夏だ、キャンプだ、最悪だ3
「ん?」
私は視界に入る物体に目を凝らす。
森から「こんばんは」といった様子で顔を出すのは、大きくてがっしりとした体つきを持つ茶色い毛で覆われた動物だ。頭にはちょこんと小さな耳がついており、丸みを帯びた顔には、大きな鼻と小さな目がついている。太く短い手足を地面につけ、鼻をくんくんさせているその動物は――。
「嘘、熊だわ、熊がでたわ」
思わず指差すと、彼は私と同じ方向に視線を向けた。
「あぁ。あれはここに放牧されたグリズリーだな」
「そんな解説いらないし。って、なんで熊をわざわざ放牧するの?意味わかんない」
慌てる私に対してアシェルは冷静だ。
「気がたるみやすいキャンプ生活に刺激を与えるためだろうな」
「そんな理由で熊投入とか、気が狂ってるわ!」
「大丈夫だ。騒がなければ襲ってこないだろ」
「何でわかるのよ」
警戒するように、グリズリーがいた場所を確認する。
「え」
するとグリズリーは、ゆっくりと体を回転させ、再び森の中へと消えていった。
ひとまずピンチは逃れたようだ。
(でも、予断は許されない状況)
すっかり熊に怯える私は、踵を返す。
「もう帰ろう。今日の定時報告はこれで終了ってことで」
キャンプ場へ戻ろうと、たどってきた道を歩き始める。
「待て。まだ報告は終わっていない」
「え、嘘でしょ?テントから徒歩三分の距離に熊がいたのよ」
「そうだとしても、ここからの報告が一番重要なんだ」
「じゃ、歩きながら聞くから」
速度を緩めず、ズンズン歩く。
「まずは悲報だ。ルミナリウム王国へ向かう飛行船のチケットは連日完売中らしい。キャンプの職員が言っていたから間違いないだろう」
「まぁ、夏休みで行楽シーズンだから」
「つまり、あと二週間は帰れそうもないということが確定した」
「そう、二週間……」
私たちは同時にため息をつく。
「って、大事な報告って、まさかそれ?」
隣を歩く彼に薄目を向ける。
「違う。まぁ、僕にとっては衝撃的ではあったが」
哀愁漂わせ、深いため息をつくアシェル。
「君のカラスに託されたイアン・クリムソンアーチ宛の手紙は、彼の荷物に忍び込ませておいた」
「あ、忘れてた。ってもう?」
すでに仕事を一つ片付けたらしいアシェルに驚き、立ち止まる。
「いつ?」
「君たちが、薪を燃やし二酸化炭素を発生させている焚き火を囲み、危機感なく個人情報を自ら喜んで開示するという、実に愚かな宴に勤しむ最中に」
彼は、忌々しいといった表情で告げる。
「な、なるほどです」
(私を殺そうとするくらいの勢いで睨みつけてきて、さらっと先に抜けたあとか……)
アンデットからサタンに進化した彼が、レクリエーションを抜けていたことを思い出す。
「つまり、大動脈イアン様は、お姉様の手紙に目を通したってわけね。明日からどうなるんだろう」
「大動脈をイアンにつけるな」
細かい部分をしっかり指摘しつつ、彼は話を続ける。
「まぁ、手紙の内容次第だろうな。そもそも今日は君に話しかけてこなかったのか?」
スペルタッチなどの通信機器を全てスタッフに奪われたせいだろうか。珍しくアシェルが今回の件について、質問を投げかけてきた。
(人は娯楽を奪われると、とりあえず、目先の話に飛びつくのね)
納得しつつ、アシェルの疑問に答える。
「来なかったわ。似てないとは言え、『ルグウィン』の名で姉を連想しちゃうから、私を視界に入れるのも嫌なんじゃない?昼間着てたベストも姉のお下がりのやつだし」
二度と参加しないであろうキャンプのために、新品の服を用意してもらうのも気が引けた。そのため、今回持参した探検家装備一式は、ほとんど姉のお下がりだ。
「よくよく考えたら、イアン様に酷い仕打ちをしてるような気がしてきた」
彼には姉を一日も早く忘れて欲しいと思う。
(だってそれがお姉様の希望でもあるから)
それなのにわざわざ、姉との楽しい思い出が詰まるキャンプ場に、妹の私がノコノコ参加して、さらには姉を彷彿させる服を着てウロチョロしている状況だ。
「うぅ、なんか私、悪魔の子みたい」
「いまさらだ。で、シンシア嬢の方はどうなんだ?同じテントなんだろう?」
「まぁそうなんだけど……」
アシェルの問いに答えようとして、テントでのやりとりを思い返し、顔を曇らせる。
「彼女はね、多分私を警戒してるんだと思う。夕食の時もほとんど目を合わせてくれなかったし、同じ地域同士の参加者にしては、何かこう、見えない壁を感じるのよ」
「つまり君がアーク寮生だから、警戒されているってことか?」
「それもあるかもだけど、それだけじゃないような気もする」
「となると、君が社交界で得た、数々の不名誉な噂を知っているからだろうか?」
どうやら、娯楽不足な彼が饒舌になってもいいことはないようだ。
「ないとは言えないけど、イアン様とお姉様との関係を、シンシア様が知ってるからかもよ?」
「それでなぜ君を警戒するんだ?」
「それは……複雑な女心よ」
「具体的に説明を求む」
(そう言われましても……)
彼の追及に、どう答えようか考えながら、ゆっくりと口を開く。
「自分が好きな人に、想い人がいる。その人のせいで自分は身を引くことになっている場合。想い人の妹に抱く感情は、決していい印象ではないだろうってこと」
「実におかしな話だな。君には全く関係ないじゃないか」
アシェルが眉間にシワを寄せた。
「個人ではなく、家族単位で見られてるってことよ。大抵の人は、私をシャルロッテではなく、殿下の婚約者クラウディアの妹として認識するから。ま、もう慣れちゃったけどね」
言葉とは裏腹に、つい溜息が漏れる。




