夏だ、キャンプだ、最悪だ1
「とうとう、来てしまった……」
頭には麦わら帽子。やたらポケットのついたベストに、リネンシャツ。動きやすい綿のパンツにブーツという、探検家らしい格好に身を包んだ私は、目の前にカラフルなテントが並ぶ光景に、ゴクリと唾を飲み込んだ。
「シャルロッテさんは、五番のテントね。荷物を置いたら広場に集合してください。わからないことがあったら、このマークがついたスタッフになんでも聞いてね」
やたらハイテンションなお姉さんが、胸に刺繍されたリアルなクマを指差す。
(なぜクマ?まさか出るの、ここに出るの?)
恐怖心を煽られまくり、とっとと回れ右をしたい気持ちをなんとか堪える。
「初参加で不安は多いだろうけど、ここは、アットホームで和気あいあいとした素敵な場所よ。お祭り気分で二週間を過ごしましょうね!」
「……はい」
(アットホームとか、和気あいあいとか、憂鬱な気分しか沸き起こらない言葉なんですけど……)
どんよりした気分で肩を落とす。
「はい、シャルロッテさん、笑顔、えがおー!!」
ニパッと微笑んだまま固まるお姉さん。
「ははは、えがお、えがおー」
ひきつる笑みで、どうにか笑い顔を作る。
「はい、合格。じゃ、またあとでね!」
どうにかお姉さんを満足させることに成功したようだ。彼女は、次の獲物の元へと向かって行った。
すでに疲労感を感じながらさらに肩を落とす。
「笑顔を強制される環境とか最悪なんですけど」
ここは、魔導技術の最先端を行く独立空中都市、スカイギア。詳しいことはよくわからないけれど、魔導の力によって空に浮いた島で、鉄の塊が空を行き交う近代都市だ。
「日帰り、しかも都市内ならいいけど……」
私がいるのはよりによって、スカイギア内にあるキャンプ施設『天空湖レジャーセンター』だ。
事前にアシェルから『君に絶望を共有しておく』と送られてきたURL先に飛んだところ、天空湖レジャーセンターのHPに飛ばされた。
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サマーキャンプは、屋内でやるもの?答えはノー!
天空湖レジャーセンターが主催するサマーキャンプは、プライベートの湖を取り囲む、雄大な自然の中で、数週間の共同生活を送りながら、協調性、忍耐力を育みます。
*他のキャンプとひと味違う天空湖サマーキャンプ
こちらのキャンプでは滞在中、例外なく参加者からスペルタッチといった、最新魔道具をお預かりしております。
『スペルタッチのない生活なんて大丈夫?』
そんな不安は必要ありません。
通信魔道具と距離を置くことでストレスが軽減されます。画面を眺める時間が減る代わりに、有意義な自分の時間を取り戻せることでしょう。
魔道ネットワークから遮断された環境で、目の前にいる仲間と向き合い、協力し、助け合い。共に過ごす時間の中で、新しい自分に出会えること請け合いです!
*参加者の声の一部をご紹介します!
・誰とでもすぐに仲良くなれる工夫が盛り沢山で良かったです。
・みんなフレンドリーで、気軽に話しかけてくれてすぐに打ち解けられました。
・一番うれしかったのは、友達ができたこと!
