姉の企み3
「ただ、個人的には規則と序列と侮蔑で構成される、実にくだらない貴族社会は一刻も早く滅びるべきだとは思うけどな」
何か思う所があるのか、彼は言葉のナイフを突き立てた。
「アシェル、主語を大きくしないで。誰かに対して攻撃したり、陰口を叩いたりするのは、貴族がどうこうと言うより、個人の問題でしょう?」
姉が苛つく彼を宥める。
(お姉様の意見は正しいけれど)
カラスに諭されるアシェルの図は、かなりカオスな状況だと言える。
「名誉貴族云々の話はわかったわ。でもだからって、どうして私がシンシア様を助けなきゃならないのかが理解できないんだけど」
しびれを切らしたように問うと、姉は肩を落とし、ため息をついた。
「フィーの婚約者選びが難航しているんですって」
他人事な姉の言い方に、つい「だれのせい?」と迫りたくなった。しかし、これ以上横道に逸れるのは得策ではないため、私は喉まででかかった文句を飲み込む。
「お姉様が言いたいのは、傷心中の殿下を慰めるという名目で、名のある商会の令嬢たちがこぞって殿下に群がっているって話?」
親友二人と交わした会話の記憶を引き出しながら告げる。
「ええ。私としては、順当にエリザが彼と結ばれると思っていのだけど、全く困ったものね」
「え、お姉様はそれでいいの?」
思わず、前のめりでたずねてしまった。
「お姉様は、ずっと殿下の婚約者だったわけでしょ?もちろん、お姉様がエリザ様と仲良しなのは知ってるけど……その、『はいどうぞ』って、すぐに譲れるものなの?」
つい、踏み込んだ質問が口から飛び出す。
「エリザに譲ったつもりなんてないわ」
姉はキッパリと言い切る。
「私にとっての殿下は、愛とか、恋というよりは、友情で結ばれた関係なの。独占したいと思える相手ではないのよ。それにね……」
彼女は思い出したように、くすくすと笑い出す。
「彼と最初に引き合わされた時、実はエリザも一緒だったの。今となっては、我が家とコンラッド家と、どちらも平等に、という陛下のお気遣いだったと思うんだけど」
姉はご機嫌な様子で話を続ける。
「顔合わせは王城内のバラが咲き誇る庭園でのお茶会。大人が固唾を飲んで見守る中、私はずっと家庭教師に習ったことを思い出して、粗相のないようにって、そればっかり考えていたの」
記憶の中にある幼い頃の姉を想像し、らしいなと妙に納得してしまう。
「そんな私の横で、エリザはどうしてたと思う?」
姉はアシェルをチラッと見る。その視線に気付いた彼は、肩をすくめる。
「どうせ、片っ端から出されたお菓子に手を伸ばしていたんだろ」
「さすが弟ね、大正解よ。しかも、『まぁディア、あなたも遠慮せずいただきなさいよ」zって、まるで自分のお庭で開かれたお茶会かのように、自然に振る舞っていたのよ」
姉は羽で嘴を覆い隠し、小さく笑う。
「マイペースな姉の姿が、目に浮かぶ……」
アシェルが頭を抱えたので、思わず笑い声をあげてしまった。
「だけどね、そんな無邪気なエリザを、六歳の彼は最初から最後まで楽しそうに眺めていたの」
姉は突如羽を広げ、ベッドの上に優雅に舞い降りた。
「結局どういうわけだか、家の都合で私が殿下と婚約することになったけれど、フィーはずっとエリザのことが好きだったのよ」
お気に入りのクッションに身を預けた姉は、秘密を打ち明けるように教えてくれた。
「つまり、殿下とエリザ様は両思いってこと?」
「エリザは私に遠慮して絶対に彼を好きだとは言わなかったけれど、カラスの私には油断したみたいね。この前とうとう本音を明かしてくれたの。だから、私は今度こそ二人が結ばれて欲しいと願ってるわ」
姉は朗らかに言い切った。
「……そう」
(お姉様がそれでいいならいいけど……)
好きな人と歩む未来を諦めて、親友を想う相手と結婚しなければならない。それどころか、両思いの二人を邪魔するのが自分だった――というのが、姉が直面していた現実だったようだ。
しかも、その婚約者に誹謗中傷の原因となる動画を掲示板に投稿されて。
(誰もが羨む婚約者がいて羨ましいだなんて、嘘ばっかり)
全然羨ましくないじゃないと、私は唇を噛みしめる。




