自分の気持ちに嘘をつくのはやめることにするわ。それにこう見えて私は、庶民育ちだから意外とタフだし」
いたずらっ子っぽく、彼女が笑う。
「私はとことん応援するわ。もし親に勘当されたらさ、話し相手として私がシンシアを侍女として雇うし。だから安心していいわよ」
ソフィーが明るく言い放つ。
「それも楽しそうな人生で、魅力的なお誘いには違いないけど」
シンシアは少しだけ照れた表情になる。
「できれば好きな人の傍にいたいわ」
早速、前向きな本音を漏らすシンシアに、私とソフィーは笑顔を向け合う。
「確かにそうね。恋の相談なら私に任せて。いつ告白するの?やっぱり、明日?星灯のイベントでしちゃう感じ?」
「え、流石にそれは急すぎるというか……その、相談は、また今度で!」
慌てて掛け布団を頭にかぶるシンシアを見て、私たちは声をあげて笑う。
「ソフィーたち、まだ荷造りを終わらせてないの?おしゃべりもいいけど、ちゃんと荷物をまとめた方がいいと思うけど。この先もずっとここで過ごす覚悟があるなら、いいけどね?」
同じテントの子が、開け放たれたまま放置されかかっている私とソフィーのトランクに呆れた視線を送る。
「靴下も見つかったし、再開しようとしてたところよ。ね、ロッテ」
「うん、まさに再開しようとしてたとこ」
私はソフィーと顔を見合わせ、調子よく返すのであった。




