ハイキング3
「ちょっと失礼」
公言通り、アシェルとラスティン様の間に割り込むソフィー。
「おっ、レオポルド家のお転婆娘の登場だ」
ラスティン様がソフィーをからかう。
「失礼ね。それは昔の話だわ」
「でも、ロイドが『妹は、マージフィニッシングスクールからも匙を投げられそうだ』ってこぼしてたけど」
「お兄様の情報を鵜呑みにしないで下さる?どこからどう見ても、私は立派なレディじゃない」
ソフィーがぷくうと頬を膨らませた。
「確かにしばらくみないうちに見違えた。レオポルド家を訪問しても、君がいないと寂しいと思うくらいには、君が恋しかったよ、ソフィー」
ラスティン様は、ソフィーの膨れた頬を指先でつつく。するとソフィーは、見る間に熟れたトマトのような顔になった。
「もう、気軽に触れないで。子どもじゃないんだから」
ソフィーは必死に言い返すも、ラスティン様はそんな彼女に目を細めている。
(……これはもしかして)
ピンときた。
(ソフィーの本命はラスティン様。そして彼の気を引くために、アシェルをダシに使ったのね!)
なんて悪い子だと思いつつも、彼女の行動力に感心してしまう。そんな二人の様子を、アシェルは白けた表情で見ていた。
(うん、彼は平常通り。問題ないわね)
うんうんと、一人頷く。
「ラスティン、折角だから友人のシャルロッテ嬢をエスコートしてくださらない?」
「もちろん。美しい女性のエスコートなら喜んで」
ラスティン様がお世辞を口にして、後ろを歩く私に向かって微笑む。
「美しい?」
アシェルが、信じられないといった表情で私を振り返る。
(失礼なんだけど)
こちらを向くアシェルから、プイと顔を背けておく。
「アシェルくん。君はまだ女性の魅力をわかっていないんだな?」
ラスティン様は臆する事なく言い切った。
「……だから?」
「人生を損してるなぁと思って」
「損している?」
アシェルが眉間に深いシワを寄せる。
「そう。例えばそこに咲くスカイブルーベル。あれを見て美しいと思う気持ちを共有できる誰かがいれば、日々の景色は更に色づくと思わないか?」
ラスティン様の視線は、青く輝く小さな花へ向けられた。
「そうだろう、ソフィー?」
ラスティン様がふと振り返り、ソフィーに向かって微笑む。すると、彼女は頰を赤らめて「ええ……そうね」と小さく呟きながら頷いた。
(ほらやっぱり。ソフィーの本命はラスティン様だったのね)
私は確信する。
(後は二人が上手くいくようアシェルを上手く引き剥がすだけ)
「アシェ――」
「でも私には、もう時間がないの。行きましょ、アシェルくん」
私の声を遮ったソフィーは、わざとらしいほどツンとした態度で、アシェルの腕を引く。
「は?僕を巻き込むな」
「いいから!」
彼女は戸惑うアシェルを無理やり引っ張っていく。
(時間がないってどういうこと?)
初耳な情報が気になりつつ、どうすることもできなかった私は、二人の後ろ姿を目で追う。
「さてと、じゃあ俺たちも行こうか」
「あ、はい……」
私は彼と並んで歩く。
「彼女は、君に迷惑をかけたりしていない?」
「迷惑だなんて。むしろ頼れるリーダーです」
「そうか。元気過ぎる所が彼女のいいところだけれど、我が国ではまだまだ女性に保守的な役割を求めるからね。彼女みたいな子は生きづらいんだと思う」
「なるほど」
(だから、ソフィーの推してる恋愛小説が平凡令嬢シリーズなわけね)
良くも悪くも目立ってしまい、周囲に馴染めないからこそ「平凡」に憧れる気持ちはわかる。
(だって私もそうだったもの。でも)
私は隣を歩くラスティン様を見上げる。
(ソフィーが平凡令嬢だったら、きっと彼は興味を示さなかったんじゃないかしら)
彼の視線は、ソフィーに注がれている。
「ん?どうかした?」
「いいえ」
私は首を横に振ると前を向く。
「ソフィーは自分の道を進む勇気を持っていると思います。それはとても素敵なことだと思います」
私は少し微笑みながら答えた。
ラスティン様は驚いたように目を見開き、そして穏やかに笑った。
「君は、ソフィーのことをよく理解しているんだな。彼女はこのキャンプに来て正解だったのかも」
「彼女は、いつも私を引っ張ってくれるんです。むしろ私の方が感謝しているくらいです」
「いい関係だね。人と人とのつながりがあるのは大事なことだよ」
その言葉にはどこか重みがあり、私は思わず立ち止まって彼を見上げた。
「ラスティン様も、大切なつながりをたくさんお持ちなんですか?」
その問いに彼は短く笑い、木漏れ日の下で小さく首を振った。
「どうかな……僕には失くしたつながりも多い。だからこそ、今あるものを大事にしたいと思っている」
「それって、もしかしてソフィーの……」
ことですか?と言いかけた時、先を歩いていたソフィーの声が響いた。
「ロッテ!急いで!この先で休憩ですって!」
「あ、うん。ありがとう!」
ラスティン様がふと立ち止まり、私に手を差し出してきた。
「シャルロッテ嬢、ここの石段は、少し滑りやすいみたいだ。気をつけて」
「あ、えっと。ありがとうございます」
遠慮なく手を取ると、彼の手が意外に温かくて大きいことに気づく。
(エスコートされるなんて場面が、滅多にないから忘れかけていたけど)
男性に気遣ってもらうのは、悪い気がしないどころか、特別感を感じるようだ。
(ソフィーがラスティン様に惹かれる理由が何となくわかる気がする)
久しぶりに女性扱いされた私は、少し心が踊るのだった。




