星灯攻略同盟結成1
天空湖はその名の通り、青空をそのまま映し込む、広大な湖だ。
湖に浮かぶボートは、柔らかな波紋を周りに広げている。湖面を撫でる優しい風が髪をそっと揺らし、キャンプ参加者たちのなごやかな笑い声がさざめいている。
そんな絵になる状況の中、私は湖面に反射する光を眺めながら、手漕ぎボートのパドルを握りしめている。
(アナログすぎるでしょ……)
魔導技術が進歩した現在、スイッチを押せば勝手に進む高速魔導ボートがあるのに、わざわざ自分でボートを漕ぐ意味がわからない。
「水って重いのね」
麦わら帽子から褐色のお下げを一つ垂らすシンシアが向かいの席で笑う。そんな彼女の腕は、限界だと言わんばかりに震えていた。
「シンシア、水面を撫でても意味がないわ。ちょっと交代して」
麦わら帽子からはみ出た長い髪を風に靡かせながら、ソフィーが冷静に指摘する。
「こうやって腕だけじゃなくて、全身を使って漕がないと」
彼女が流れるような動作でパドルを操ると、ボートが水面を滑る速度が上がる。
「すごいわ、ソフィー。もしかしてフィニッシングスクールで習得したの?」
シンシアがソフィーに尊敬の眼差しを向ける。
「まさか。模範的な花嫁になるために、ボートの漕ぎ方は必要ないわ」
ソフィーが数秒もかからず答えた。
「じゃあ、独学で?」
彼女の華麗なオール捌きに感心しつつ、たずねる。
「まぁね。うちの領地にここと同じような湖があるから。しかも私には四人も兄がいるの。武闘派のね。だから兄と一緒に遊んでいるうちに、当たり前のように漕げるようになってたってわけ」
ソフィーはこともなげに言った。
「それに、今どき男子に漕いでもらうのを待つ女性なんてナンセンスだわ。意中の男の子を乗せて人気のない場所にさらうくらいの気骨がないとだめよ」
彼女の逞しすぎる言い分に、シンシアと顔を見合わせて笑う。
(ボートを漕ぐ意味はわからないけど、この時間は楽しいかも)
最初はシンシアに避けられていると思っていたけれど、どうやら勘違いだったようだ。彼女もまた、私と同じように人と仲良くなるのに時間がかかるタイプらしい。
同じ五班のテントで十六歳どうしである私たちは、お喋りで陽気なソフィーをリーダーとし、自然と三人でいることが多くなっていた。
正直なところ私は、この短期間で彼女たちと少しずつ親しくなれている自分に驚いている。
(やっぱり学校とは違うから?)
社会不適合者の烙印を押されるアーク寮生。それから、社交界における「淑女らしさに欠ける」というありがたくない実績もち。
(何より、お姉様から開放されたから?)
この場所で知り合った人のほとんどは、私をルミナリウム王国から来たシャルロッテだとしか思っていない。
(それが、こんなに気楽なんて知らなかったわ)
姉をいつか始末してやるという思いから解放された私は、上手く社会に馴染めているようだ。
「そういえばさ」
ボートを漕ぐのをやめたソフィーがふと話題を変えた。私も彼女に倣い、漕いでいたオールを休めて水面で遊ばせる。
「三班のマリアンナさんが、ラスティンと仲良くなったみたい」
ソフィーがひそひそ声で私たちに告げた。
「ラスティン様って、あの背が高くて笑顔が爽やかな男子だよね?」
シンシアが興味津々に聞き返す。
「そう、私と同じキャメロン王国出身の男子。ここ数日、マリアンナさんがラスティンと話しているところをよく見かけるの」
「それって、ただ仲が良いってだけ?それとも……?」
シンシアは目を輝かせる。
「まだ恋人と言えるような関係ではないみたい。でもね、昨日は、広場にある大きな木の下にあるブランコに二人で並んで腰を下ろしていたのを目撃したし、少なからずいい感じだと思うわ」
ソフィーは肩をすくめて続ける。
「有望株の男子は目を離した隙に、勝手に相手が決まっていくのが現実よね」
「スペルタッチもないし、共同作業が多いから自然と仲良くなるのかも。いいなぁ」
シンシアが羨ましそうな声を出す。
「でしょ、このままじゃ、私たちだけ余り物になっちゃうわ」
ソフィーは、不満げに頬を膨らませた。
「それだと何かまずいの?」
問いかけると、二人は顔を見合わせた。
「あのね、ロッテ。まさかとは思うけど、最終日にある伝統的な儀式、『星影の誓い』を知らないとか、まさかそんなことないわよね?」
ソフィーが声を潜める。
「知らないわ」
正直に答えると、シンシアは苦笑いを返す。
「簡単に言えば、夜の天空湖に『星灯』と呼ばれる灯籠を浮かべる儀式のことよ」
シンシアが無知な私に、早速説明してくれた。
「へー、何だか写真映えしそうな光景ね」
湖面に浮かぶ灯籠を想像する。フレアスクロールに画像を投稿する。いいねをもらう。
(うん、自己顕示欲満たされそう)
俄然やる気になった。
「そう、キレイなの。しかもその儀式はとってもロマンチックでね。必ず誰かとペアになって星灯を湖に浮かべるのよ」
ソフィーがうっとりと目を細める。
「えっ……まさか……」
彼女の言わんとしていることがわかり、私は絶句する。
「まさかも何も、それしかないでしょ?」
シンシアは得意気に続ける。
「思い合う二人で流した星灯は、『運命の星影』と呼ばれる光の模様を描くんですって。そして、この模様がどれほど輝くかで二人の絆が占われるとされているそうよ」
「キャンプを締めくくるに相応しい、ものすごいロマンチックなイベントよねぇ」
夢見る乙女の表情になったソフィーは、白く細い指を湖面に滑らせる。
「そういうのって、ただの迷信じゃないの?」
思わず呟くと、二人にキッと睨まれた。
(あ、失敗した)
私は即座に反省する。




