帰り道1
「さっき、君はイアンと話したのか?」
帰り道、坂道を一歩一歩踏み締めるように歩く私に、アシェルが話しかけてきた。
「うん。どうやらお姉様は、イアン様が第三者である私に思いの丈を吐き出すことで、彼を過去の呪縛から解き放とうとしてたみたい」
(結局のところ、私はお姉様の言いように使われてるってわけよね)
納得できない気持ちが沸き起こるものの、未だ彼女から許されていない私は従うしかないという状況だ。
「ま、少なくとも姉の死によって、傷を負った人が一人救われたから良しとするわ」
「そうだな」
アシェルは言葉少なげに頷いた。
ふと前を見ると、イアン様とシンシアが仲睦まじく話をしている姿が目に入る。
シンシアが遠慮がちにイアン様の袖を引っ張り、木の上を指差し楽しげに笑っている。イアン様はシンシアが示す木の上を確認すると、穏やかに微笑み、彼女の話に耳を傾けていた。
「イアン様、少し肩の力が抜けたみたい」
「彼女のおかげだろうな」
アシェルが静かに答える。
「彼女?私じゃなくて?」
「ソリス寮生同士、きっと見えない絆があるんだろ」
「なるほど、そういう意味なら納得」
一方、少し離れたところではラスティン様とソフィーが何やら言い争っているようだった。
「だから、そうじゃないって言ってるだろう!」
「いや、絶対に間違ってるわ。そもそもあなたが――」
険しい口調で言い合いをしていた二人だったが、よく見るとソフィーの顔には微かに笑みが浮かんでいる。ラスティン様も、時折ため息をつきながらも、どこか楽しげな表情を見せていた。
「二人とも、毎回あんな感じだな」
アシェルが呆れたように言う。
「でも、なんだかんだで仲がいいのよね」
(アシェル狙いとか言ってたわりに、帰り道はすっかりラスティン様の隣をキープしてるし)
彼女はシンシアに「あなたの視線の行く先を追えば、誰でも気付くわ」と自慢げに言っていた。
(今のソフィーがまさにその状況ね)
楽しい気分になって、くすりと笑みが漏れてしまう。
「君には、案外社交的な部分があるんだな」
アシェルが脈略なく、私について分析し始めた。
「は?急に何よ」
「いや、ただ思っただけだ。アーク寮生の中でも、プラネルト伯爵家家の次男と、実家がフレーベル商会の眼鏡と仲が良いようだし。今回だって何だかんだ、あの二人と打ち解けあっているようだから」
彼の視線が、前を歩くシンシアとソフィーに向けられる。前髪を切りすぎて露出している彼の瞳は、何となく寂しそうに見えた。
(そう言えば、なんでアシェルは人が嫌いなんだろう)
素朴な疑問が浮かんだけれど、聞いたところで友人でもない私にはきっと話してくれないだろう。
(でもそんなに寂しそうな顔をするなら、友だちを作ればいいのに)
身勝手に思い、すぐにそれは違うなと気づく。
(友だちを作るのは、案外難しいもの)
初めましてと声をかけた人が、自分にぴったり感性が合うとは限らない。それなのに、声をかけてしまったが最後、途中でこの人とは合わないと思ったとしても、「さようなら」とスパッと関係を切るのは難しい。
(だからって我慢して付き合うのは疲れちゃうし)
なんだか私まで寂しい気持ちになってきたので、気分を変えてアシェルとの話を再開させる。
「アーク寮の親友は、ルシュにクロエね。同級生なんだから、名前くらい覚えておきなさいよ」
流石に「フレーベル商会の眼鏡」という認識は、クロエに失礼すぎるので訂正しておいた。
「あと、どちらかというと私が社交的というよりは、知り合った人が偶然いい人だったのかも」
「その意見には賛成だ。そして僕は、君にとって『いい人』の最上級であることは間違いない」
「図々しい……と言いたいところだけど、確かにあなたはいい人だわ」
(普通なら、ここまで付き合ってくれたりしないし)
何より、彼が付き合ってくれているから姉の過去に向き合えている気がする。
「素直な君は、気味が悪いな」
「せっかく褒めたのに」
口を尖らせて彼を睨む。すると、アシェルは肩をすくめて、子供をあやすような微笑みを浮かべた。
「ま、安心しろ、僕は君を見捨てたりはしない……たぶん」
「変な間とたぶんをつけないで。全然安心できないから」
再び前を向いた彼は、口元に微かに笑みを残しながら速度をあげる。私はその後を追いかけながら、悔しさを覚えた。
どうしてこうも、彼にはいつも勝てた気がしないのだろうかと。