・スペルタッチがなくても、ちゃんとコミュニケーションできることを知りました。
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HP内は、おぞましい説明文と明らかに言わされてる感たっぷりな、作られた感想が目についた。
(わざわざ安くない参加費を払って、スペルタッチを預ける生活ってのも、わけがわからないけど……)
何より私を恐怖に陥れたのは、参加者たちが輪になって踊っていたり、一緒に料理をしたり、演劇をしたり……とにかくチームワーク最高!!といった動画や画像でHP内が埋め尽くされていたこと。
「もう、帰りたい……」
泣き言を呟く私は、今日から二週間。この「みんな友だち、ウェ~イ」な場所での滞在を余儀なくされるのである。
「あ、あなたも五番テントなのね。私もなの。初めての参加ですごく緊張しちゃって。あなたも初めてよね?協力して教えあいっこして、この二週間を乗り切らない?」
突如話しかけてきたのは、ふわふわしたはちみつ色の髪に、琥珀色の瞳がくりくりした、お人形さんのように可愛らしい子。
「あ、はい。よろしくおねがいします」
第一印象は大事だと、その程度の常識は兼ね備えているため、笑顔をつくる。
「ちなみに私はキャメロン王国の、マージフィニッシングスクールに通うソフィー・レオポルド、十六歳。レオポルド男爵家の長女なの。好きな色はサーモンピンクで、趣味は恋愛小説を読むこと」
勢いよく話し始めた彼女に圧倒され、思考が停止した。
「残念ながら婚約者はまだいないけど、このキャンプはお金持ちな子が参加するって聞いたから、めぼしい男子を見つける予定。好きな食べ物はやっぱりマシュマロ一択かな。それと、実家で飼ってる犬は――」
忙しなく動く、ピンクのぷるんと潤う唇を見つめふと思う。
(無口なアシェルが恋しい……)
そんなあり得ない感情を抱きつつ、私はお喋りなソフィーさんに向かって、必死に笑顔を貼り付ける。そして、万能な相槌「そうなんだ」を連発するのであった。
*
軽量魔導ガラスのドーム越しに星が瞬き、焚き火の光が周囲をほんのりと照らしている。
焚き火を囲む参加者たちの賑やかな声があちこちから聞こえてくるのは夕食のあと行われる、レクリエーションのために、参加者全員が強制的に集められているから。
「では、次の人。えーと、ルミナリウム王国から初参加のアシェル・コンラッドくん。自己紹介をどうぞー」
焚き火を囲む輪から外れ、一人、静かに本を読んでいたアシェルが立ち上がる。
「アシェル・コンラッド。趣味は読書。以上」
無表情で淡々と話す彼は、知らない人が見ればクールな男の子に見えるのかもしれない。
(でも、この顔は不機嫌さが限界値を超えた時の顔ね)
そっと苦笑いする。
「実に端的でわかりやすい自己紹介でしたね。ではここで、コンラッドくんへの質問コーナー。パチパチパチ」
司会者となる、キャンプスタッフの女性が、足早に立ち去ろうとする彼の腕を「逃すものですか!」という勢いで掴む。
「なっ!」
驚き、固まるアシェル。
「では、質問ある人いるかな?」
「はい、はい、はい!!」
同じ丸太に座るソフィーさんが、ピンと手を挙げてアピールする。
「はい、ソフィーさん、どうぞ」
司会者に許可をもらった彼女は、勢いよく立ち上がる。
「コンラッドくんは、どこ生まれですか??」
「……ルミナリウム王国」
「じゃ、ずっとルミナリウムに?」
「……そうだ」
「好きな食べ物は?」
「……ツナサンド」
「好きな飲物は?」
「コーヒー」
「砂糖とミルクは?」
「入れない」
「犬は飼ってる?」
「実家で飼っていた」
「犬種は?」
「ラブラドール・レトリーバー」
「何歳?」
「誰が?」
「そのワンちゃんよ」
「……亡くなった」
参加者の間に、気まずい空気が漂う。
「……あ、そ、それはごめん」
「気にするな」
なんだかんだ、ソフィーさんの質問にテンポよく答えるアシェル。
(案外律儀なところがあるのね)
アシェルの意外な一面に遭遇し、なんとなく気になって二人のやりとりを見つめる。
「じゃあさ!じゃあさ!コンラッドくんって、どんな子がタイプ?」
「静かな子」
アシェルの心の声が漏れたようだと、私は笑ってしまう。
「じゃあ、質問を変えます。婚約者はいますか?」
「いないし、興味ない……ってもう十分答えただろう?失礼する」
アシェルは、バッサリと会話を断ち切る。
「私はキャメロン王国からきたソフィーよ。よろしくね、アシェルくん!」
そっけなく会話を打ち切られても怯まず、笑顔をキープするソフィーさん。めげない心がすごいと感心して眺めていると、一人そそくさとテントに帰ろうとしているアシェルと目が合った。
「げ」
数秒見つめ合ったのち、私は何事もなかったように目をそらした。なぜなら彼は、悪魔みたいな怖い顔で私を睨んでいたから。
(まずい。巻き込んだことを相当恨んでるっぽいだけど。しかもアンデットが進化してサタンになっちゃってるし……)
彼の密かな怒りを感じ取った私は、ぶるりと震える。
「やだ、ロッテ。お花摘みに行きたいの?」
ソフィーさんの呑気な声に、「ははは」と乾いた笑いを返すのであった。




