一つの決断2
「またそういう言い方をする。ロッテ、お前はディアが嫌いなのか?」
「大好きに決まってるでしょ?」
にっこり微笑む。すると兄はわかりやすく眉を顰めた。
「だったらどうして、そんな平然としていられるんだよ。一度も涙を流してないしさ」
涙で悲しみを測ろうとするあんまりな言い分に、わざとらしくため息をつく。
「もし私が自殺したとしたら」
「冗談でもそういうことは言うな」
咎められたけれど、構わず続ける。
「お父様も、お母様も、お兄様だって。使用人のみんなもそう。私が死んだら、ここまで悲しまないくせに」
悪意を持って放った言葉に、兄がわかりやすく顔を引き攣らせる。
「厄介者の私が生きていて、みんなに愛されるお姉様が亡くなった。本当は逆だったら良かったのにって、みんなはそう思っているんじゃないの?」
「馬鹿言うな」
声を荒げた兄が私から目をそらす。
(ほらやっぱり)
嘘が下手な兄の本音はバレバレだ。
「でも殿下の婚約者であるお姉様じゃなく、私が自殺したら、この家はここまで悲惨な状況にならなかったはずよ」
「そんなことを議論する意味があると思えない」
「ねえ、どうして、お姉様は死んでしまったと思う?」
私は自分の中に燻り続ける疑問を、脈絡なく投げつける。すると、兄は気まずそうに黙り込んでしまった。
「とにかく、お姉様だったら沈むばかりのこの状況を望まないと思う」
「しかしこうなった……家族を悲しませた原因はディアにある」
私が記憶する限り、姉の悪口を口にしたことのない兄が、驚きの発言をした。
(これは、明日は毛虫が空から降ってくるかも)
兄のあり得ない発言に、明日の空模様を心配しながら会話を続ける。
「そもそもお兄様は、お姉様が本当に自殺したと思うわけ?」
「口を慎め。そんな物騒なこと二人の前では絶対に言うなよな」
うかがうように部屋のドアにチラリと視線を向ける兄。
「でも、お母様だって『信じられない。何かの嘘よ』が口癖じゃない」
「それは、ディアがいないという事実に対して嘆いているだけだ。亡くなった原因について深掘りしたいわけではないさ」
兄が私を諭す。
「それに、今更死因を探ったところで、ディアは戻ってこない」
わざとらしく新聞を広げながら放たれたその言葉に、私は兄をきつく見返す。
「お姉様は自殺した。我が家の名誉は失墜し、未来が暗いものとなった。でも、もし他殺だった場合。少なくとも我が家の名誉は回復できるじゃない」
「いまさら名誉を回復したところで、もう遅い。何をしたって、ディアは戻ってこないんだからな」
しつこいように繰り返された言葉に対し、ついに私は黙り込む。
(お兄様の主張は正しいわ。でも私にだって事情があるもの)
負けるもんかと、新聞で顔を隠す兄を見つめる。
「そう。お姉様は生き返らない。でも、私たちはこの先も生きていく必要がある。そのために名誉を回復しようとする行為は、悪いことじゃないでしょ?」
「だとしても、それは今優先してやるべきことではない。今お前が何より優先すべきなのは、ディアを心から弔う気持ちを持つことだ」
ぴしゃりと兄が言い放つ。
「クラウディアがいなくなってから、ロッテの様子がおかしい。いや、昔からおかしいけど……とにかく嫌な予感しかしない。お前、大丈夫だろうな?」
新聞からひょっこり顔を出した兄が、私の顔を覗き込む。
「大丈夫って、どういう意味?」
「それは、お前がその、ディアを……いや、何でもない」
慌てた様子で、またもや新聞で顔を隠す兄。
(なるほど。お兄様は私がお姉様を殺した可能性があると、そう思ってるんだ)
ならばと、ニヤリとして口を開く。
「そうよ、私がお姉様を――」
「言うな。嘘をつくな、黙れ。ディアは自殺だ」
慌てた様子で新聞を投げ捨て、耳を塞ぐ兄。
だったら聞くなと、私は兄に目を細める。
「僕は妹のお前を信じている。でもお前は、この状況を楽しんでいるようにも見える。だから不安なんだよ」
「……楽しんでる?」
(やだ、まさかお姉様の死を密かに喜ぶ気持ちが漏れてるってこと?)
兄の発言はあまりにも失礼で、悪意あるものだと主張すべく、慌てて頬を膨らませた。
「ああ、そうだ。ディアが亡くなって、涙一つ流さないロッテはいつだって楽し気だ。それって、お前がディアを嫌っていたからなんだろう?」
どうやら無関心を装いつつ、兄は私と姉のギクシャクした関係を見抜いていたようだ。
(だからって、犯人扱いされたら堪ったもんじゃないわ)
やってもいない罪でこの先も姉に苦しめられるなんて、真っ平ごめんだ。
私は憤慨する気持ちそのまま、兄を睨む。
「失礼ね。さっきも言った通り、私はお姉様のことを嫌いじゃなかったわ」
「口ではなんとでも言えるさ」
その発言はさすがに理不尽だ。
「ねえお兄様、私がそんな悪い子に見えるの?」
無実を証明すべく、アプローチの仕方を変えてみる。
「……見えるな。いつだって我が家に問題を持ち込むのはお前だし。そもそも、ケンフォード魔法学校に入学してから、わかりやすくディアを無視してたじゃないか。一体どんな喧嘩をしたら実の姉をあそこまで無視できるんだよ」
兄の厳しい指摘に、押し黙る。
確かに学校に入学して親の監視から逃れた私は、つねに颯爽と前を歩く姉を煩わしいと感じ、わかりやすく彼女を遠ざけていた。
その件に対し、姉は親に報告したりせず、不満を私にぶつけるでもなく、責めるでもなく、ただ侘しげに青い瞳をこちらに向けていただけ。
失望や落胆の気持ちを含むような彼女の青い瞳。
それが今でも頭にこびりついて離れないでいる。
(いまさら悔やんでも遅いけど。でも、ごめんなさいと思う気持ちはある)
胸が苦しくなり、眉をひそめ唇を噛む。
(それでも、クラウディアがお姉様じゃなかったらと、つい思ってしまう気持ちが消せないから、自分でも困ってるのに)
姉に嫉妬し、恨むような醜い感情を抱く自分が嫌だと思う時もある。けれど、「いなければいいのに」と姉に対し思ってしまうのも私、シャルロッテなのだ。
(でもだからって、お姉様自身が嫌いだったわけじゃないわ。いつだってお姉様基準に評価される運命を理不尽に思っていただけだから)
残念ながら、こんな複雑極まりない感情は、誰かに理解してもらえるわけがない。
(特に、四歳も年上のくせに、私より遥かに子供っぽいお兄様にわかるわけないわ)
私は膝に置いた手をぎゅっと握りしめ、再度兄を見つめる。
「そもそもお母様みたいに涙ぐむだけが、追悼を表す全てじゃないと思う」
(私は姉を殺したいと思っていたけれど、嫌ってはいなかったのよ)
その部分だけは譲れないと、心でしつこく兄に告げておく。
「だから私は、自分が考える最良の方法で、お姉様を追悼することに決めたから」
「お前の思う最良の方法ってなんだよ」
兄が眉を顰める。
「さっき告げた通り。お姉様が自殺した理由を調べることよ」
私はきっぱりと告げたのだった。